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第一話 眩い情熱の愛、ルビーローズ誕生!!

 辺り一面白い景色。
 
 どうやらどこかの花畑にいるようだ。咲いている薔薇のような花はどれもこれも白かった。
 
 そこに私は寝ていた。結婚式で身につけるような、白いウェディングドレスを着て。
 
「ここは……どこ……?」
 
 瞬間、体がぐっと、誰かに持ち上げられる。
 
「迎えに来たよ」
 
 白いタキシードを着た男性の顔が間近に見えた――が、白いもやがかかっていて顔が見えない。
 
「好きだよ」
 
 顔が近くに寄せられ、唇が自分の口元に迫る。その瞬間、もやが晴れ、顔が見えた。
 
「え……」
 
 私は、これまで以上にないほど青ざめた。
 
 
 
 
 
第一話 
 
「いやああーーっ!!」
 愛はベッドの上で前屈するように勢いよく起き上がった。歯磨きをしながら立っていた弟が仰天した顔でこっちを見ていた。
「なんだよ、姉ちゃん……」
 愛はさっき見た夢の恐ろしさに肩を上げ下げしていたが、ハッと我に返り弟の顔を見た。
「あ、あんたこそ何よ?なんで部屋に入ってきてんのよ……」
「起こしに行けって母さんに言われたんだよ。時計、見たら?」
 弟は人差し指でスッと愛の枕元にある目覚まし時計を指した。
「げっ!?」
 時計は七時半を指していた。始業時刻は八時だ。高校までは走っても十五分はかかる。
 
「もーっ、なんで起こしてくれないのよーっ!!」
 制服に着替え、肩までつくセミロングの髪をくしで整え、鞄を持った愛は階段を駆け一階へ降りる。
「えー?ちゃんと七時に起こしに行ったけど愛、全然起きないんだもん」
 母は、二卵性できれいに黄身が二つに割れたベーコンエッグをお皿にのせていたが、そんなものを食べている時間はもうない。
 
「行ってきます!!」
 ドアを閉め、愛は通学路を走った。
 目はきれいな二重、セミロングの黒髪はいつもなら先を少し緩く巻く。背は百五十八センチと、高一では標準。ひきしまったウエストに、ちょっとムチっとした脚。スタイル的に出るとこも出ている。小学生の頃には何人かに告白されたし、中学生の頃はラブレターも貰ったことがある。顔も友達に「可愛い」「モデルでもいける」と言われる。派手でイケイケではないが、自分に自信は持っている。
 
「ふえーっ、間に合ったかな……」
 愛は校門の少し手前で立ち止まり、スマホを見る。あと五分で八時だ。
息を整え、にじむ汗をハンドタオルで拭き、髪の毛を手ぐしで整える。そして引き締まった表情で校門をくぐる。
「おはようございます、天堂先輩!」
 愛は校門をくぐった所に立っている生徒会の面々の中で一番前に立っている、茶髪で背の高い男子生徒に特に注意して声をかけた。
「おはよう、天園さん。もうすぐチャイムなるよ」
 彼は天堂翼(てんどうつばさ)。ここ、県立光陽高等学校の副生徒会長だ。線の細い美男子で、王子様のようで女子生徒にものすごく人気が高い。
 愛が中学三年生の頃、学校見学で二月に光陽高校に来た時、校門の前の横断歩道が氷っていたため滑り、膝をすりむいたところを翼が通りかかった。その後保健室まで連れて行ってもらい、その時の優しい対応に惚れ、愛は翼を好きになった。
「天園さんが遅刻するなんて珍しいね。寝坊でもした?」
 愛は翼の言葉でついさっき見た夢を思い出し、羞恥と屈辱で顔を少し赤くした。
「い……いえその……」
「ちょっとちょっとぉー。天堂クンだけじゃなくてあたしたちもいるんだけどぉー。なんで一人にしか挨拶しないのかなぁー?家園さん?」
「天園、です……」
 横から割って入ったのは花屋敷愛乃(はなやしきあいの)。翼と同じ副生徒会長だ。髪を濃いピンク色に染め、肩につくぐらいのツーサイドアップにしている。顔は抜群に可愛いため男子生徒に人気がある。ぶりっ子なのだが、なぜかそれでも女子生徒に嫌われないという稀有な才能の持ち主だ。だが翼と噂になっているらしく、愛はそれが気に入らなかった。
「ほら天園、ホームルームに遅れないように早く教室に入って」
 愛を促したのは三年生の生徒会長、内山悠二(うちやまゆうじ)だ。二年生の頃はバスケ部のエースで、スポーツ刈りにした短い髪がよく似合う。ただ、翼や愛乃に比べるとどことなく特徴が薄く、目立たない。
 愛はそんな生徒会の面々に背を向け、教室へと急いだ。
 
 
「あっ、愛、やっと来た!おはよー」
 教室の前の廊下で、愛の中学時代からの友人、藤野菜穂(ふじのなほ)が手を振った。ホームルーム前だからだろうか、廊下に他に人はいなかった。
「遅刻ギリギリなんて珍しいね」
 菜穂にそう言われ、愛は教室に入った。窓際から二列目、前から四番目の席に座る。愛が座った瞬間に、始業を告げるチャイムが鳴った。
 一年三組の担任、御坂井(みさかい)先生が出席を取る。
「欠席者、遅刻者なし……と。じゃあ皆、今日も一日頑張って。ホームルーム終わり!」
 生徒たちは雑談やトイレ、授業準備などのためそれぞれ自由にし始めた。
 
 愛は一限の授業の準備をしていた。
(一限は数学か……)
「おい」
 前から発せられた太い声に、愛は反射的に顔を上げた。その直後、愛は無意識に顔を強張らせた。
「放課後、文化祭実行委員の会議があるからな。忘れるなよ」
 百七十五センチほどある背丈に、筋肉質な腕、青黒い瞳、整った顔。艶のある固そうな黒髪は爽やかなナチュラルショート。
「う、うん、わかった……」
 愛はぎこちない顔で笑い、ひきつった声で答えた。男子はそれを聞くや否や、さっさと自分の席に歩いていった。
 彼の名は高嶺真。高い身長と端正な顔立ちで一見モテそうだが、激しく女子に冷たい通称「氷の鬼王子」。
 そう、この男こそが、今朝夢に見た「白いタキシード姿で迎えに来て自分に口づけをしようとした人物」なのである。
 愛は視線を再び机の上に落としたが、嫌なことを思い出して気分が憂鬱になった。
「はーっ……」
 愛は両肘を机についたままおでこの前で手を組み、頭を沈めた。

 
 一か月前、四月十日。光陽高校の入学式。
「天堂先輩、あの時はありがとうございました!」
 入学式が終わった後、とりまきが去り、翼の周りに人がいなくなったのを見計らうと愛は廊下を歩いている翼に声をかけた。
「君は……えっと」
 振り向いた翼は、愛が誰だかわからなかったのか一瞬懸念の表情を顔に出した。
「天園愛です。学校見学の時に助けていただいた」
「ああ!思い出した。君もここに受かったのか!」
「はい。競争率高かったけど、頑張りました」
 愛は翼が思い出してくれたことが嬉しく、満面の笑みを浮かべながら言った。
「じゃあ僕、そろそろ行かなきゃいけないから。じゃあね」
 翼は愛に微笑みながら優しく手を振ると前に向き直り、廊下を歩いて行った。
 余韻を残しながら幸せな気持ちに浸っていると、突然後ろから声をかけられた。
「おい」
 怒っているような印象を受ける太い声にムードをぶち壊され、何の用かと振り返ると、そこには一人の男子生徒が立っていた。
 百七十五センチほどはある背丈に、筋肉質な腕、整った顔。艶のある固そうな黒髪は爽やかなナチュラルショート。そう、一か月前の高嶺真である。切れ長の目からは青がかった黒い瞳がのぞき、視線が合った瞬間、愛の心臓が高鳴った。
(整った顔……)
 視線を合わせた男子は、眉をしかめると愛を睨んだ。
「チッ」
「な……」
 いきなり舌打ちをされた愛は理不尽さに体が震え、目を見開いた。
「お前、男見る目ないな」
 一瞬、愛は何を言われたか理解できず、呆気に取られて真を見ていたが、次第に怒りがふつふつと湧き上がってきて真を睨んだ。
「なんでどこの誰かもわからない人に、そんなこと言われなくちゃなんないのよ!!」
「俺は高嶺真だ」
「そういうことじゃない!」
 こいつが誰かなんて愛にはどうでもよかった。問題は、自分と好きな人が侮辱されたことなのだ。
「忠告しておく。あいつだけはやめとけ」
 愛はますます苛ついた。
「初対面のくせに何なの!?あなたが先輩の何を知ってるっていうのよ!!」
「忠告したからな」
「はぁ!?」
 真はわめく愛を無視してその場から立ち去った。
 
 愛は回想を終えると、周りに聞こえない程度の細いため息をついた。
(どういう理由でそんなことあたしに言うわけ!?……高嶺くんが何を知ってるっていうの……?)
 
 それだけじゃない。少し前にこんなこともあったのだ。
 
 四月の前半。愛は新しく手芸部に入り、初めての顔合わせで隣のクラスの瀬川真菜津(せがわまなつ)という子と仲良くなった。
 彼女は黒髪を低い位置で二つ結びにしているやや控えめな女の子だ。おっとりしていて親切で、一緒に小物を作りながら話していく中で打ち解けた。
 その四月のとある放課後。
「高嶺くん、これ読んでください!!」
 真菜津は教室を出ようとした真の正面から手紙を差し出した。教室には人がまだ残っていた頃で、その時愛は日直で黒板の掃除をしていたため様子が分かる距離にいた。
 
 愛は真に興味がなかったが、真菜津が真を好きなのは知らなかった。
真のことは気に入らないが、イケメンだし背も高いからモテるだろうなとは思った。真菜津は可愛い顔立ちをしているし性格もいいから自分が男なら告白されたら嬉しい。
 後で真菜津に聞いた話だが、彼女は真と同じ中学で、三年間彼のことが好きだったらしい。なんとか同じ高校に入学して思いを伝えたのだ。
 
 しかし。
 
 真は手紙を取ると、封筒ごと真っ二つに引き裂いた。
 
 愛は真のした行動が信じられなかった。
 
 当然真菜津は泣き出し、愛を含む何人かで部室へ移動したが泣き止むことはなかった。
 
 
 この話は瞬く間に校内に広がり、真は「冷血漢」「氷の鬼王子」と陰で呼ばれるようになった。
 
 人の真剣な思いを踏みにじるなんて許せない、と愛はこの頃から拍車をかけて真が嫌いになった。
 
 
 一限の始まりを告げるベルが鳴り、数学の授業が始まる中、愛は南側の窓際の一番前の席に座っている真の背中を睨みつけていた。
(……っていうか……なんで今朝の夢の相手があの人なのよ……最悪……)
 愛は再び夢の内容を思い出してげんなりした。
 
 
「おっひるだー!!」
 菜穂はキティちゃん柄の巾着型の包みをぶら下げ、ニコニコしながら愛の前にやってきた。
 弁当の時間ぐらいでそんなに喜ぶなんて、と愛は若干呆れていた。菜穂は百四十八センチと背が低く、見た目も言動も持ち物も子どもっぽい。肩につくかつかないかぐらいのウェーブがかったミディアムヘアで、目が大きいのが特徴だ。
「おなかすいたーっ!!」
 菜穂は愛の正面に椅子を引き、弁当の包みを机に置いた。
「二人とも、相変わらず弁当箱ちっちぇーな」
 愛の斜め左側の椅子に座ったのは、愛の中学校からの同級生、明宮光(あけみやひかり)だ。ややつり目の中性的な顔立ちをしている彼女は明るい茶髪のシャギーが入ったショートカットがよく似合っている。どかっと組まれた足は肉付きがよく、紺色のプリーツスカートが膝上まで足を隠していた。
「光の弁当箱もいつも通り大きいね。今日も部活?」
 愛は赤いチェック柄の包みを広げながら光に言った。
「おーよ。大会に向けてしっかり練習しなきゃな。朝練始まったらもう一個弁当増えるな。母さんに頼まんと」
 光は昔から空手を習っており、そのことも相まって性格が男っぽく、小学生の頃も男子にケンカで負けたことがない。その男勝りな性格と整った中性的な顔立ちのせいで中学生の時に数人の女子から告白をされている。彼女の性別が男だったら告白する女子は何倍に増えるだろうか。
「そういえば愛、今日はなんでギリギリだったんだ?いっつも三十分前には来てんのに」
 光に尋ねられ、愛はご飯を喉に詰まらせゴホゴホとむせ込んだ。
「お、おい愛、大丈夫かよ」
 愛は水筒のお茶でご飯を流し込んだ。
「だ、だいじょうぶ大丈夫。今日はちょっと寝坊しちゃって」
「寝坊!?愛が!?」
 愛はごまかすようにへらっと笑った。まさか真にウェディングドレスでお姫様抱っこをされる夢を見たせいで遅刻したなんて言えない。
 光はじいっと愛の目を一直線に見つめてきた。
「な、何?」
 愛は水筒を机の上に置きながら光に言った。
「……べっつに~」
 光は愛から目をそらし、近くの席で騒いでいる男子たちの方へ何気なく目をやって言った。
「そういえば愛、今日は委員会だっけ?」
 菜穂がきちんと顔のかかれた可愛らしいタコさんウインナーを口に運びながら愛に尋ねた。
 愛は真と同じ文化委員だ。もちろん同じ委員会になる気は黒ゴマ一つ分もなかったのだが、希望していた書記と保健委員を他の人に取られ、仕方なく今の係を選んだのである。
「高嶺くんといっしょかぁ~、いいなぁ」
 菜穂は少しだけ頬を染めながら乙女の表情で愛を見た。
「はぁ!?どこがいいのよあんな人、冷血の鬼王子よ!?」
 愛はご飯にかかっているふりかけの黒ゴマを箸で乱暴にいじりながら言った。
 菜穂は愛が真を嫌いなことを知っている。それにもかかわらずそんなことを言うなんて、と愛は不服に思った。
 真は昼食を他の場所で食べているのか教室にはいない。
「確かに冷たいけどぉ~、顔は学年で一、二位争うよ?一組の風浜くんにだって負けてないし」
「ああ、りょうね」
 一年一組の風浜りょうは愛が幼稚園からの幼馴染だ。昔から明るく爽やかで友達が多く、男子にも女子にもモテる人気者だ。昔は少しやんちゃだったが中学生になるにつれ落ち着き、今では学年で女子人気はナンバーワンである。
「愛って超得だよね~、風浜くんと幼馴染だし係は高嶺くんといっしょだし。なにそのイケメンダブルパンチ。羨ましすぎて嫉妬しちゃうわぁ」
 愛は菜穂の能天気な発言にイラっとした。
「菜穂はあいつが瀬川さんにしたサイテーな行動を忘れたの!?」
「う~ん、確かにかわいそうだとは思うけど高嶺くんのタイプじゃなかったかもしれないじゃん」
「それにしたって……」
「そういう冷徹なところがまたクるのよ」
「理解できない……」
「光は?好きな人とかいないの」
 菜穂が光に話を振った。
「いないいない。あたしより弱い奴に興味ないし」
「ふーん……」
 男前で化粧っ気のない光だが、まあまあ顔立ちが整っているためメイクをすればそれなりに美人になるのではないか、と愛はちょっと思った。
 
 
 掃除と帰りのホームルームが終わり、愛は帰る準備をするため鞄に教科書を入れていた。
(……あ、今日委員会だ……)
 愛は基本しっかりしているがたまに抜けているところがあった。
「おい」
 と、そんなことを考えていたら真が来た。
「……私、天園だけど」
「あんた、委員会のこと忘れかけてただろ」
 愛はギクッと体を強張らせた。
(さすが学年上位……勘が鋭い)
「さっさと来い」
 そう言うと、真は準備のできていない愛もおかまいなしに教室のドアの方に歩いて行った。
「ちょ、待ってよ……」
 愛は慌てて鞄を持って真のあとを追った。
 
 委員会が終わると、愛は教室から出た。
 今回の内容は十月に行う学園祭の内容決めと、毎月作らなければいけない掲示物のチェックだった。
(……部活どうしようかな)
 愛は手芸部に所属しているが、部のスタンスは「行きたいときに行く」であり、雰囲気もゆるく部員も少ない。委員会で遅くなったので行かなくてもいいか、と愛は靴箱の方へ階段を下りた。
 
 校門を出てから歩いた時、鞄の中から携帯のバイブ音が聞こえてきた。誰だろう、とスマホの画面を見るとそこには弟の名前が表示されていた。
「もしもし?」
「あ、ねーちゃん?悪いんだけどさ、水筒買ってきてくれない?」
 藪から棒に何だ、と一瞬思ったが、愛はとあることを思い出した。
「水筒って……」
「この前姉ちゃんが割っちゃったじゃん。明日遠足なんだよ、無いと困るんだよ」
 愛は自分が手を滑らして棚から弟のガラス製で青色の水筒を割ってしまったことを思い出し、にがうりを噛み潰したような顔をした。
「……ごめん、自分で買いに行って」
「俺部活で忙しいんだよ!」
愛の弟、健はサッカー部である。
「今からじゃデパートは遠いし、街ぐらいしか売ってないじゃん」
「姉ちゃんの高校からだったら街、近いだろ。パッと行って買ってきてよ」
(パッとって、瞬間移動が使えるわけじゃあるまいし……)
「……うるさいなぁ、わかったよ」
 健の言い方にはイラつくが、一応悪いなとは思っていた。学校と街はわりかし近い場所にあるので、すぐ行って買ってくれば問題ない、が……。
(……なんか、行きたくないな……)
 空は雨が降り出しそうなどんよりとした曇り空だ。今日は雨は降らないと天気予報で言っていたが、なんだか降り出しそうな予感がした。
(さっさと街に行って水筒買って早く帰ろっか)
 前に街に行ったときに水筒を見かけたが、今度はガラス製じゃなくて陶器製のものにしよう。お金もあるし、青ならいいだろう、と愛は街の方角へ駆け出した。
 
 早く街の表に出ようと、愛は路地裏を早足で歩いていた。
(え……)
 目の前に、見覚えのある人物の後ろ姿が見え、愛はどきりとした。
「高嶺、くん……?」
 その言葉を発した直後、彼は振り返り、愛を見た途端、強張った表情で目を見開いた。
「天園……お前、何でここに……」
「え……ちょっと用があって」
「今すぐ帰れ」
 ただでさえ二人きりでなんか会いたくない人に出くわして気まずいのに、再び理不尽な言葉を言われてカチンときた。
「何なの!?こっちはこっちの用事があってここに来てるのに!!あなたにそんなこと言われる筋合いないですから!!」
 腹が立った愛は真を無視して街へ行こうと足を早めた。
「まて、そっちへ近づくな!!」
 真は愛の腕をがしっとつかんだ。
「痛っ……放してよ!!」
 瞬間、上空から冷たい風が吹き二人の背中を撫でつけた。そして、体の芯にピリッと電流が通ったような感覚が走った。体全体に寒気が走り、鳥肌が立っているのを感じた。
(何……!?)
 空は相変わらず曇っているが、雨はまだ降り出していない。雷の気配なども全く無かった。
 真も同じような感覚を覚えているようだった。
「……来やがった」
 真はこめかみに汗を流し、焦燥と緊張の混じった顔で後ろを睨みつけた。
「お前は一刻も早く来た道を戻れ。それか、そこから一歩も動くな」
 そう言うや否や、真は愛に背を向けると街の奥へ全速力で駆け出した。
「ちょっと、高嶺くん!?」
 
 
(なんか……変)
 愛は一人になり、辺りを見回していた。空は相変わらず曇ったままで変化はないが、何かがおかしい。
 歩けば歩くほど体が重くなり、動悸がし出した。
(さっきのあの人が気になるけど、やっぱり帰った方がいいかも……)
 愛が街に行くのを思いとどまって引き返そうとしたその時。
「カモ発見……」
 全身の血が逆流するような嫌悪感を覚え、愛は上を見上げた。

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