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本当に必要なもの、大切なものだけを抱きしめる。"生きる"というのはそれだけで充分だと思う。





『愛ってどこから来るのだろう』
きっとそれを教えてくれる一人目は母という存在。
お腹の中でへその緒から繋がって、栄養だったり感情だったり、目には見えずとも同じ景色を見ているのだと思う。
きっとお母さんが楽しそうなら私も楽しいし、お母さんが悲しそうなら私も悲しい。
愛の正体はみんな生まれた時から知っている。
新しい命へ引き継がれるまで、そして私の正体を知るまで、そしてこの命尽きるまでずっと、愛を育んでいく。愛は終わることのない旅、海の地平線、宇宙のようなもの。無限に広がり続けるもの。




野生にいる生物として全てを認識しているのだと思った。
殺しも生きるためであってそれ自体に快楽や達成感を得るわけでもなく、ただ、生きていくためのものの一つ。
欲しいものが特段あるわけでも、地位や名声などの肩書きにも興味関心がない。
自分にとっての本当の意味での"幸福"とは毎日を、今この瞬間を"生きている"と実感できる時なのかもしれない。
『お金で幸せは買えない』とよく言うけど、ある本によれば人間はお金があれば幸せを感じるという遺伝子は組み込まれていないのだそうだ。そもそも貨幣の文化が始まってからまだ5000年しか経っていないのだという。紙切れ一枚になぜ効力があるのか、それは貨幣に信用があるからであってその紙自体に価値があるわけではない。全てを自給自足で過ごす民族と、富裕層との幸福度はさほど変わりがないという。進化論によって、『お金があれば幸せ』という概念は"ない"ものだと実証されたのだそうだ。
全ては何かを得るための道具である。
人を喜ばせるため、人と人が繋がるための通過点でしかない。
どんな生活していきたいか、どんな信念を描くのか、何が楽しくて、何が悲しいか、どんなときに幸せを感じるのか、どんどん深ぼっていくと自分の身の回りの必要じゃないものが浮き上がる。
私で言うとテレビがそうだった。
情報をむやみに受け取るのを辞めようと思ったからだ。いらない情報、欲しい情報を選ぶ前に無条件に流れ続けるというのと、単純に面白くないから置かなかった。音がない生活のように思えるけど、その分好きな音楽を聴いたり、映画やドラマもスマホで見れる。
自分が知りたい情報はすぐに調べればいい。
テレビがなくて困ったことは金曜ロードショーのジブリが見れなくなったことくらいだった。
洋服の買い方だったり、物を買うときの思考の中に『本当に必要?』を入れることで物が増えなくなった。
目に見える生活感をなくすことで空間が広く見える。
でもだからといって、ただ物を少なくすることが正しいのではなくて、何が自分にとって正しいのかを判断することが大切だ。ストレスを溜めないための"物を減らす"が私にとっては合っていた。
我慢してるように思われてしまうこともあるけれど、むしろ逆だ。我慢しないために、本当に必要なもの、大切なものだけを抱きしめる。"生きる"というのはそれだけで充分だと思う。

 

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