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【掌編】サファイアの涙

お前がもうこれ以上傷つかないよう、石英硝子でできた籠にお前を閉じ込めてから、どれくらいの時間が経っただろう。

朝を迎えるたびに、お前はその白い羽を震わせてリーンと鳴く。どんな天使の歌声よりも美しく響くそれは、私を眠りから覚ますのに誂え向きであった。

配下の天使たちからは、日々うんざりするような人間界の状況が伝えられた。人間たちは言葉を得ておきながら、言葉でわかりあおうとしない。醜い諍いは絶えず、互いを傷つけ合うばかりなのである。

もう倦んだ。人間たちには振り出しに戻ってもらう——言葉を得る前の原初へと。

私は椅子から立ち上がり、世界の刻を示す時計の針に手をかけた。これを零時に戻しさえすれば、もう無碍に血が流れることも、命が軽んじられることもない。

針を動かすのには、少しだけ力が要った。ふと顔を上げると、お前が蒼くつぶらな瞳でこちらを見つめている。石英硝子でできた籠に映っていた自分の表情に、私は自身で怯んだ。

なんという、寂しい顔をしているのだろう。

リーン。

お前は鳴く。夜明けでもないのに。

リーン。

私の企みを諫めるかのように。

リーン。

何故だ。お前は愚かな人間たちに散々痛ぶられたのではなかったか。お前は、なおも鳴く。まるで少女が泣きじゃくるが如く。

澄み切ったその声は石英硝子を震わせて、やがて天界中に響き渡った。驚いた天使たちが次々に私の部屋にやってきて、私の無事を視認するや否や、お前を——誰よりも美しく儚いお前を、賎獣と決めつけて炎の矢で射ろうとした。

私は、違う、違うのだ、と叫んだ。しかし、お前の麗しい声に嫉妬した天使たちを止めることは出来なかった。

矢が放たれる、そのほんの一瞬前に、私は鳥籠に覆いかぶさった。私の背中には天使たちが射った矢が林立し、すぐさま、真っ赤な炎が私を包んでいく。

天使たちは一斉に悲鳴を上げた。駆け寄ろうとする天使たちをぎろりと一瞥すると、私は炎の中から腕を伸ばし、残された力で鳥籠を開け放った。

お前は、蒼いつぶらな瞳からサファイアの涙をぽろぽろと零してくれた。……そうか、お前は、私を赦してくれるのか。

お前は一際大きな声でリーンと鳴くと、真白の羽を広げて、悠久の時空へと飛び去っていった。

よくぞここまで辿りついてくれた。嬉しいです。