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空は飛べても外は寒い

 朝、起きたら急に空が飛べるようになっていた。

 空を飛んでいる夢を見て目が覚めたらそんなふうになっていたのだけど、目が覚めてみると一体あれはどんな夢だったのかも皆目見当がつかない。
 まあ夢なんてそんなもんだと思い、いつものように会社に行こうと着替えたら、なんとなく空が飛べるような気がした。

 いつもボクはそうやって勘違いの人生を送ってきたから、気がしただけで気のせいということも十分にあり得る。
 子供の頃はロボットアニメを見て、自分には運転の才能があると勘違いしていた。
 でもそれは小学校の頃、友達と遊園地のゴーカートに行って勘違いだと分かった。

 中学生の頃は格闘漫画を読んで、自分には戦いの才能があると勘違いしていた。
 でもそれは柔道の授業の時、柔道部の友人に投げ飛ばされて勘違いであることが分かった。
 この友人は山埜やまのという名前の大柄な男で、見た目は迫力があるが実は優しいやつだった。

『大丈夫か?』
『うん。まあ……』
『よかった……』

 実は山埜とは未だに付き合いが続いている。
 体育会系の山埜だが、本当は身体を動かすのはそんなに好きではないらしい。
 まして格闘技などは自分に向いていないと、少し悲しそうな顔をして言っている彼の顔を見て、ボクは戦いの才能など何の意味もないものがあるなどと勘違いしていた自分を恥じた。

 人間、人に優しくあるべきだ。
 そう思ったことは記憶に新しい。

 高校生の頃は、美少女アニメをみて、自分はモテるのだと勘違いしていた。
 モテているのはアニメやゲームの自分の妄想の中だけであることに気づいたのはつい最近である。
 大学を卒業して、社会人になり、悪夢から目覚めるかのように、モテると勘違いしていたことに気づいた。
 アニメもゲームは未だに好きだけど、美少女が出てくるようなアニメはあまり見なくなった。

 ボクの勘違いはいつまで続くのだろうか。

 そんなことを思いながら……
 勘違いかもしれないけど……
 いや、多分勘違いなのだけど……

 通勤用のスーツに着替えてから、少しだけ部屋の中で浮いてみようと思った。

 すると……
 間違いなく浮いた。
 数センチなら勘違いの範疇かもしれないが、50センチぐらい浮いたのだ。
 これは間違いない。

 おお!

 え?
 でもちょっと待て。
 空が飛べたからって何になる?
 今から会社に行くのに飛んでいく?
 いや、人に見られたら大騒ぎになる。

 時計を見て、時間がないことに気づいたボクはとりあえず問題を先送りすることにして、一人暮らしのアパートの玄関を出た。

 外は寒い。
 バイクで通勤するのだけど、寒いから何枚も着込んでいる。
 バイクは風がまともに身体にあたるから寒いのだ。
 身体にも負担がかかるような気がする。
 できれば車移動の方がありがたい。
 寒くないし。

 ああ……
 そう考えると空を飛べても何にもならない。
 だって外は寒いではないか。

 せいぜい、この能力は家の中で高いところにあるものをとるぐらいにしか使えないのかもしれない。

 まあ、特殊能力というやつがあっても現実にはそんなものだろう。
 とりあえず今日も仕事をがんばろう。

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