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【密室殺人】黒衣の聖母(1)

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 半鐘の音が響いている。  
 夜来の豪雨に変わって強い風があたりを睥睨し、苫屋の隙間から容赦なく忍び寄ってくる。十兵衛は薄い寝筵の下で半襦袢の見頃を合わせると、左の手首に結んだ脇差しの柄糸をたぐり寄せた。
 どのような天気、どのようなところでも寝られるが、深い眠りには落ちることがない。まだ若いが、戦を日常とする「もののふ」の性が身についている。

 台風で廻船が島に寄れぬためもあって、思わぬ長逗留となってしまった。
 安く借り受けることができたこの廃馬屋には、糞尿のにおいがこびりついていたが、慣れればそれも苦にはならない。
 十兵衛は入り口に括り付けてあった筵を跳ね上げた。薄暗い空に黒く墨を流したような雲の動きが速い。
 波の音がすぐ側に聞こえる。この暑さに閉口していたので、風は気にならなかった。

 半鐘に混ざって、高波が岸に打ち付ける音が聞こえる。
 すわ火事か、とおっとり刀で外に出て煙が見えないのに安堵した村人が、十兵衛の姿を見てそそくさと屋内に引っ込んだ。離島の民はよそ者に警戒心が強い。
 雨で濡れた砂を踏みながら、裸足のまま薄暗いなかを海岸まで歩く。小径の脇には、南国に特有の分厚い葉をもった名も知らぬ紅い花が、くっきりと浮かんで見えた。
 浜にはいずれも粗末な身形(なり)の村人が二十人ばかり、沖を指さしなが声高に話し合っていた。

 沖合四、五十間の先ににある「三の根」と呼ばれている岩礁に拠っているのは、見慣れた廻船や唐船ではなかった。南蛮船だ。

 これまでに目にした中でもっとも大きな帆船で、威嚇するかのような数門の大砲が、中腹から突き出している。
 三本ある帆柱の前後二本は折れて傾いでいた。満身創痍ながら、なお気はくじけていない兵のようだ。

 ぎい、ぎい、ときしむ音を発しながら、船はまるで手招きするかのように前後に揺れている。
 ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ。

 風が吹くたびぎしぎしと音を立てる甲板上には、たれも見当たらない。
 しかし―― 浜の御爺が、異人が洞窟のほうへ短艇を漕いで行くのを見たと言うぞ。御爺は耄碌しておるとはいえ、目は確かじゃで。
 朝早く、船の上に人影を見た。昨晩、黒い幽鬼が風の中を飛んでおった。
 火の玉が燃えて、西の方に行くのを見た者がおるそうじゃ。
 知り合いが確かに見たと言っておった。友どちが確かに見た。さまざまな言説が飛び交い、互いに己が見聞が正しいと言い張っている。

 さほど広くない砂浜には、布帆、索具、帆桁、板切れと化した船体の一部、異国の酒樽、水を吸ってふやけた書物、糸、反物、生麻、伽羅、琺瑯、ぎやまんの瓶などが打ち上げられていた。
 それらの合間に、水死した乗員の遺体が流れ着いている。数体の唐人船員に混ざり、士官であることを示す金糸の入った制服を着けた、紅毛人の遺体があるのが目を引いた。

「生き残りは、ひとりもおらぬかの」
 村役を務める年寄たちが、破船を見やってささやき合う。やがて朝日が水平線から顔を出し、子どもたちが歓声を上げながら浜を駆け回った。
「これ、触るでない!」
 畏れと敬虔さを知らぬ子どもが、遺体を棒でつついている。
「このまま、放っておくわけにもいくまい。どうしたものかの?」
「一刻も早く、府内に報せたほうがよかろう」
 代官所は豊後府内の救民にあり、足の速い舟でも数刻はかかる。

「すぐさま疾手(はやて)を出しなさい!」
 トヨ様! 
 村人たちの群れが中央から割れて、ぴんと背筋を伸ばした小柄な老女が現れた。
 高く結い上げた髷。折り目のついた小袖は無地ながら、仕立ての良さゆえに風の中でも乱れず、粗衣の目立つ貧しい島人のなかで際立っていた。ややきつい容貌は、昔はざぞかし美しかったろうと思わせる分、残酷な年月のなせるわざが垂れ下がった頬や口角に現れている。

「足の速い艇はすべて田乃浦に揚げておりますれば、いましばらくお待ちくださりませ」
 台風の襲来に備えて、浜にある舟はすべて揚陸してある。
 海に向かう突堤の先に、風雨に摩耗した石作の馬がぽつんと置かれていた。この馬飼い島はかつて良馬の産地とされ、本土から持ち込まれた馬が放牧されていた。良馬は九州ノ探題に献上されたこともある。
 それが、ここは馬飼い島ではのうて、『魔界島』じゃ、と陰口されるようになったのは、先の公方の時代に流刑地になったからだ。
 本土から持ち込まれ野生化した馬は、やがて粗食のせいか馬体も小柄になり、この島に適応した。
 流された人間もまた同じように――

 十兵衛は府内に立ち寄った際に魔界島の噂を聞きつけ、興味を持っていると、廻船がまもなく出るといわれた。これも何かの縁かもしれぬと思い、味噌などの樽と共に乗せてもらうよう船主に頼み込んだ。
 波に打たれ陽にあぶられ、海坊主と化したかのような船頭に幾許か包んで渡すと、「何もないところじゃで、行ってなになさるね?」
 物好きにもほどがある、と言わんばかりのあしらいを受けた。

 渋る船頭を押し切ったのは、鬼界が島へ流刑になった俊寛への憧憬からだったが、実際に来てみると想像していた風情のかけらもない。
 島にまともな田はなく、あっても水利が悪いことから物のなりはよくない。ためにわずかばかりの雑穀を収穫して暮らしの足しにしている、とのことだった。

 十兵衛がそのようなことを思い出していると、トヨの声が響いた。
「若衆を使って、遺骸をひとところにまとめておきなさい。筵をかけて陽が当たらぬようにするのじゃ」
 海岸線に散らばった遺体には、すでに蠅や船虫が集まり始めている。

「士分と下士を分けますか?」
 手代頭の仙吉が尋ねた。まだ年若いが、船長屋敷の一切を仕切っているやり手らしい。
「そのような気遣いは無用です」冷酷な物言いで付け加えた。「みな等しく異人じゃ。今日からは、昼夜を問わず番小屋に見張りを立てるようになさい。若中から張り番を選ぶのです」

「破船を見張るので?」
「何者をも近づけてはならぬ。それに・・・・・・」一瞬、気がかりな表情を見せた。「生き残りがおるやもしれぬ。破船から漕ぎ出す者、泳いでくる者がいないか、見張っておくのじゃ」
「いっそ我々で検分をいたしては?」
「分を越えてはならぬ。役人の着到を待つのが筋じゃ」

 京にある公方がまだ勢いのあった昔、沿岸に海賊が横行したので航行の安全のため、この島でも見張りを置いていた。今ではお役はなくなったが、見張り小屋はまだ使える。
 それからも、トヨは周りに控える村役たちにてきぱきと指示を与え、屈強な男たちはこの小柄な老女の命に諾々と従った。

「お歯黒地頭どのは、なかなか遣り手だの」
 十兵衛が、感心したように呟いた。この若侍は日焼けが染みついた浜の男とは異なり、元服の頃は過ぎたかに見えるが茶筅曲げを結い、どこか雅びた風があって周囲から浮いていた。
「トヨ様のことかね?」傍らに立つ年嵩の村人が応じた。「浜(はま)長(おさ)の家柄で、先代が亡くなられてから二十年は経つかのう。長男の当代様も先頃病で逝かれて、気丈にも屋敷を切り盛りしてなさるがねえ」

 浜長は代々「宗右衛門」の名を継ぐ。当代は四代目だったが長く跡継ぎに恵まれず、やっと男の子が誕まれたというのに、成長を見ることなく逝ってしまったのだという。
 一島一村の浜長は、島においては地頭に等しい存在だ。 
「気の毒に、息子を亡くされたあと、孫の茂作が一人前になるのを心待ちにしておったというに、その跡取りまでもが幼くして病を得るとはのう」
「招福寺にて祈祷をしてもらったというが、一向に回復の兆しがみられぬ。もっとも住持が白蓮では直る病も治らぬわな」

 先代の海門和尚は人物だったがの、などと昔話が始まったので、退屈した十兵衛が周りを見渡すと、浜の片隅で人だかりがしている。
 歩くと浜の砂は肌理が粗く、裸足だと刺さるように感じる。近づくにつれ、悪臭が漂い、黒々とした蠅が舞っているのに気づいた。
 松の根方に犬の死骸がうち捨てられ、蠅がたかるにまかせていた。そう言えば夜半、犬が数頭声高に鳴いていた。威嚇するような、怯えたような声でひとしきり亡き騒いだあと、しん、と静まりかえって闇が一段と深さを増したように思えた。

 朝日が重たそうに頭をもたげ、人の輪を照らしていた。
「今日は暑くなりそうだの」
 気さくに輪の中に入っていくと、見知った顔が答えた。
「十兵衛殿、これは良いところへ参られた。諸国を巡って見聞の広いおことならば、知っておるやもしれぬ」

 若侍を輪の中に招じ入れた。十兵衛が村人の中に割り込むと、中心に襤褸切れのような遺体があった。
「こげなありさまの水死人は、見たことがなか」
 口々に言いつのる。水死者を見慣れた浜の人々でさえ異様に感じるその遺体は、干からびた枯木のような南蛮人だった。
 着衣の徽章からして仕官のようだ。ふつうならば水死者は岩礁で痛み、ひどい有様になるものだが、その意味では比較的きれいな遺体だ。紅毛人らしく、皮膚は青白く髪は玉蜀黍のひげのように写る。

「唐人や紅毛人は、我らとはちがうんじゃなかね?」
 どれどれ。十兵衛は周りを囲む村人には一向にかまわず、遺体の腕を触り、体をひっくり返して検めてみた。胸元に縫い付けられた金属の釦と肩の徽章から、上級の航海士のようだ。
 眼窩が落ちくぼみ、皮膚が骨に張り付いている。硬直した腕が干からびた枝のように細くなり、何かから身を守るためにかざしたような格好をして固まっている。

「血抜きがしてあるようじゃな」
 災厄に遭う前にすでに死んでおり、体内の血を抜かれていたらしい。
 いったい、何のために?
 さあな。村人の問いに十兵衛は首を傾げた。
 ざぶり、ぎりり。ざぶり、ぎりり。
 波が船を揺らすたび、きしむような音が伝わってくる。

 台風が去った後の抜けたような青空。それを写す海の中、傾いた南蛮船が風景の一角を占める。そこだけが、黒い瘴気を吐き出しているかのような、不吉な影となって。
「たれか、中におるんじゃなかろうか」
 村役のひとりが、皆の気持ちを代弁するかのように呟いた。
 たれか、いや、なにか・・・・・・が、すでに島に。十兵衛は日差しが熱くなる中、ふと寒気を覚えた。

          *

 破船が打ち上げられた浜から離れた浦でも、波はまだ荒く強い風が飛沫を空高く運んでいる。突然海面に浮かび上がった人の頭に驚いた一羽の鴎鳥が、慌てて羽ばたいた。
「いさな。かくれ岩に気を付けろ」
 男の声を無視するかのように、いさなと呼ばれた人影は波間を横切った。この浦は自分の庭のようなもので、どこに暗礁があるかよく知っている、と言いたげだ。

 岩場と岩場の間から顔を出したいさなは、得物の鮑を腰に付けた布袋に収めた。大柄な体に濡れて張り付いている絣筒袖の線と長い黒髪から、歳若い女だとわかる。
「表の浜の方がなにやら騒がしいの」
 男に向かって叫んだ。声は近く聞こえるが、崖に遮られて破船は見えない。
「昨日の台風で、異人の船が難破したらしい」
 若い男が答えた。
「唐船か?」
「いや、南蛮船のようだの」
 ふうん、と気のない返事をする。前に唐船が流れ着いたときは、浜辺に赤や黄色のぎやまんが流れ着いた。あれはきれいだったな。いさなの興味はその程度でしかない。

「いい加減にあがれ」
 呼びかける男を尻目に、いさなは再び海の中に飛び込むと、水を掻いて沖合へ向かった。
 海岸線が汀まで迫る村は、潮を帯びた丘陵を切り開いてわずかばかりの畑地を開墾している。畑は少量の芋や豆類が獲れるだけであり、しかもそのほとんどは召し上げられる。
 漁に出られない日は、おんなたちはテングサを拾ったり鮑を捕ったりして食の足しにするため、自然と泳ぎが得手になるのだ。

 昇り始めた陽の光が暖かい。いさなは自分だけが知っている沖の穴場に向かって抜き手を切った。
 しばらくの間、鮑やトコブシを拾い、思ったより大漁だったことに気をよくしたいさなは寄り道することにした。目印になる岩を過ぎて二間ほど、潮が大きく引いたときだけぽっかりと海側に口を開ける洞の入り口が黒く見える。

 かつてはなにかの祭祀に使われていたらしく入り口が削られ、注連縄を掛けたあとがあったが、いまはうち捨てられて面影を残すのみとなっている。
 いさなは手頃な岩に手をかけると、波に合わせて調子をとった。尖った岩礁に叩き付けられると、水でふやけた肌など簡単に突き破られるからだ。

 うまく調子を計り、波が寄せる瞬間に体を引き上げる。
 かつて人が通ったなごりだろうか、足場の岩がつるつるに磨かれ、さらに苔が付いて滑りやすい。ごつん、ごつんと妙な音がするので反対側を見やると、小舟の一部のような木片が打ち寄せられていた。

 短艇の残骸? 
 いやこれまでに見たことがある平底とは、全くちがう梁の構造をしている。もしや昨日の台風で難破したという南蛮船のものだろうか。
 いさなは洞のなかを覗いた。いつもとなにか違う。洞の中を見たとたん、そう感じた。

 岩場の陰を這う船虫、穴の奥に巣くう蝙蝠。
 一見、なにも変わったところなぞないように思える。しかし洞窟の奥、暗くじめじめとした暗部からいつもと違う空気が流れ出していた。
 引き返そうかと思ったが、男の言うことに従ったと思われるのも癪だった。己を鼓舞するかのように船虫を踏みつぶして洞に入ると、中はひんやりとした空気が満ちていた。

 姦しかった蝉の鳴き声が、反響する波音に取って代わる。
 奥に進むにつれ、それすら遠ざかっていった。後ろを見ると、入り口から微かな光が差し込んでいる。いさなは現世とのつながりを確認するかのように、幾度も振り返りながら進んだ。

 闇に目が慣れると、微かな壁面の凹凸が識別できるようになる。さらに奥まった場所に、ちょうど腰掛けるに良い塩梅の岩があった。
 いさなは腰の袋を開けると中を確認した。
 鮑は売れば幾許かの糧の足しになる。トコブシを選んで取り出すと、生で囓った。うまくはないが、普段口にしている粟や稗などよりましだ。

 そのとき、奥の方から小石が落ちるぱらぱらという音が聞こえてきた。はっ、として声を上げる。
「たれかおるのか?」
 奥へ行くと小さな亀裂が天井にあるため、かすかに光が射しこんでいる。岩壁はぬらぬらと湿り気を帯び、船虫がカサカサと這い回っていた。歩き出すと、裸足の足先が違和感を感じ取った。 

 これは?
 一条の轍のような痕が地面に付いている。
 なにか重いものを引き摺ったような痕だ。入り口の付近にもあったような気がする。違和感の原因はこれだろうか?

「たれかおるのか?」
 呼び掛けた声がこだました。ばたばたと音がしたので驚いたが、蝙蝠だった。いつもと変わったところはない。しかしやはり何かが違う、との感じが強くなり、心の奥底で警鐘が鳴る。
 不意にひいやりとした手に首筋をなでられたような気がして、ひぃと声を上げた。いさなは臆病な娘ではなかったが、原初的な恐怖感が目覚めつつあった。

          *

”ぱらいそ”の門に参らせたまえ。
”ぱらいそ”は慈悲に満ちたり。
”ぱらいそ”は至福の色に満ちたり。
 粗末な板葺きの小屋の中でこうべを垂れた十人ばかりの信徒は、司祭である荒木 ”ジョアン”久次郎の祈りに続けて、低い声で唱和した。
 昨夜からの強風に飛ばされなかったのが不思議なくらいの苫屋だが、筵を敷き垂れ幕の代わりにした茣蓙に十字を描き、教会の体裁を整えている。

 法衣(あびと)になぞらえた白い法被を身につけた久次郎の前にある壇には、パンの代わりに一腕の芋が捧げられていた。
 久次郎は、貴重な本物の珍陀酒(ワイン)を甕からすくい、口に含むと”でうす”に捧げる朝課を始めた。
 大切にしているこの酒を使ったのは、浜に流れ着いた異国人の魂を弔うためだった。おそらく彼らは、教えを共にする者たちだろう。

 領主の大友氏は、宣教師を保護して伴天連の教えを広めることを認めている。久次郎は府内の育児院で宣教師に育てられ、受洗してジョアンという洗礼名を授かっていた。
「ふらんしす上人さま(フランシスコ・ザビエル)が先頃天竺にて身罷られたと聞いております。上人さまが蒔いた種は、この村においても芽を出しつつあります」
 上人さまが豊後に来られて、でうすの教えを広めるための礎となったように、自ら離村に赴いて教えを説く、というのが、久次郎がこの島で布教に努めている理由である。

「爺さま!」
 小屋の外から呼ばわる声に、信者たちの祈りは中断された。久次郎はまだ「爺さま」と呼ばれるような歳ではない。「爺さま」という呼び名は、”ぱーどれ”(司祭)を指したものだった。
「今日はここまでにしましょう」
 久次郎は朝課を打ち切り、声を掛けてきた村の年寄たちを、彼の「礼拝堂」に招じ入れた。

 久次郎を訪ねてきたのは、村役を務める左兵衛と庄助だった。
 荒くれた漁師が多い中、このふたりは温厚で久次郎の布教にも理解を示してくれている。ふたりは框に腰を掛けると、久次郎が出した白湯をうまそうに飲み干した。
「実はな、相談があって参ったのじゃ」

 左兵衛は、髷を結うことがかなわぬ、と自嘲する禿頭を叩きながら言った。
 酒と陽に焼けた額は頭との境目がわからず、海坊主のようだった。
「浜に打ち上げられた遺骸の埋葬のことじゃがの」
 あとを好々爺然とした庄助が引き取った。
「蠅や船虫がたかっておる。季節がら、長く浜に置いてはおけぬで」
 村では換金できそうな積み荷を会所に運び、あとには遺体とがらくたが一カ所に集められていた。
 ただ村にひとつしかない寺では、異人の埋葬を引き受けてくれぬという。
「異人を墓地に葬ると穢れるでの」

 ふたりは、切支丹信徒の共同墓地に埋葬して欲しい、と請うた。遠慮のないその物言いに、久次郎は苦笑した。
「爺さまはおるか?」
 別の声が入り口から届いた。
「今日は千客万来じゃな」
 久次郎は笑った。

 新しい客は、宗右衛門屋敷の手代頭の仙吉だった。若いが大女将のトヨからの信頼が篤く、村役たちも一目置く存在である。
「内密の相談じゃ」
 抜け目なさそうな目が、人払いを、と告げている。ふたりの年寄たちも、席を外さざるを得なかった。
「またあとでな。爺さま」左兵衛と庄助は如才なく腰を上げた。(続く)

#小説 #創作 #ミステリ #ホラー  


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