「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第15話
青、紫、水色と紫陽花ロードは色彩鮮やかな光景を作り出していた。美しく彩られた道を私は足早に歩く。
「珍しいよね。紬希から誘ってくれるなんて!しかもお好み焼き屋さん!」
鮮やかな水色のシャツワンピースを着た瑠夏が跳ねながら言った。紫陽花ロードにぴったりな装いに対し私はいつも通り、学校指定のハーフパンツにTシャツ姿である。和久君は別のサッカーチームのTシャツを着ていてどこのチームのファンなのか分からない。
「本当に!楽しみだな~。スイーツもあるといいけど」
「そうだね!」
瑠夏と和久君がきゃっきゃっとはしゃいでいる。困るな……。私はただふたりを遊びに誘ったのではない。
「ただ食べに行くんじゃない。これは情報収集だから」
「情報収集……?」
ふたりの目が点になった。私はため息を吐きながら説明する。
「同森ヶ丘中学校の卒業生に話を聞き込みするの。広報誌に掲載されてた、気になる人達に話を聞くんだよ」
本丸家の過去を直接調べられないのであれば学校の過去について探るしかない。過去の学校を知っているのは昔の生徒達……卒業生達だ。
「聞き込みなんて……格好良くない?刑事ドラマみたい!」
「さすが氷上さん!宝探しの考えあってのことなんだね」
ふたりがまたきゃっきゃとするので私は呆れてしまう。私は真剣だっていうのにふたりは遊んでいるかのように楽しそうだ。
これぐらい余裕をもって物事に取り組めたらいいんだろうけど……。私はまた自分の嫌な部分を見つけて自己嫌悪する。
そんなことよりも今は聞き込みだ。再び私は黙って歩き始めた。
「いらっしゃい」
入店したのは同森ヶ丘中学校の近く。年季の入ったお好み焼き屋『てっぱん!』というお店だ。
個人経営のお店に入ったことがないから少しだけ緊張する。中学生が集まる場所と言えばファストフード店かファミリーレストラン、カラオケぐらいなものだ。
「同森ヶ丘中学校に隠された宝あ~?」
お好み焼きを焼くいい香りが充満する店内。体格の良いスキンヘッドで眼鏡をかけたおじいさん……田野寛治さんが声を上げた。
「はい。広報誌にコメントを見かけて……。宝が一体なんなのか心当たりがないか聞きたくて」
私は緊張気味に質問する。田野さんはあの広報誌にコメントを書いていた同森ヶ丘中学校の卒業生だ。お好み焼き屋を経営していることを知り、スマホの地図アプリで検索して探し出した。顔も広報誌に掲載されていた写真の面影がある。
鉄板が取り付けられたテーブル席に座り、田野さんにスマホを見せる。
「かあーっ。懐かしいな、この学校の広報誌!」
田野さんが更に大きな声を上げる。
「ニュースで見たよ!犯行予告のことだろう?それで宝探しをしてるんだ」
田野さんがにんまりと笑う。それは宝探しに興じる子供達を微笑ましく思っている顔だった。
「はい。宝というのは……広報誌に書かれている多額の寄付金のことでしょうか?」
「それは違うんじゃないのか?たしかその寄付金は体育館の補修工事に使われたはずだからな!」
あまりにも潔い否定に私は肩を落とす。寄付金が宝というのは単純すぎたかもしれない。
「俺がいた頃、宝の噂なんて聞かなかったけどな。特に流行ったのは息子が通っていた時だ。そうだよな?寛と美幸さん?」
田野さんの呼びかけにカウンター席で仕込みをしていたふたりが反応する。戸惑っている私に田野さんはふたりも同森ヶ丘中学校に通っていたことを教えてくれた。
「へえ~。同じ学校の生徒同士で結婚してお店を開くなんて素敵ですね!」
私の隣に座る瑠夏が手を合わせて目を輝かせる。正面に座っている和久君もうんうんと頷いてみせた。見たところ寛さんが美幸さんより少し年上に見える。
「懐かしいわあ。一時期学校の生徒達が学校中を探し回ってたんだから」
数十年前にも今と同じような状態になっていたとは。歴史は繰り返すという言葉を身をもって体験してしまうなんて。人間同じ状況になると同じような行動を取るものなのかもしれない。
「それで?宝は見つかったんですか?」
瑠夏が興奮気味に問いただす。美幸さんの隣に立っていた男性、田野さんの息子である寛さんが首を振った。
「いや。結局なーんにも。美幸の同級生で熱心に宝のこと調べてた子がいたよな?美人で優秀な女の子が……」
「真珠のことでしょう?」
「宝のことを調べていた人がいるんですか?」
私は思わず身を乗り出してしまう。その人に会えば宝が何なのか分かるかもしれない!
そんな私を落ち着かせるように隣から大きな手が伸びて来る。
「ねえねえ紬希。お腹空いたあ~。まずお好み焼き食べない?」
「僕も……。そろそろお腹空いてきた」
ここからが大切な話だっていうのに!私は何度目かのため息をついた後で席に座り直す。
こうなったらとっとと瑠夏達にご飯を食べさせて黙らせよう。
「すみません!お好み焼き3枚分お願いします!」
不機嫌そうな声にも関わらず田野さんと美幸さんは「まいどあり!」と嬉しそうに注文を受けてくれた。
「えいっ!」
「すごーい!須藤さん天才!」
「私、将来お好み焼き屋で働こうかな」
お好み焼きを華麗にひっくり返した瑠夏が満足そうな表情を浮かべる。
全く……遊びに来たわけじゃないのに。
「お待たせ。ひと段落したから話できるよ!」
「すみません……お仕事中に」
私は姿勢を正すと寛さんに頭を下げた。空いていた和久君の隣の席に腰を下ろす。
「栄真珠さん……。美幸の同級生なんだけどね、頭の良い生徒でさ。クラスメイトの男の子とタッグを組んで宝の謎を解いていたらしい」
私は息を呑んで寛さんの話に耳を傾ける。
「そうそう。ふたりとも頭が良くってね……ふたりは名探偵なんて呼ばれてたよ」
私のテーブルに近づいて来た美幸さんが言う。
「それって和久君と紬希みたいじゃん!偶然?運命?」
瑠夏がヘラを私と和久君に向けながら興奮気味に喋る。私は目を細めた。私は偶然や運命を信じるタイプじゃない。生徒同士協力して宝探しをしていても何の不思議もない。
「真珠さんとそのクラスメイトは宝を見つけられたんですか?」
和久君も瑠夏の言葉を真に受ける様子もなく、淡々と美幸さんに質問をしている。
「見つけたって言っていたけど……まだ明かすべき時じゃないって。よく分からないこと言ってたわ。周りの子達はどうせ真珠が考えた物語だろうって。真剣に取り合わなかったな。そのうち生徒達も受験生になったりして……飽きて忘れていったの」
明かすべき時じゃない?その言葉に引っかかりながらも私は光明を得た気がした。何とか宝の正体は分かりそうだ。
「そのふたりは宝のことを知ってるってことですよね?今どこにいるかご存知ですか?」
「それが……真珠の方は分からなくって。数年前同窓会のキャンセルした返事を聞いたっきり。体調が悪いとか言ってたかな?」
「それじゃあ……男子生徒の方は?」
ドッドッと自分の心臓の音が耳に聞こえてくる。
「ああ。それなら君たちは簡単に会えるよ。何せ学校の先生になったんだから」
「先生……?」
更に心臓の音が騒がしく鳴り始める中、寛さんはにこやかに続けた。
「清水敬先生、知ってるかい?」
瑠夏はお好み焼きを食べるために開けた大きな口をそのままに、和久君は水を飲もうとした手を止めた。
驚きのあまり、私達の時間が止まる。
まさか……清水先生が宝に繋がる重要参考人だったとは思ってもみなかった。
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