Back to the world_017/洗礼・赤レンジャー
その晩純は寝床の中でショーグンの言ったことを考えていた。『実際あった記録か、あるいは真実に基づいた世の中の記録とつながった瞬間なのか』
聞いた瞬間耳に違和感があったが、逆になぜか当たり前に、それこそ真理のように胸にするっと入って来た言葉の響きーー。
しかし吟味すればするほどに文章として内容がわからなくなった。人によっていろんな意味合いに取れる、とも思った。
ーーあれこれ考えているうちに純は眠りに落ちた。その瞬間から数秒の間に、自分がまったく別の素性を持つ人間となり、これからやるべき事が全てわかっていて行動(日常的な行いで、たいした行動ではなかった気がした)を起こす最中だという夢を見た。どういう素性でどういう行動だったのかという事は覚えていない。
ただ、この別人生の夢は以前から寝入りばなによくあった現象だったと気づき、内容を思い出そうとしているうちにやがて通常見る若干突飛でバカバカしい夢に変わって行った。授業中にショーグンが龍の骨でできているという器具でころころとフェイスマッサージをしていた。
次の日の朝登校すると、階段ですれ違いざまに早川から声をかけられた。
「ジェリー、お前、生まれる時カーチャンが乗ってたバスにファイヤーバードが降って来たってホント?さっき佐内が話してたんだ、いひっ」
「え?…ああ。聞いたんだ?えっと、正確にはその後病院で生まれたんだ」
「…スゲーな。さすが藤尾さん。いひっ」
早川はニヤニヤしながら階段を降りて行った。
純は内心気に入っている自分の生い立ちがクラスメイトに伝わってまんざらでもない気分だったが、早川の態度に含みがあったように思えた。一瞬気になったがいつものように教室へ向かうと、後方に隣のクラスの中野がいて何やら賑わっている。
「あっ、来た来た!藤尾さん来たぞ!」
純に注目が集まり、場がどっと湧く。
純の発言ーー『認めんなよ、三宅』に豆鉄砲を食らったのはアニメ軍団たちだけではなかった。そして佐内の口の軽さと悪びれなさを低く見積もっていた。中野はすでに佐内を相手に何度めかの寸劇を終えたところだった。
「認めんなよ、ブー美!ーーいやあ、何度聞いてもかっこいーわー…」
中野は手をポケットに入れたまま大きくのけぞって叫ぶと、今度は腕を組み目を閉じて余韻を味わった。
「だから中さん違うって!ダメだよ『ブー美』って言っちゃったらそこで全部台無しなの!
これは『ブー美』に『ブー美』を認めさせないためのセリフなんだから!ははは」
佐内が笑いながら指摘する。
「えっ、ブー美が屏風に?上手に何だって?虎か何か描いたのか?そっから追い出した?虎を」
聞いていた全員が笑ったが、多くの者たちは中野の想定外な切り返しに畏怖の念を感じて、爆笑のつもりが表情は失笑のそれになっていた。
いきなりの事に一瞬で口の中が乾いた。純としては昨日、佐内とショーグンと一緒に不思議な話をしてかなり良い気分になっていた。すっかり忘れていたブー美の事を持ち出されるとは微塵も思っていなかったのだ。
以後何かにつけて繰り返される事になるこのセリフーー『認めんなよ、ブー美』は、佐内が駅で純の後ろ姿を見送って即、公衆電話から中野に伝えられたのだという。昨日駅のベンチで純が感じた一体感は何だったのか?ーーそう思った。
中野がニヤリとして、ぽん、と肩を叩く。
「藤尾さん、聞きましたけど、、、赤レンジャーかと思ったわ!」
また笑いが起きた。ショーグンが申し訳なさそうに純を見ている。
今までこういうふうにからかわれたことがなかった純は、自分の顔が紅潮しかけているのに気づいて狼狽し、必死で平静を保とうとした。
確かに俺は主役の赤レンジャー気取りだったのかもしれない、そう思いながら。■
とにかくやらないので、何でもいいから雑多に積んで行こうじゃないかと決めました。天赦日に。