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The Emulator - ザ・エミュレータ - #48

5.13 色づく世界

 シンタロウはクラスの自席についてもまだ不機嫌そうにしている。シンタロウの話を聞いたカミラはすぐに口論の原因を理解した。シンタロウはサクラのことが好きで最近サクラと仲が良くなったゲイミーに嫉妬していた、ただそれだけのことだった。

 そして自分が恋をしていることを理解していないシンタロウにあきれた。カミラは普段おとなしくて何を考えているのか分からないシンタロウのことをミステリアスで大人びているのだと思っていた。しかし、自分が恋していることすら理解していないシンタロウのことを知り、途端に純朴な少年のように見えた。カミラにはそれがかわいいと感じて安心した。シンタロウに聞こえないように思ったより子供だったんだねと言い笑った。

 カミラはシンタロウがサクラを提訴しないと思っている。仮にもしそんなことをしようとしたらこの軽薄でフェアネスを理解しない男に絶対にそれをやめさせないといけないと思った。そういうクズみたいな男は誰であろうと許すことはできないからだ。

 ネイティブがヴィノに恋をするのは珍しくない。それはヴィノが美しいからだ。しかし、恋愛に発展することはまずありえなかった。その関係を親権者が許さないだろうし、だからといって恋したネイティブが、そのヴィノの親権者になれる可能性もなかった。普段目にするヴィノにはすでに親権者がいるし、親権を譲渡することは人身売買につながるため一部の例外を除いて法的に禁止されている。シンタロウがサクラの親権者ではないことを知っていたカミラは、そういった一般的なことを伝えてから、最後にこう言った。

「シンタロウからサクラさんに謝りなさいよ。嫉妬して女の子に当たるなんて最低だからね。それからサクラさんに対する気持ちを本人に伝えるべきかどうか、ちゃんと考えて結論出しなさいよね?」

 シンタロウはずっと以前から、サクラのことを好きだった。多分VRSでサクラと対面した時からだ。そこから友達とは違う感覚を持つようになったのにそれをなるべく考えないようにしていた。VRSではなんだか恥ずかしい気がしてサクラを見ていられなかったからすぐにイグジットした。それなのにすぐにまた会いたいと思っていた。それまではディーマット社のピンク色の髪のアニメーションの外観ビューをサクラとして使っていたが、すぐにVRSが生成した外観ビューに変更した。それからサクラの外観ビューを見ていることが増えた。それを知っているサクラはどう思っていたんだろう。蓄積データを共有していたサクラは本当は俺の気持ちを知っていたんじゃないのだろうか。

 俺はサクラのことが好きなんだ。だからサクラに気が付かれたくなくてそれを認識しないようになるべく考えないようにしていたんだ。そう思うと、とても不思議な気持ちになった。AFAを夜中までチューニングしていたことを思い出す。サクラのことを自分自身だと感じていたのはこれが恋だと自分自身にもサクラにも気が付かせたくなかったからだ。サクラに対して感じていた最近の感情は、もうごまかせなくなっていた。サクラといつも一緒に居たかった。自分だけでサクラを独占しておきたかったんだ。

 こんなにもサクラのことばかり考えているのに、そういえば、サクラと一緒に居ることができて嬉しいことや、楽しいということを言葉にしてサクラに伝えたことは一度もなかった。一人のフィジカルを共有していたのだから当然と言えばそれまでだが、それをサクラに伝えるべきだったんじゃないか。

 ヴィノのクラスでジーネがサクラの隣に座って話しかけていた。

「これではっきりしたわ。シンタロウくんってやっぱりサクラのことが好きだったんだね。私そうだと思っていたんだ。だからこの前、シンタロウくんをけしかけてみたんだ。ごめんね、サクラ。でもゲイミーが勘違いしちゃっているから、そろそろ教えてあげないと止められなくなっちゃいそうで困っていたの。分かるでしょ?」

 サクラはそれを聞くまでどうしてシンタロウがあんなにも意地悪な態度をとったのか分からなかったが、ジーネの話を聞いて納得した。シンタロウは私を独占しておきたかったんだ。そういえばシンタロウは私にずっと好意的だ。それは私がシンタロウの一部でシンタロウ自身だからだと思っていたけど、ライフログをシークしてすぐにわかった。外部思考プロセッサを使って初めてVRSで対面した時から好意のニュアンスがはっきりと変わっていた。

 シンタロウは私のことが好きなんだ。そう思うとなんだか笑ってしまった。インジケータが心地よさを示すのが無神経に感じられて煩わしかった。この感覚をインジケータが数値化して推し量れるような再現可能な簡単なものにしたくなかった。これは今、私だけが感じることが出来る大切な感覚だ。

 そして私はその心地の良い感覚を楽しみながら、シンタロウは何年も前からずっと私のことが好きだったんだと思い返した。そしてあの時からそれは恋に変わった。それを考えると私はまた笑ってしまう。こちらのヴィノは性能がいい。心地よいと主観ビューにフックせずともASICで処理される。また笑ってしまうのをジーネに変に思われないように両手で顔を隠すように覆う。シンタロウは私のことが好きなんだ。そう思い返すと何度でも笑ってしまった。私はそれがとてもうれしかったからだ。

 私に始めて出来たヴィノの友達はゲイミーだった。そしてこの前、ワールドセットで私の買った武器を見たいという彼の指先が私の指先に触れた時、私は初めて、異性を意識するという意味を理解した。センシングデバイスから菌糸を伝って電気信号がプロセッサに届く。それはただの指先の感覚でしかないが、信号を主観ビューがフックして別の情報を付加する。それはゲイミーが男性であることや私に好意を持っていることを付け加える情報だった。私を構成する一つのサブAIといくつかのプロセッサコアがゲイミーの好意を引き留めるような振る舞いをすることにプライオリティを置く。セントラルプロセッサ上の私はそれらを小さなコンテキストの一つとして認識した。

 指先が触れたことを感じ、私を意識して私の目を見るゲイミー。私はゲイミーの目を少しだけ見た。そのタイミングでそうすることにどんな効果があるのか私は知っていた。私はゲイミーの好意が心地よくて惹きつけておく必要があると判断していた。今までもそうだった。事あるごとにサブAIが下す小さなコンテキストがゲイミーやロドルに好意を持たせようと小さな振る舞いをするように私を促す。あまりにも小さいコンテキストだけど確実にそれは発生していたし、私はそれをリジェクトしなかった。

 たった今、それらの意味を理解した。そして、シンタロウに対して発生していた大きなコンテキストをリジェクトするのはもうやめようと思った。笑っている私を赤い瞳で不思議そうに見つめるジーネはずっと黙ったままだった。

「ごめんね、私自分のことがちゃんと理解できたわ。ありがとうジーネ。」

 私の思考のストリームデータを他人には拾わせないようにジーネと側頭部をつけて接触通信でデータを送る。それを取り込んだジーネも私の気持ちが理解出来たようで、私と同じように両手で顔を隠すようにして笑った。

次話:5.14 決意
前話:5.12 コリジョン

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