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The Emulator - ザ・エミュレータ - #56

6.7 エクスチェンジ

 ノア・バーンズはサリリサからの指示通り、ティア3検証リージョンの人間をUCLー1に招いてしばらく観察する時間を作った。そして、彼らがこちらで過ごして4週間が経過した頃、サリリサから次の指示があった。アールシュとシンタロウとサクラをエクスチェンジに通せということだった。ノア・バーンズはイーサン・エヴァンズや他の人間にはエクスチェンジを通過するための適合条件を今回満たせなかったと伝えた。

 イーサン・エヴァンズとスカイラー・グリーンは先に進むことに不安を感じていたのか、ティア2現実に行けないことが分かるとすぐに理解を示した。ポインタ経由で接続していたチュー・チャン・フォンとグエン・ティエン・ダットはやっと解放されると喜んだ。ノア・バーンズは4人には元のリージョンに戻ってもらうことを伝えた。帰還の日は1週間後だ。

 それからノア・バーンズはシンタロウたちを迎えにフィラデルフィアに向った。ソフィア・コールマンは残念そうにしていたが、彼女の性格にしては思いの外、聞き分けがよかった。その理由は彼女が他に興味を示しており、一つの要望をあげていた。ソフィア・コールマンから要望があったのはバージニアのコールマン家への訪問だ。別リージョンから自分や家族に所縁がある人物に会わせて良いかどうかは様々な議論があったが、サリリサはあっさりと訪問の許可を出した。ノア・バーンズたちはフィラデルフィアで彼女を見送り、シアトルに戻った。

 ティア3検証リージョンのメンバーはUCL研究所で久しぶりに顔を合わせ、久しぶりの郷友に会ったように安堵の表情を見せた。翌日、帰還する4人に見送られてアールシュ、シンタロウ、サクラの3人は、ノア・バーンズとともにUCL本社のエミュレータ研究所にあるエクスチェンジを通過した。インターコネクタと同じように徐々に感覚を喪失するマテリアルの中を通り、小さな部屋で起きるとノア・バーンズの同僚が待っていた。

「やあ久しぶり、ガイノン。」

「しばらくぶりだな、ノア。相変わらず元気そうだな。」

 ガイノン・デルビアはノア・バーンズよりも1歳年上の49歳のエミュレータ研究者で顔中にひげを生やした大男だ。ガイノンの名前を聞いて、アールシュはどのティア出身か名前で区別がつくことを察した。ガイノン・デルビアやサリリサ・エリミテはティア3ではなじみがない名前だった。ガイノンの名前を聞き、アールシュはそう理解した。ノア・バーンズはおそらく、ティア3住居リージョンの出身者なのだろう。

 ガイノン・デルビアはアールシュたち3人に愛想よく挨拶をして、再度小部屋に戻るように促す。ノア・バーンズがガイノン・デルビアを紹介する際に『コーディネータ』という言葉を使っていた。どうやら誰か一人、向こう側の人間がいないと移行できないようだ。その役割を『コーディネータ』と呼ぶのだろう。この空間は中間の空間でまだティア3住居リージョンの演算装置を利用している。ガイノン・デルビアの実体は向こう側、ティア2現実のこの部屋にいるのだろう。

「起きたかい。落ち着くまでコーヒーでも飲んで少し休んだ方がいい。」

 ガイノン・デルビアがそう言ってコーヒーを入れてくれた。インターコネクタを通った時の感覚と変わりはなかった。シンタロウは手を握ったり開いたりしてみたが変化も違和感もなかった。最後にサクラが起きて来て辺りを見回して一人でうなずいていた。

「どう?」

 シンタロウがサクラに声をかける。

「こっちのヴィノは多少性能がいいみたい。」

 そういってサクラは腕をあげて伸びの真似をしている。私にもコーヒー頂戴とガイノン・デルビアに言い、俺の隣に座る。コーヒーをもって熱いだとか、苦いだとか何かするたびに一人でぶつぶつ言っているサクラは、少しはしゃいでいるように見えた。

「ここはティア3で言えばシアトルにあたる場所で、この建物はこちらのUCL本社だ。ティア2はティア3と地球史が別物だから地名や共同体名は同じものがないと思ってくれ。こちらの統治組織であるUCLはティア3に合わせてそう呼んでいるだけだ。ティア3の連中にも理解しやすいようにね。こっちの基本的な情報は、初期インストールされている蓄積データをスキャンするといい。君たちの時間で言う15時からサリリサとの面会予定になっている。それまでまだしばらくあるけど、どうする? 今はちょうど食事を取る時間だけど何か食べるかい?」

 サクラが食べたいと返事をする。アールシュとシンタロウは空腹を感じていなかったがサクラに付いてくことにした。ティア2現実のUCL本社は160階のセントラルタワーとその6割程度の高さの4本のサテライトタワーで構成されている。セントラルタワー内にはレストランが6ヵ所あるという。サクラがセントラルタワーの低層階にあるトラディショナルな料理がメインのレストランに行きたいと言うので3人で向かった。

 ガイノンが別れ際に生体登録は済んでいるのでそのまま通過できると教えてくれた。ノアとガイノンは一番近い中層階のレストランに行くようだった。14時45分に159階のグリーンのプライベートラウンジに来るように言われて別れた。

「サリリサは俺たちに何を期待していると思う?」

 アールシュはシンタロウに聞いた。

「分かんないな。まるで想像がつかないよ。だけど、俺の目的は最初から決まっているからそっちの方が気になるね。」

 そうだと思った。アールシュはため息をついた。エヴァンズ教授がいれば心強かったのに、と弱気になった。アールシュは少なくともこの面会が意味することの一部を分かっているつもりだったので気が重かった。

次話:6.8 面会
前話:6.6 キャンディデイト

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