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#2 父と歩く 初めての尾瀬

 まだ首都圏では残暑が厳しい、9月末の週末。父と尾瀬へハイキングに行った。
 
 ある日突然「登山をしてみたい」と言う父。80歳を超えて、いつどうなるかわからない。元気なうちに、まだ体験したことがないことに挑戦してみたくなったと言う。

 実のところ、私も山に興味を持ち始めていた時期だった。仕事の合間にSNSを見ていたとき、偶然、尾瀬にある山小屋の投稿を発見。毎日更新される美しい自然の風景や、首都圏ではありえない快適な温度。今年の夏の猛暑にバテていた私は、涼しい尾瀬の環境に魅了されていた。

 調べてみると、初心者でも行けるハイキングコースがある。早速「山に行くなら尾瀬にしない?」と父を誘ってみたのだった。

遠き尾瀬までの道のり

 尾瀬の登山口は、鳩待峠、大清水、富士見下、沼山峠、御池と5つある。今回は尾瀬の一番有名な風景、尾瀬ヶ原に一番近い群馬県の鳩待峠からのハイキングコースを選んだ。
 新宿から出ている遠距離バスを使うのが一番楽そうだが、長時間の乗車となると父のトイレ事情が心配だ。その他起こりうる問題を考えた結果、今回は公共交通機関を使って向かうことにした。 

<経路>
○6時52分 東京駅発→7時44分 高崎駅着(北陸新幹線)
○8時25分 高崎駅発→9時13分 沼田駅着(上越線)
○9時20分 沼田駅→10時40分 尾瀬戸倉着(関越交通バス)
○11時00分 尾瀬戸倉発→11時30分 鳩待峠着(バス、またはタクシー)

 自宅から片道5、6時間かかるので、帰りは尾瀬の玄関口、尾瀬戸倉の宿で一泊する計画にした。尾瀬戸倉には「美肌の湯」といわれる、肌に優しいアルカリ性の単純硫黄温泉が湧いている。ハイキングで疲れたあとに入浴するのが楽しみだ。

 服装は、念には念を入れて重装備にする。靴はマダガスカル旅行のときに買った、トレッキングシューズ。父は歩きやすさを重視して、普段履き慣れたスニーカーにした。他にもUV加工の帽子やパーカー。山は天候が変わりやすいというので、レインウェアも調達した。

天気予報がはずれた!

 出発当日。あいにく予報がはずれて、尾瀬の天気は雨のち曇り。向こうに到着するお昼頃、雨が止むという。

 予定通り、6時52分の新幹線で東京駅から高崎駅へ。上越線に乗り換えて沼田駅。そこから路線バスで尾瀬戸倉に行く。時刻表通り10時40分頃尾瀬戸倉に到着し、宿に荷物を置かせてもらった。鳩待峠行きのシャトルバスは、下車したバス停の横に流れる川をわたったところにある。ワゴン車くらいのミニバスの中は、もう登山客で満員だった。

 鳩待峠に到着する頃、幸いに天候が回復して晴れ間が見えてきた。朝の大雨が嘘のようだ。これは強運体質の父を連れてきたおかげかも。

 標高1500メートルの尾瀬の風は、ヒヤッとして少し冷たい。木々の葉っぱも色づき始め、今年になってから初めて秋を感じた。


思っていたよりも険しい初心者コース

 私たちが歩くのは、ハイキング初心者コースの中でも最短コース。鳩待峠から山小屋のある山ノ鼻まで。3.3キロ、約1時間の道のりだ。(引用元:https://www.oze-hiking.com/map/c_hatomachi01.html)
 
 今から出発すると12時30分過ぎには着くはず。お昼は向こうで食べることにした。

 コースはいきなり急な下り坂からスタート。尾瀬ヶ原のイメージが強すぎて、平坦な道が続いているのかと思っていたら大間違い。高さや大きさの違う石段に手こずって、なかなか先へ進まない。午前中に雨が降っていたので、階段に水たまりがたくさんできている。木道は滑りやすく、転ばないように足元に全神経を集中させて歩いた。牛歩で歩む私と父の横を、トレッキングポールを持っている登山客がどんどん追い抜いていく。 

 1.5キロほどの地点で「ちょっと休もう」と父。2日に一度は水泳や筋トレに励んで体力に自信がある父だが、慣れない山道に苦戦して疲れが見える。ベンチに座り、おやつを食べながらしばし休憩。

 コンクリートで舗装された平らな道を歩くのと違い、先の予測がつかない自然の中を歩く1.5キロは、普段の倍以上の体力を使う。五感もフル活用だ。

 山ノ鼻に辿り着いたのは、13時過ぎだった。山小屋の食堂で、私は天ぷらうどん、父はスタミナ丼という豚丼を注文。二人とも、だいぶ足に疲れを感じていたが、せっかくなので尾瀬ヶ原まで行ってみる。国民宿舎・尾瀬ロッジを過ぎると、写真で見たあこがれの尾瀬ヶ原の風景が広がっていた。どこまでも広がる湿原は紅葉が始まり、金色に輝いている。

 もっと先を散策してみたいところだが、残念ながら今回はそんな体力は残っていない。父の様子も気になったので早々と引き返し、コーヒーで一服したあと14時過ぎに帰路についた。

 鳩待峠近くの下り坂は、帰りは傾斜のきつい登り坂になった。ゼエゼエと息が切れらして最後の力を振り絞る父。何度か休憩をはさみ、15時30分頃鳩待峠に戻って来ることができた。


歩くことだけに集中した日

 日帰りでなく、尾瀬戸倉に一泊する計画にして大正解だった。
 すべての力を使い果たしたのか、温泉に入って部屋に戻ってきた父はどっと年をとったように見えた。シワシワのの仙人みたいだ。

 天然温泉と宿のおいしい夕食に心もお腹も満たされ、私も眠気に勝てず20時に布団に入る。

 不思議なことに、体の疲労に比べると気分はスッキリしていた。自然の中、1日余計なことを考えずに歩いていたので、無意識に瞑想状態に入っていたのかもしれない。人はこの爽快感を求めて、登山に夢中になるのだろうか。

 思っていたよりたいへんに感じたのは、10年前のトレッキングシューズのせいなのかも。少し重くて歩きづらかった。今度は軽いトレッキングシューズを新調して来たいな。なんだ、自分も山の魅力にはまりつつあるではないか。

 そんな考えを巡らし、いつの間にか眠りについた。


 追記:
今回の旅行記はミュージアムに触れてなくて、すみません!