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謎の広告を調査せよ! CMAからの挑戦状  ~英国デリバリー業界の裏側に迫る~

―― たった三行の広告文から、
複雑な社会問題、恋愛問題、犯罪事件などを想像して、色々の筋書きを
組立てるのは、単に遊戯として考えても、実に面白いものだよ ――

          江戸川乱歩『蜘蛛男』                    

というわけで、今回は息抜き記事です。



登場人物紹介


広告晴彦の疑問:あらすじと謎の発見

探偵力の更なるレベルアップのため、探偵の聖地・ロンドンにやってきた晴彦と次郎。ベーカー・ストリート駅を目指して地下鉄に乗りこんだ二人は、修行の一環として、車内の広告について様々に推理を巡らせていた。


(2023年9月 筆者撮影)

次郎:「晴彦さん、何見てるんすか?」

晴彦:「なあ、次郎。この広告、どこか妙だとは思わないか?」

次郎:「んん……? いったい、どこが妙なんすか?」

晴彦:「ああ、すまん。この広告の不自然さに気がつくには、予備知識が必要だったな。順番に説明していくぞ」



広告晴彦の説明:広告の背景と概要


晴彦:「これは、フードデリバリーサービス ”Just Eat” の電車内広告だ (https://www.just-eat.co.uk/) 」

次郎:「どんなサービスなのか、詳しく教えてほしいっす!」

晴彦:「Just Eat は、ヨーロッパで幅広く展開するサービスだ 。Jestroのサイトによれば、イギリス国内での2019年時点「アプリケーションの認知度」で、Uber EatとDeliverooを抜いて一位だ。(https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2020/eef0a91531afb777.html 2024年3月13日閲覧)
データが古いことを差し引いても、業界大手の一角と言えるだろうな」

次郎:「日本でいう『出前館』みたいな感じっすか」

晴彦:「その通りだな」


補佐次郎の洞察:広告に凝らされた様々な工夫


晴彦:「さて次郎、何か気づくことはあるか?」

次郎:「うーん、全体的にオレンジっすね。明るい雰囲気だと思うっす」


晴彦:「そうだな。橙色はフレンドリーな雰囲気を伝えたいときに使う色だと言われている。特に、橙×白だと楽しげ・親しげな感じがよく出るな」

次郎:「カクレクマノミの色っすもんね!」

晴彦:「……そうだな」

次郎:「他には、コピーが気になるっす。『Did Somebody Say』ってどういう意味っすか?」


晴彦:「Just Eatの公式HPを見た感じ、『Did Somebody Say Just Eat』でワンフレーズ、つまり『誰か Just Eatって言った?』だな」

次郎:「めちゃフレンドリーっすね。『呼んだ?』みたいな感じっすか」

晴彦:「訳の正確さはともかくとして、ニュアンスは間違ってないんじゃないか? 普段使いするアプリの広告は親しみやすさが大切だからな。いいところに目をつけたな」

次郎:「へへ。でも、晴彦さんが言ってた『妙なこと』ってこれじゃないっすよね?」

晴彦:「ああ。違うぞ」


広告晴彦の洞察:彼はどこに疑問を覚えたか


次郎:「うーん、やっぱり分かんないっす……」

晴彦:「じゃあ、この広告に載っている食べ物を順番に挙げてみろ」

次郎:「え? いいっすけど、それに何の意味が……?」

晴彦:「いいから、やってみろ次郎」

次郎:「ええと、バナナ、ブロッコリー、Coke、牛乳、ケチャップ、アボガド、生肉……」

晴彦:「さて、次郎がデリバリーを頼むとしたら、何を頼む?」

次郎:「ええ⁈ そりゃピザとか、寿司とかっすよ……。あっ!」

晴彦:「そうだな。フードデリバリーと言えば調理済み食品を連想するのが普通なのに、この広告では生鮮食品のみを扱っているんだ」

次郎:「そこが、晴彦さんが気になってたところなんすね!」


広告晴彦の推理:歌に隠された真実・この広告の真意


次郎:「なんで、こんな事になってるんすか?」

晴彦:「ヒントは、Just Eatの公式Youtubeにあるぞ。(https://www.youtube.com/watch?v=mJqG8YIPRh0&t=23s)で歌手のクリスティーナ・アギレラとのコラボキャンペーンで歌われた歌だ。歌詞を一部抜粋するぞ」

Ooh - this is what the app do, it ain’t only fast food
Switching styles like opera to rap too
Yummy
And it ain’t only restaurants any more
We can go bananas at the grocery store

(Just Eat | Did Somebody Say | The hottest collab of 2023: Just Eat, Christina Aguilera and Latto)

次郎:「うーん?」

晴彦:「ざっくり訳してみるとこうなる。
 

わあ! これがアプリのしてくれること。ファストフードだけじゃないよ。オペラからラップにスタイルを切り替えるみたいに。おいしい! もうレストランだけじゃない。スーパーでバナナを買うこともできる。

(筆者訳)

さて、この歌詞から読み取れる情報は、三つだな。

  1. Just Eatのアプリはスーパーマーケットからバナナを届けてくれる

  2. Just Eatは従来「ファストフード」を扱っていたが、そこから「オペラからラップ」へ切り替えるような転換が行われている

  3. Just Eatはレストランから取り寄せができるだけでなく、スーパーマーケットからバナナを取り寄せるのにも使える」

次郎:「ふむふむ」

晴彦:「歌詞独特の言い回しが読解を難しくしているが、2の「転換」は3の「スーパーマーケットからの取り寄せ」を指すと思われる。”fast food” と "restaurants" の二文に含まれる "not only" は並列関係にあり、最後の "can go bananas at the grocery store" に掛かっているからだ」
 
次郎:「なるほど。それで?」

晴彦:「察しが悪いな。この広告は、Just Eat が飲食店からの宅配だけでなく、スーパーマーケットからのデリバリーも取り扱っていることをアピールしているんだ」

次郎:「んん~⁈ 分かりにくいっすね!」

晴彦:「よく見ろ。Sainsbury’s(イギリス大手スーパー)のロゴは小さく書いてあるぞ」

次郎:「あ、ホントだ!」

(筆者注:画質が悪くてすみません……)

晴彦:「それから、ヨーロッパ圏の広告は日本の広告に比べて文字情報が少なく、イメージで訴求する傾向があるとも言われている。多様な文化的背景に配慮しているという説だ。それも手伝って、背景を知らないと分かりにくいのかもしれないな」

次郎:「へえ、そうなんすね~」


ワイダニット:英国フードデリバリーの裏事情


次郎:「じゃあ、そもそもJust EatはどうしてSainsbury’sと提携してるんすか?」

晴彦:「これも推定になるが、日本よりも早くからオンラインフードデリバリーが普及していた欧米圏では、フードデリバリーの認知度が高く、同時に競争も激しい

英国では、Just Eatの他にDeliveroo・Quiq upなど多様なサービスが存在している。『レストランだけ』『ファストフードだけ』といった既成イメージを破壊して、差別化を図っていく必要があるのだろう」

次郎:「たしかに、レストランのデリバリーばっかりしていると健康に悪いですもんね。健康志向の高まりにも対応しているってことか」

晴彦:「冴えているな。それも正解だろう」

次郎:「……あれ? 待ってください、晴彦さん。スーパーの食品を配送してくれるデリバリーって、ネットスーパーとほとんど変わらないような……

晴彦:「その通り。実際、Sainsbury’sもネットスーパーのサービスは展開しているし、生鮮食品だけでなく、調理済み食品も扱っている」
https://food-to-order.sainsburys.co.uk/category/allfood

次郎:「ひぇえ! モロ被りじゃないっすか」

晴彦:「次郎の指摘は的を射ているよ。

似た事例として、アメリカの大手デリバリー DoorDashも大手スーパーWalmartとパートナーを組み、取り扱い品目を料理、食材、アルコール、花、ペット商品などに拡大した。

しかし、2022年に提携を解消しているんだ。

DoorDashの力を借りなくとも、Walmartが配送プラットフォームを運用できるようになったことが原因だと考えられている。
(※DoorDashとWalmartは2022年に提携解消 詳しくはこちらなどご参照ください https://www.supermarketnews.com/online-retail/walmart-doordash-partnership-coming-close )

フードデリバリーと大手ネットスーパーの競争関係だな」

次郎:「なるほど。となると、ブランドの認知度の闘いになりそうっすね!」

晴彦:「鋭いな、次郎。知られていないブランドは、そもそも選択肢に上ってこない。サービス内容の競争もあるだろうが、認知度やイメージが勝負を分けることもあるだろう」

次郎:「広告の出番ってわけですね!」

晴彦:「その通りだ。今後も、フードデリバリー市場の厳しい競争を乗り越えるために、様々な工夫が凝らされた広告が出てくることだろう。

さて、言ってみれば、イギリスの宅配市場の状況が、今回の広告を作り出した犯人だったわけだ。市場の状況が広告を決める。これはまあ、どんな広告にも言えることなんだろうがな」



解説系のユーチューバーさんっぽく纏めてみました。

企画のコンセプトの関係上、広告から読み取れる情報を中心に推定を行いました。広報の方に確認とったりはしてないので、各社の経営戦略、配色・コピーの意図などは、あくまで「推理」としてお楽しみいただければ幸いです。

また、晴彦と次郎のビジュアルはChatGPTで制作したものです。

ちなみに、広告彦晴のどうでもいい設定は、伊藤計劃『虐殺器官』から着想を得ました。とても面白いので、気になる人はぜひご一読を。

いつか続編もやれたらいいなと思っているので、「面白かった」という方はぜひ♡をお願いします!

(文責)CMAリサーチャー 中島卓哉


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