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【短編小説】 娯楽屋

 ここは、まだ魔法が存在する世界。
 魔法使いはそれぞれ何かを生業にしている。

 ある者は錬金術師を、ある者は医師や薬師を、またある者は魔法を使ったスマートな害虫駆除を行った。
 魔法使いの一人であるレオは、「娯楽屋」という仕事を生業としていた。

 この時代、人々は追い求められる魔法の技術革新に疲れ果てていた。厭世的な価値観が蔓延し、今の世の中に希望を見出せない人々は娯楽を求めた。その結果、たくさんの娯楽が世に溢れるようになったが、それでは飽き足らない者も大勢いた。

 そのような人々の求めに応じて、専属で娯楽を提供するのが「娯楽屋」である。レオは魔法を使って「相手の希望通りの景色を作る」という娯楽を提供する。彼女が作り出す景色は至るところで評判が良かった。しかも、その景色はただの平面的なものではなく、3次元的に体感できた。

 例えば、世界一大きな滝を見せてほしいと言われたときには、彼女はとんでもなく大きな滝を作り、依頼主にその壮大な外観と、轟音と水しぶきが感じられるようにした。

 メソポタミア文明の景色を見せてほしいと言われた時もあった。彼女は、当時の地形や気候、人々に至るまで完全に再現してみせた。まるで当時の文明にいるようだと絶賛された。

 最近は、一番きれいな景色を見せてほしい、と言われた。彼女は持ち前の想像力を駆使して、精緻な彫刻やステンドグラスで飾られた美しい城を作った。城の周りには一面の花畑が広がり、カラフルな気球が空を舞っていた。

 とても美しく、依頼主がずっとここに居たいと1週間ほど滞在してしまったから、その風景を維持するのに大変だった。その分、たくさんの報酬が手に入ったが、レオにはどこかすっきりしない気持ちがあった。

 果たして自分が作った景色は、一番きれいな景色と呼んでよいのか?と。
 そんなことを考えながら日々を過ごしていたある朝、彼女は心地よい春の陽気につられて散歩をしてみることにした。

 近所をぶらぶらと歩いて土手までやってきて、ふと脇に流れる川を見やった。そして、愕然とした。

 何気ない風景のはずだったのに。
 それは、彼女が今までつくり出してきたどの景色よりも綺麗だった。

 朝日を浴びて川面はキラキラと光り輝き、朝焼けを鏡のように映し出して、美しいグラデーションを作っていた。
 川の周りの芽吹いた草木は、鮮やかな萌黄色で、空気には新緑の香りが漂っていた。辺りは静寂で、時折聞こえる鳥の声が心地よい。

 レオは思った。

 どうしたらこの景色を魔法で再現できるだろうか、と。
 どうして、私は今までこの景色を発想できなかったんだろう。
 こんなに身近にある美しさに気づけなかったんだろう。

 そこまで考えて、気づいた。

 魔法を使って作らなくても、この世界はただそれだけで十分綺麗だった。

 私たちが気づかずに素通りしているだけだったんだ。
 今まで、どれほど通り過ぎてしまっただろうか、この世界の美しさを。
 そんなことを考えながら帰路についた。

 翌朝、彼女は娯楽屋という生業を捨てた。
 代わりに、今までの仕事で得た貯金をはたいて、ある1つの物を買った。
 ――それは、とびきりのカメラだった。

 彼女は、行く先々でこの世界の美しさを切り取った。

 その写真集が異例の売れ行きとなり、多くの人々が世界を旅するようになるのは、もうしばらく後の話。

(終わり)




最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!
あとがきも書きました。雑多な文章ですが、もし興味があればこちらもお読みください!


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