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小説 ある兵士Aと兵士Bの話 

 兵士Aは、ただ死を望んでいた。
 彼は天涯孤独だった。彼はこの世界に対して希望を抱けなくなり、ついに願った。「早く死にたい」と。
 彼は自分の生きる時間を縮めるために兵士となった。

 兵士Bは、死にたくなかった。
 兵士として働いて得たお金で、貧しい家を立て直して父や母、幼い兄弟に楽をさせたかった。故郷にいる恋人との結婚資金も必要だった。
 彼はより良い生を送るために兵士となった。

 これは、そんな兵士Aと兵士Bの話。


 兵士Aがいる部隊に兵士Bが配属されてから2週間後。
 彼らに、翌日出撃する命令が下された。役割は、味方の主力部隊のために奇襲をすることだ。敵の数とこちらの数からみて、明日の生存確率はそう高くはないことが想像できた。

 部隊の面々は粛々と指令を受け入れるた。兵士Bは顔にこそ出さなかったが、頭の中では動揺が渦巻いていた。
 彼は落ち着こうと、いつも一人になりたいときに訪れる岩場に足を運んだ。部隊の駐屯地から、うっそうとした茂みの中を20分ほど歩くと大小の岩が点在する場所がある。岩場の奥は切り立った崖になっていて、眼下には川が流れている。

 するとそこに兵士Aがいた。兵士Bは後ろから思わず声をかけた。
「驚いた。君もここを知っていたのか?」

「…あぁ。」
 兵士Aは、兵士Bを一瞥して答えた。

「邪魔して申し訳ない。ここに来ると落ち着くんだ」

「分かるよ」
 感情を感じさせない、いつもの口調で兵士Aは答えた。
 兵士Bは内心驚いていた。兵士Aはめっぽう強く、訓練の中で目立っていたが、どことなく近寄りがたい独特の雰囲気をまとっていた。そのため今回、曲がりなりにも会話が成立し、自分のお気に入りの場所に対する共感を得られたことを嬉しく思った。
 兵士Bは、兵士Aから少し離れた場所に腰を下ろし、夕焼けを眺めた。あきれるほど綺麗な夕焼けだった。しばらく二人は大地が赤く染まっていく中にいた。

「明日、出撃だな」
 兵士Bはぽつりと呟いた。

「あぁ」
兵士Aは応じた。

「僕たちは生きて帰れるんだろうか」

「さぁ」
あまりにも人ごとの調子で兵士Aが答えるので、兵士Bは少し憤り、尋ねた。
「君は死ぬのが怖くないのか?」

兵士Aは、眼下に広がる荒涼とした荒れ地を見ながら淡々と答えた。
「怖くない。俺はこれ以上生きることに価値を見いだせない。いずれ来る死を待って、兵士として戦っているだけだ。だから明日戦って死んだら、むしろ本望だ。いつもそう思っている。」

兵士Bは絶句した。彼にとって死は恐怖の対象であり、それを望んでいる者がいることなど考えたことがなかった。
「……もう少し詳しく教えてくれないか。なぜ、生きることに価値を見出せないんだ…?」

 兵士Aは面食らった。質問が返ってくるとは思わなかったからだ。
 実は、この話をするのは兵士Bが初めてではなかった。命知らずに戦い、戦果をあげ続ける兵士Aに、多くの兵士がその秘訣を知りたいと思い、目を輝かせながら尋ねた。「どうしたら死を恐れない戦い方ができますか」と。しかし、今兵士Bに話したことを語ると、皆一様に押し黙ってしまうのだった。回答をごまかすだけの器用さを彼は持ち合わせてなかった。
 もう当たり前の感覚になりすぎて、今まで理由を考えたことなどなかった。兵士Aはもう一度聞き返した。

「なぜ生きることに価値を見出せないかって?」

「そう」

兵士Aはしばらく考えた末、答えた。
「……生きる上で苦しいことの方が圧倒的に多かった。苦しいことはやりたいくないだろう。生きることも同じさ。」

「………。…でも、苦しくてもその先に希望があれば頑張れるはずだ。君には、希望とか、…喜びとかはないのか?」

「この世界に希望や喜びなんてない。」

「……本当に一つも?」 

「しつこいな。ないさ。」
 重ねて問われ、苛立ちながら兵士Aは投げやりに答えた。なぜ自分がこんなにも腹立たしいのか分からなかった。
 もう聞くなと言わんばかりに立ち上がると、兵士Bに背を向けて歩き出した。兵士Bはその後ろ姿を黙って見つめた。



 翌朝、まだ夜が明けきらない時間、ついに二人に出撃の時がやってきた。
 ここから2㎞程離れた平地に、敵部隊が駐屯している。この地域特有の、明け方に出る濃い霧に紛れて敵に奇襲し、その混乱に乗じて主力部隊が逆側から攻撃するという手筈になっている。

 敵部隊の数は500。対してこちらの奇襲部隊は50、主力部隊は150だ。数の上では大幅に劣っているこの戦いの勝機は、奇襲の成功にかかっていた。奇襲部隊には、特に腕が立つ者を選りすぐって集められていた。

 ついに奇襲部隊は待機場所である小高い丘の上にたどり着いた。眼下に敵の駐屯地が見える。ひっそりと静まり返り、人が動く気配はない。

「なんて我々はついているんだ!敵はまだ寝ていやがる。皆で寝ている奴らを斬りまくれ。」
 奇襲部隊の隊長は獰猛な笑みを浮かべ、彼らの部隊に言った。

 兵士Bは内心吐き気がしながらその言葉を聞いた。人を殺すのも自分が殺されるのも嫌だった。ただ、予想に反して、敵がこちらの奇襲に気づいて守りを固め始めていないということには安堵した。

「おかしいな。静かすぎる。」
 聞き覚えのある平坦な声に横を見ると、兵士Aが隣にいた。敵駐屯地を厳しい顔で見ている。
「隊長、」兵士Aが言いかけた瞬間、

「出撃!」
 隊長の号令が響いた。周りの兵士はそれに応じて剣を抜き、勇ましく馬を駆っていく。兵士Aは、舌打ちをして続こうとし、自分を見ている兵士Bと目があった。

「横からの攻撃に気を付けろ。分が悪くなっても、前に進み続けろ」

「…分かった」

「お前の力ならそこそこやれる。敵が来たら躊躇いなく殺せ。でないと自分がやられる。」

「………分かった」
 自分の思考を見透かされているようで兵士Bは舌を巻いた。滅多に人を褒めない兵士Aが自分を褒めたことには気づかなかった。そんな短いやり取りの後、二人は周りの兵士に続いた。必然的に二人は部隊の後方に位置することになった。

 丘を降り、敵駐屯地まで目前のところまでやってきたとき。
 横から一斉に矢が飛んできた。敵部隊の奇襲だった。敵はこちらの攻撃を予測していたのだ。部隊の前方にいた兵士たちが何人か倒れるのが見えた。味方の兵士たちに動揺が現れる。

「ひるむな!本来の目的を見失うな!前に進んで駐屯地の敵を叩け!」
 隊長が怒鳴った。
 兵士たちは、はっと我に返り、落ち着きを取り戻した。さすがはもともと精鋭ぞろいである。敵の矢を剣で弾き返し、前進していく。

 ただ、兵士Bは疑問に思った。僕らの奇襲攻撃が敵に既に読まれているのだとしたら…駐屯地は空っぽなのではないだろうか?主力部隊も僕らと同じように奇襲を受けているのか?そしたら僕らは主力部隊と合流できず、大勢の敵兵の中に取り残されるのか?
 兵士Bは縋るように隣の兵士Aの顔を見た。兵士Aは前方をただ見据えていて、相変わらず何の感情も読み取れなかった。その顔を見て、横からの攻撃に気を付けろと言われたことを思い出した。兵士Aはこの事態を予測していたのだ。
 もう一つ言われた言葉は――「分が悪くなっても、前に進み続けろ」だった。後ろは小高い丘、退却しても敵の矢の絶好の的になるだけだ。確かに前に進み続けるしかない。兵士Bは大きく息をはいて気持ちを切り替えると、前進した。

 その瞬間、敵兵が前方から現れた。一様に白いマントをかぶり、数にして100はいる。隊に、ゆっくりと、しかし確実に混乱が広がっていく。
「塹壕を掘って潜伏していた。霧を味方につけたのは敵も同じだった」
 兵士Aの誰に言うでもない呟きが聞こえたのと同時に、兵士Bの耳のすぐ横を矢が通過した。前からは敵、横からは矢、後ろは丘で退却できない。やはり前に進むしかない。兵士Bは覚悟を決めた。兵士Aを見やると、周りの兵士が合わてふためく中、彼は前だけを見て進んでいた。遅れて兵士Bも後に続いた。

 周りの兵士がどんどん倒れていく。兵士Bは何人かの敵を倒した。とどめはささなかったし、さす余裕もなかったから、運がよければ死んでいないはずだ。戦闘で額にできた傷から血が滴り目に入りそうになる。彼はそれを拭い、次の敵を見据えた。

 敵はこちらに突進してくる。構えはやや甘い。大丈夫だ――そう思って剣を振りかざしたとき、敵の胸のペンダントにいる、女性の写真と目が合った。綺麗な人だった。兵士Bの恋人と微笑み方が似ていた。ほんの一瞬、兵士Bに隙ができた。敵兵はそれを見逃さず、正確に彼の喉笛めがけて剣を横なぎに振るった。
 これで終わりだと思った。死を覚悟した。その刹那、
「何している。死ぬつもりか。」
聞き覚えのある声が降ってきた。兵士Aが敵兵の鳩尾を槍で突き、気絶させていた。

「……あ、ありがとう。」
兵士Bは気が抜けたように答えた。

「お前、死にたくないんだろ」

瞬時に脳裡に家族と恋人の顔が思い浮かんだ。目に力を込めて答えた。
「あぁ、僕は死ねない。」

兵士Aの口の右端が少しだけ動いたように見えた。少し微笑んだように見えたのは気のせいかもしれない。
「なら、立ち止まらず前だけを見て進め」

「分かった」
 矢が飛び交う中を、二人は馬を走らせた。兵士Aが活路を切り開き、兵士Bが横からくる敵や矢に対処した。二人は敵部隊を抜け、誰もいない敵の駐屯地を抜け、味方の主力部隊の血で染まった平地を抜けた。
 散々走って、二人は、あの岩場へと続く茂みにたどり着いた。

「ここまでくれば大丈夫だ」
 兵士Aは、兵士Bに向かって言った。

「あぁ。」
 二人は馬の歩を緩め、黙って並んで茂みの中を進み、やがて岩場についた。昨日と同じ美しい夕焼けが広がっていた。

「…君は、昨日、この世界に希望や喜びなんて一つもないと言ったよね」
兵士Bが遠慮がちに兵士Aに声をかけた。

「あぁ、そうだな。そういった」

「今日の僕にとって、君は希望だった」
兵士Aは思ってもみない言葉を聞き、驚いて兵士Bを見た。兵士Bは言葉を続けた。

「君は、僕に前だけを見て走り続けろといった。周りの兵士がうろたえて逃げていく中で、力強い人だと思った。考えてみてほしい。君はなぜ僕にその言葉をかけることができたのか?それは、君自身が希望を持っているからだ。自分は敵を突破できるという希望を。生きるという希望を。」

「…………100歩譲って、俺が敵を突破できるという希望を持っていたことは認めよう。でも生きるという希望については心外だな。生きていても何もいいこことなんて起こらない。これまでも、そしてこれからも。」

 兵士Bはその言葉を聞くと、にっこりと笑って、いたずらっぽく兵士Aの口調を真似て言った。
『なら、立ち止まらず前だけを見て進め』

(終)




~作者後書き~
 最近、生と死、人はなぜ生きるのか、について考えており、それを題材にした作品を作りたいと思って創作しました。……が、舞台設定や戦闘のシーンなど違和感はなかったでしょうか。少しでも伝わるものがあれば幸いです。
 見出し画像はAdobe Firefly で生成AIさんと一緒につくりました。
 初心者ですが、これからも投稿していきますので、よろしくお願いします。



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