【短編小説】よく生きる、とは
「私、あなたに殺してほしいの」
女は言った。僕は困ってしまった。普通こういうセリフは、感情表現として愛する男に言うものじゃないだろうか。断然僕なんかに言うものじゃない。
……死神の僕なんかに。
「うーん、こういうパターンは初めてだな。多くの人は、殺さないでって言うんだけど」
女は面白そうに笑い、
「あなた、死神よね?いったいどんな人選で人に死をもたらしてるの?」
と興味津々に聞いた。
「それは企業秘密で言えないんだ」
「ふーん。つまんないの。でも私のところに来てくれてうれしいわ。ちょうど私、この世界で生きることに疲れていたの。死んでこの苦しみから逃れたいわ」
なかなかの深刻な内容を話しているが、生気のない白い顔とは対照的に女はとても嬉しそうだった。
だからつい、僕の中であまのじゃくな心が顔を出して、嘘をついてしまった。
「いや、死んだからといって解決するわけじゃない。実は死後の世界も過酷なんだ。0歳からスタートして今の世界と同じように学校に行き、仕事をして働かないといけない。それがずっと続くんだ」
女は見るからに落胆した。手首に這う赤が妙に痛々しく見えた。
「死んでもこの苦しみから解き放たれるわけじゃないのね……」
胸が少し痛んだ。
でも、だってそうだろう?
僕は死神で、生を望む人間に死をもたらしている。
だから、死を望む人間に死を与えるのは死神らしくない。
死神らしく、無慈悲でいる必要があるんだ。
女と別れ、僕は死神の仕事に忙しくしていた。
でも、ふとした時にその女のことが気になった。
彼女は明らかに死を望んでいた。彼女にとっては、死をもたらしてやった方が幸福だったのではないか。
そんな考えがときたま頭をよぎって、僕の胸をざわつかせた。
1年後、再び彼女のもとを訪れた。すると、以前とは打って変わって元気な様子の彼女がいた。
「あら、やっぱり私を殺しに来たの?」
と、おどけた様子で笑って僕を見る。
「いや、今回君は対象ではない。ただ様子を見に来たんだ」
「やっぱり優しいのね」
「ん?」
「あれ、嘘よね。死後の世界でも同じように世界が広がってるって」
僕は言いたかったことを先に言われてしまって立つ瀬がない。
「……そう。ほんとは死後の世界は何もないんだ。無なんだ。だから死んだら苦しみから逃れられる」
「ありがとう。私、あの時死ななくてよかったって思うわ。まあ、今でも死にたくなる夜はあるけど、少しだけ生きててよかったって思うこともあるの。日差しが気持ちいいな、とかほんの些細なことだけど。だからあなたには感謝を伝えたいわ」
「……そうなんだ。よかった」
「あなたに、死後の世界でも同じ苦しみが続くと言われたから、もうどうしようもないなーって開き直っちゃったの。だからこの苦しい世界の中に楽しさを見つけ出してやろうって思って。そして気づいたの。本当は楽しさや幸せって、私が見てなかっただけで近くにあったのね」
「よ、よかった」
思いもかげない言葉の連続に圧倒される。
「そう気づかせようと嘘を言ってくれたんでしょう?ありがとう」
女は、晴れた日の太陽のようだった。死神には刺激が強すぎる。僕は曖昧に微笑んでそういうことにしておいた。
……そうか。人間は弱いように見えて、思いのほか強い生き物らしい。
そして、僕が今まで多く見てきた、死の淵で生きたいと喚く人間よりもずっと、死にたいと言っていたこの女の方がよっぽどよく生きている。
……苦しみは人を強くするのかもしれません。
やや長い文章を、貴重なお時間をいただいて最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!
どうかあなたの今日一日、または明日一日が良い一日となりますように。
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