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72歳の女の子とする仕事

久しぶりに会った友達、中谷くんは転職していた。
「AV男優になったんだぁ」
新宿の手羽先屋で飲もうというので、歌舞伎町まで出向いた時に、そう告げられた。そうか、と私は答え、手羽先にかぶりついてビールを飲んだ。
中谷くんは男前で、しゅっとした身体をしていて、性格は人懐こかった。わりと甘えん坊な男だ。前職はプロバイダのSEだった。ずいぶん思い切った転身だとは思う。

新しい仕事において彼はNGとなる分野がなかったので、必然的に色物男優として地位を確立していた。熟女と呼ばれる年上の女性を多く相手にする男優だ。
『今日はねぇ、72歳の女の子とお仕事』
転職を告白して気楽になったのか、中谷くんからLINEで送られてくる仕事報告を見るたびに、仕事相手の女性の身体が心配になってしまう。違う意味で昇天させてしまわないだろうか、と。でも、おそらく人間は死ぬまで性交可能な身体を持っているし、それを使うも使わないも各個人次第だ。
他人が口を出せる分野の話ではない。老人の性なんておぞましいという若い人はいるだろう。でも食事をしたり、眠ったり、そういう欲求の輪の中に性欲はある。無視しても個体の生命維持には、差しさわりがない欲だが。だからといって完全に無視できるものでもない。人間は死ぬまで欲に振り回される。

そもそも老いた女性をかろんじる風潮が強いが、昭和初期に年取った女性をわざと狙って連続強姦をはたらいた僧がいるという。被害者は己を恥じて訴え出ないので、都合がよかったのだ。
男が同意もなく男に(女にでも)犯されたり、殴られたとして、被害を言い出せないのとおなじだ。世間的に性的価値がないとされればそうなる。年齢を重ねたら『不要なもの』とするのなら、自分が年取ったときにもおなじ扱いが待っている。こわくないんだろうか、と私は思う。私は普通に怖い。

そんな中、彼は毎日のように、自分よりはるかに年を重ねた女性たちをカメラの前で抱いていた。べつに馬鹿にするでも、茶化すでもなく、日々まじめに労働していた。ただ性交する様子が動画データとして残され、円盤に焼かれ、売られるだけのことだ。

ある日、なんだか思い立って、彼の芸名でGoogle検索をした。彼は他人の感情にわりと無関心な人なので、そういうことをしても「ふうん、悪いと思うことなら僕に肉でもおごってよ」などと、罪の有無の判定を本人にさせる。
だから、まぁ「ごめん、つい仕事ぶりが気になって」とか言って、検索したことを謝りついでにビールでもおごればよいかと思った。別に彼に性的欲求も恋愛感情も抱いてはいない。十代二十代の小娘ではないので、潔癖な拒否感などもない。ただただ、好奇心ゆえだ。悪趣味なのは百も承知だ。

検索結果に出たのはサンプル動画だった。
ろうあ者と俗に呼ばれる。
これも差別用語になるのだろうか、最近は言葉にみんなセンシティブなので、私には何が許されて何がよいのかもう区別がつかないのだが、人の状態を表す形容として「口で話して意思疎通のできない」人が画面の中にいた。女性だ。妙齢と表現して構わない年代の女性。彼女は手話を使った。

わたしはしゃべることができません。

字幕が浮かんだ。AVって字幕が出るのかぁ、と私は妙なことに感心した。映像編集しているのだからできなくはない。当たり前だ。なんなら、アダルト系の動画サービスではモザイクを入れるスタッフが不足しがちなので「副業でやらない?」と訊かれたこともあるくらいだ。私は断ったが、彼が監督したという作品の宣伝チラシのデザインはやってあげたことがある。どこにでそのチラシを配るのかは知らない。

検索結果画面からたどり着いたサンプル動画で、友達は女性を抱いていた。口のきけない女性だ。なので、AVにありがちなおおきな喘ぎ声はなくて、そこには吐息と物音くらいしかなかった。だから逆に彼女自身の反応がとても大事で、これはたいへんな仕事だ、と私は思った。
これを観る人は、興奮の種として観るんだろう。私には、なんだか美しいものを見せてもらった、という感情しかなかった。
彼は仕事を選ばない主義だというので、熟女だけでなく、障害のある女性などとの絡みが多いのだとあとで知った。そういうのを好む男性も確かにいるんだろう。

ある日、中谷くんが「子猫拾っちゃった」というので猫を見に行った。
猫はたいそう可愛がられていて、愛らしかった。
「そういえば、中谷くんの出てる動画サンプル見ちゃった」
私の言葉に中谷くんは「どーよ、抜けた?」と訊いた。馬鹿か、あなたは。と笑ったら、
「僕はただの添え物だから、女の子たちがエッチに見えてればいいんだよ。料理に添えてある、パセリとか食べられる花みたいなものだもん」
そう返された。そうか。
とりあえず今夜にでも、あなたが72歳の女の子とした仕事を見てみます。と答えたらニコニコされた。猫もにゃあにゃあ鳴いていた。


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