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「暮らす場所に近いところにオフィスを構える」。 シモキタへの縮小移転をコロナ前に決定していたヒトカラメディアさんにお話を伺いました 【前編】

ClipLineではコロナ以前からのリモートワーク推進と、コロナ以降の「コミュニケーションのデジタル化推進」の文脈で、本社の縮小移転プロジェクトを進めています。2020年4月末に港区芝の本社オフィス解約を発表してから、テレビや日経新聞などのマスメディアに、移転の背景や狙いについて取材を受けることが多くなりました。メディア取材を通じて情報発信を続けているものの、私たちが目指す働き方の分散化や、個人作業とチームワークのバランスを保つために、自宅とオフィスの役割をどう再定義するかという視点では、十分にお伝えすることができていませんでした。

また、いざ当事者として「集合勤務形態」をやめて分散化の最適解を見出す試みを始めたものの、他社の先行事例を調査するにつれて、このテーマにおいて私たちは決して先進的な企業ではなく、他社さんの事例にもっと学ぶべきだ、という問題意識を新たにしました。

ちょうどそんな頃(7月1日)、私たちに一通のメールが届きました。ヒトカラメディアさんが、本社を中目黒から下北沢に移転すると。どうやらヒトカラメディアさんはコロナ前に本社解約の検討を開始し、戦略的な縮小を決定されたらしい。しかも、都心ではなく郊外への移転ということで、これからの時代の働き方と地域との関係性という視点で、先進的な事例だと言えます。

早速、新オフィスに訪問をさせていただき、取締役の田久保様と、プランニングチームの松原様にお話を伺いました。

対談者プロフィール

田久保 博樹 様
株式会社ヒトカラメディア 取締役
1986年生まれ、佐賀出身。九州大学芸術工学部卒業。2008年より株式会社オールアバウトにて編集・制作・メディア立ち上げ・マネタイズに従事。Facebook navi編集長やメディア事業部、新規事業部のマネージャなどを経て、2014年よりヒトカラメディアにてウェブ・企画・編集全般・営業施策を担当。
松原 大蔵 様
株式会社ヒトカラメディア 
ワークプロデュース事業部 プランニングチーム
1987年生まれ、東京出身。バンタンデザイン研究所 インテリアデザイン科卒業。美術制作会社のハナキアートで大道具としてキャリアをスタートし、美術監督の下でデザインアシスタントとして実施の設計、施工監理に従事。その後、デザインコンサルタント会社にて新事業部の立ち上げに参画。ディレクターとして、デザインを通してヒト、モノのコミュニケーションを前提とした空間デザインを軸にクライアントのブランドイメージとユーザーエクスペリエンスの向上を目的としたデザインを行う。
遠藤 倫生
ClipLine株式会社 取締役
慶應義塾大学総合政策学部卒業後、2013年にClipLine株式会社に参画。映像撮影・編集の豊富な知見を活かしたコンテンツ部門統括を経て、新規事業・採用・高齢者就労支援・PRを統括するビジネス・アクセラレーション部門統括に就任。

以下、敬称略

暮らす側の目線でオフィスを構える

遠藤: こんにちは。まずは今回の取材の背景をご説明します。ClipLineは8月末に現在の港区芝のオフィス(約180坪)から品川区西五反田(約80坪)へ移転予定です。現在の賃料が月額500万円で、これは東京のオフィスのグレードでいうとABCのBランクで、まあまあキレイめのビル。ClipLineが創業して4年半経った頃(2018年3月)、6.1億の調達をし、資金の使い道の一つとして、前の雑居ビルからちゃんとしたビルに移ろうということで拡大移転を決めました。駅徒歩8分が3分に短縮され、社員の生産性も上がるだろうし、綺麗なオフィスは採用にも効くだろうということで、新築のビルに移転したんです。

画像1▲左:松原大蔵 様               右:ClipLine株式会社遠藤倫生 

それから1年半後に、コロナウィルスの問題がおきました。ダイヤモンドプリンセス号の件が注目されていた頃は、割と他人事だったのですが、3月末から経営会議でリスクシナリオを議論しました。しかし疫病のアウトブレイクが市況に与える影響について、経営者には知識が不足していて、ロジカルに考えても、市況や生産活動がどこまで落ち込むのかよく分からない。歴史を紐解いても、疫病が不可逆的に経済社会を変えたペストやスペインインフルとは時代背景も違うので、類推による将来予測が正しいとは限らない。ちょうどこの時期は、日本の経営者層が「にわか疫学者」としていろいろな推論をしていました。

他国の都市が続々とロックダウンされ、世界の感染者数が急増する中、港区内の近隣でも感染例が出てきました。いよいよ私たちも対応を決めるべきだと考え、緊急事態宣言の直前に、メンバーと取引先の安全を守るために100%在宅勤務に切り替えるべく、急ぎ準備しました。

幸い、ClipLineのメンバーは在宅勤務にスムーズに移行完了できました。結果的にオフィスががらんどうになり、出社率は0〜5%になったことを確認した上で、4月の経営会議で、「オフィスを解約して、在宅中心の働き方に変えたらどうか」という発言が出ました。発言者は代表の高橋と私でしたが、言ってみて自分でも驚いたことを覚えています。コロナがきっかけとなった働き方の変化は、本当に不可逆なものなのか。集合勤務をやめて、求心力をどう維持するのか。退去までの6ヶ月間に、次の働き方の解を見出すことができるのか。議論の末、変化は不可逆であり、私たちは先陣を切って働き方を変えるべきだという結論に達し、オフィスの縮小移転を決めました。

4月時点で「本社オフィス解約」という事例が少なかったので、日本テレビやフジテレビ、日経など取材が立て続けに入りました。とにもかくも会社のオフィス解約、「本社消滅」的な表現が強調されて取り上げられました。

物件探しをしながら、次のコンパクトな本社は何坪くらいが最適なのか、試算のロジックに悩みましたし、都心にこだわるべきか、山手線のちょっと外側に出ても良いものか、なかなか決めきれないでいました。幸いにも、次の物件が五反田のTOCビルの78坪に決まりましたが、7月1日に御社からメールで移転のお知らせをいただき、「前回の移転を仲介してくださったヒトカラメディアさんも移転されるんだ」ということで、プレスリリースを拝見したところ、下北沢に面積を縮小して移転されると知り、郊外移転の先駆的なケースだと思いまして、ぜひその辺の話を勉強させていただきたいと今日伺いました。

田久保: 五反田のビルオーナーさんもそうですし、TOCさんとも付き合いがあって、山手線の沿線ですけれどちょっと別の生態系があるというか、企業同士が街の中でコミュニティを作っている状態が結構ユニークなので、ClipLineさんがそこに行きつかれたというのは個人的にも嬉しいなと思います。移転の経緯からお話させていただく形がよいですかね。

画像7田久保 博樹 様

遠藤: まずは、松原様と田久保様の会社の中でのお役割と今回の移転プロジェクトでのお役割についてご説明いただけますでしょうか。

田久保: 今回の移転に関しては、移転先をどこにするかということは経営レイヤーのジャッジです。今までは、「次にどんな街にいくのか」というところからメンバーを巻き込みながらやっていたのですが、今回は会社の明確な意思として、代表の高井と私とで場所と物件までは決めたという流れになります。そこから実際に移転プロジェクトを進めていく担当として松原が動いています。大枠の戦略と意思決定が私で、そこからの実現が松原という役割分担になります。

遠藤: 御社はコロナ上陸前にこう言った議論を始められて物件を決められたということでよいでしょうか。

田久保: ちょうど意思決定したのが1月下旬くらいだったので、コロナは出始めてはいたのですが、意識はしていませんでした。オフィスを見渡してみるとクライアントとの打ち合わせで外出のメンバーが多かったりで、12月末くらいから、空間を持て余しているよね、ということが経営レイヤーの議題として出ていて、販管費としても結構大きな額になっていたので、真剣に見直してみるかというところで話を進めていました。前のオフィスが120坪、今の下北沢オフィスは実質80坪程度です。

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下北沢の立地は東京の東側に住んでいるメンバーからは結構遠いなど、諸々課題はありました。ただ、僕らがやっていきたいのは単なるオフィス移転ではありません。企業が街に入っていくことによって街が変わって、ワーカーにとってより良い働く環境が生まれます。東京の郊外でもそうですし、五反田など山手線の沿線でもそうですし、山手線の内側でももっともっとそういった状況があっていいんじゃないかと思っているんです。僕らもそういうところに飛び込んでみないと何が起きるかわからないと思ってます。今まで渋谷やその近辺にいたのですが、少し、「暮らす側」の視点で、街に踏み込んでゆく。実は前の中目黒オフィスもそういう意図はあったんですが、中目黒は暮らすというよりはオフィスビルが多い街なので、もう少し暮らしの領域に踏み込む場所で、かつダウンサイジングするようなところに飛び込んでみました。財務的な合理性の部分と、『「都市」と「地方」の「働く」と「暮らす」をもっとオモシロくする』、という我々のミッションに、もう少し入っていくという2軸の観点で移転を決めました。

遠藤: ありがとうございます。企業が集積している地区と、そこからなだらかな後背地として住宅地があるという構造は、渋谷や目黒、品川なんかがそうですけれども、主語が企業(私たち)になって、企業がその街に入っていくというコンセプトなんですね。

田久保: そうですね。ものすごく顕著な例で行くと、日本の地方部の企業誘致の取り組みのように、実際IT系の会社が1社もなかったようなところから、都市部から移って、街の様子が変わっていったり、新たな雇用が生まれたり、そういうのがいちばんわかりやすい変化のイメージだと思います。それを東京で行くと、下北沢は企業が来てくれないと困る状況ではないのですが、溶け合うところで何が起きるんだろうということは我々の興味としてずっとあったので、これを機にやってみようということが大きいですね。

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街×企業で何が起こるのか

遠藤: そこにお住いの方々との、長い時間軸でみたときのコミュニケーションとして、具体的に何を期待されていますか。

田久保: 具体的に期待しているのは、暮らす街により主体的にかかわる人が増えていくという状況です。ヒトカラメディアの主力であるオフィス移転事業では、内装をお客様と一緒に作っていく過程で、ワークショップを企画させていただくことがあります。移転のタイミングでそこで働いていらっしゃる方々を、どう自分事にしていくのかというところをプロセスとして持たせることで、実はそこで働く個人やチームの変化、これを拡大すると、地域住民のちょっとしたマインドチェンジにまで影響を与えると考えています。「ただのオフィス移転」を「会社の成長の好機」に変える、そしてその街により主体的にかかわる人を増やしていきたいという思いを持ち続けています。

例えば高層ビルの中で働いているとすると、良くも悪くも閉じているため、ふだんやっているプロセスの広がりを試すのは少し難しいかもしれません。商店街があり、飲食店があって、いろんな人が集まったり、近くに昔から住んでいる方もいらっしゃったりという環境の中のほうが、組織や人の主体性はより深められるのかな、どうしたら自分事が増えていくのかな、と煮詰めていきやすいです。下北沢も街としてのブランドはあるのですが、これからどうなっていくのか、下北沢のような街にIT系の企業がもっと増えていくとどんなことが起きるのか。

例えばアメリカのサウス・バイ・サウスウエストというカルチャー系のイベントがあるのですが、音楽や演劇、アートなどの表現の場に10年位前からテクノロジー領域が入ってきました。ツイッターなどもそのイベントから一気に広がっていて、カルチャーとテクノロジーのかけ合わせから、新しい暮らしをより豊かにするサービスって生まれるんじゃないかなという考えの中で、下北沢にスタートアップが集まると「街×企業」で面白い変化がおこせるんじゃないかなと思います。飲食店を支援されているようなスタートアップに来てもらって、実際に商店街と組んでプロトタイプを実装していくような動きを作れないかなと考えたりしています。

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オフィス構える理由に企業の個性を出す

今お話したのは、アイデアの一つですが、高層ビルのオフィスの中だけにいては広がりがない部分を、街の中にどっぷり入ることでいろいろ広がっていくことがあるんじゃないかなということを考えています。ヒトカラメディア は軽井沢や徳島県の皆実町にサテライトオフィスの拠点を持っているのですが、今までの経験値として、これをやりたいからここに行くというよりは、この場所に飛び込むと何が起きるのか、という視点を大切にしています。だから今の時点で決めきっているというよりは、今までなかったような接点・刺激があるような環境に飛び込むことで何か起きそうだな、今までも何か起きてきたなということをイメージしながら拠点を構えていますね。

遠藤: ありがとうございます。御社が町内会、自治会に加盟するイメージですよね。

田久保: そういう感じですね。下北沢は既に強い自治機能があります。僕らが街を作っていくという感覚ではなく、おっしゃる通り街の一員になって、様々なベンチャーとのリレーションを活かし、そういった方々に下北沢に来てもらって、こういう暮らす場所と近いところにオフィスを構えるのもありだよね、という感覚を持ってもらったり、下北沢にいい意味でも何か変化をつくっていきたいと思っています。

ヒトカラメディアが掲げている『「都市」と「地方」の「働く」と「暮らす」をもっとオモシロくする』は、僕らだけだと到底できないミッションだと思っています。近年オフィス移転先として人気が高まっている五反田もそうですが、事例として下北沢以外の街でも似たような広がりをつくっていけたらと思っています。

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遠藤: そうですね。都心のビルのワンフロアに入っている会社の社員は、おそらく家から長い距離を通勤されて、その間誰ともかかわることがありません。オフィスからまたクライアント先に出かける際も、誰とも会話することなく移動して・・・という点と線の世界なんですよね。都市通勤者は非常に広いエリアで縦横無尽に活動しているけれど、活動量に比例して人との関わりがかならずしも増えるわけではありません。御社は下北沢の人と一緒に、関係性を深めながら、街の中で暮らす感覚で、商売をしてゆくということですね。

松原: そういうことです。遠藤さんのおっしゃったこととイメージはすごく近くて、この街に移転して、どういうことを起こしたいかという判断があってから、内装をどう作り込もうかと考えるフェーズに入っていきます。ただ、今回の自社の移転に関しては、コロナの影響もあって、通常の社内メンバーでどういう風にしていきたいか考えて、設計して、という通常のプロセスを踏めていない状態です。

引越し自体は7月に完了したのですが、この後内装をどう作るかというステップが残されています。全社的にリモートワークの割合が増えたこともあり、ヒトカラメディアとしてもまだ完全に決められてはいないのですが、「なぜオフィス構えるのか」という一点に企業の個性を出していかないと、オフィスは要らないという判断が簡単にできてしまいます。下北沢に暮らす人たちや下北沢を好きな人たちをどうやったらここの空間の中に取り込んでいけるのか。オフィスで働く人たちも、下北沢にわざわざ来たいと思えるくらいの仕掛けがないと来ないでしょう。中と外がうまくマッチできる、新しいものが生まれる、あそこにいくと何かいつも面白い会話をしているねとか、ちょっと暇だから行くかくらいの感じでもいいな、などと考えながら空間は作り込んでいきたいなと思っているところです。

貸しスペースとしてよりも、コラボレーションの装置として

田久保:前提としてお伝えできていなかったかもしれないのですが、今120坪のうち80坪を執務スペースとして使っていまして、残りの40坪を、コワーキングスペースだったりシェアオフィス的な使われ方をするスペースとして運用を考えております。松原が言った通り、正直4月〜6月はコロナ対応でバタバタだったということもあり、完成したオフィスに引っ越してきたというよりも、いったん荷物を運んで机椅子を並べただけという状況です。ここから執務スペース、シェアオフィス的スペースそれぞれに関して、メンバーのニーズや、入れたい機能を整理しながら、また、シェアオフィス部分をどういう場にしていくのかを詰めていく段階に入ります。

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方向性としては、ヒトカラメディアが今までお仕事をご一緒してきた企業さんとか、同じ方向を共有できるような企業さんや個人の方に使っていただけるような場にできないか、と思っています。ヒトカラメディアのミッションに共感していただいて、何か一緒にやれそうですね、という企業さんにたまに使ってもらうとか、地方で関わりのある方に、東京に来た時にサテライトオフィス的に使っていただくですとか、コンセプトを決めきってそこに合致する企業さんに入っていただくというよりは、もう少しゆるやかに会社の余白、遊びの部分を埋めていくような感じの場所にしていけないかなと考えています。

貸しスペース的な部分も当然ありますが、我々からするとラボっぽい場所にしていけると、オフィスの考え方が変わるんじゃないかなと。自社のメンバーだけで自社の作業をする場から、自社のミッションを実現するうえで必要なコラボレーションを生み出す装置みたいなところで方向性としては考えています。

後編に続く