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社員戦隊ホウセキ V/第56話;相違点と共通点

前回


 五月五日の水曜日、光里の二十三回目の誕生日だ。いろいろあって、この日、光里は十縷とデートすることになった。

 何となく会社の最寄り駅に向かう途中、光里は十縷にいろいろと話した。
 主な話題は、彼が入社する前、去年の七月、リヨモが地球に亡命してきたばかりのことだった。


 光里が当時を振り返って語っている間に十縷と光里はかなり歩いていて、会社の最寄り駅に着いていた。

 ふと十縷の顔を見た光里は、その表情を見て猛烈に驚いた。

「ちょっと……!? 何、涙ぐんでるの!?」

 十縷は目にうっすらと涙が浮かべ、滴が零れないように上を向いていたのだ。その表情の理由を、十縷は語り始めた。

「いや、リヨモ姫が化け物って言われた話が酷いなと思って…」

 まず一つ目はリヨモへの同情。十縷はリヨモの心中を想像し、我がことのように受け取って悲しんでいた。
 この反応に、光里は頷く。

(この人、やっぱり他人のことで泣いたり怒ったりするんだ……。一昨日も、ゲジョーを攻撃したゾウオに本気で怒ってたし……。単なるエロ助じゃないね)

 そう光里が感心する中、十縷は語り続けた。

「そんな目に遭ったから、基本的に離れに籠って出て来ないんだな。可哀想……。で、そんな姫の心の支えになってるのが光里ちゃん……。辛いけど、素敵な話だ……」

 十縷は推察を交えて、本音の感想を語った。これが光里の礼賛に繋がるのは自然な流れだったが、光里は誉められると少し表情が白けた。

「どんな感想を持とうが個人の自由だけど、いろいろ違うから」

 この返事に十縷は目が点になった。光里は対照的に淡々と語る。

「リヨモちゃん、ジュエランドに居た時から城にずっと居て、滅多に出歩かなかったらしいから、離れに籠って外に出ないのは単なる習慣なんだって。出歩きたいとも思わないし、この件と巫女たちのことは関係ないって。本人が話してたよ」

 冷めた表情で、光里はまずリヨモが自分に話したことをそのまま十縷に伝えた。

(多分、あれは嘘だけどね)

 内心で光里はそう思っていたが、これは肉声にはしなかった。しかし、十縷は光里の話に頷いた。

(まあ王族なんだから、滅多やたらと出歩かないか……)

 その隣で光里は表情を少し晴れやかなものに変え、しみじみと語った。

「それでも、巫女さんたちの言葉に傷つきはしたと思うよ。あの話した時、ザーザー言ってたし。でも、それを私が励まして支えてるっていうのは、違うかな?」

 謙遜なのか、光里はそう言った。十縷は不思議そうに首を傾げる。
    思わず「そんなこと無いよ」と十縷は言いそうになったが、別に光里はその言葉を期待していた訳ではない。

「あの子、自分で言ってたんだ。逆の立場で、ジュエランドに地球人が難民として現れてたら、自分も巫女さんたちと同じことをしてたかもしれないって。だから、巫女さんたちのことを悪くは言えないって」

 光里が謙遜する理由はこれだった。思わず十縷は口から溜息を漏らす。

「立派だよね。さすがは王女、格が違うよ。巫女さんたちのせいで、地球人のこと憎んだり恨んだりしても、全然おかしくないのに……。あの子、地球人なら高校生くらいの歳なんだけど、凄く大人びてる。本当に凄い」

 十縷が思ったことを代弁するように、光里はリヨモの精神を称えた。そして十縷はこれに頷く。
 このままの流れで、光里はリヨモの話を続けた。

 本当に光里は毎晩寿得神社の離れを訪れ、リヨモといろいろな話をした。
    リヨモが新杜愛作にジュエルメンを勧められ、小曽化浄の漫画に興味を持ったので、その話をすることが多かった。

「こんな美しい話が書けるなんて……。この作者さんは、心の美しい人なのでしょうね」

「初めは社長が勧めてくるから、取り敢えず観ただけだけど…。ジュエルメン、凄く良い話だね! なんか、私も小曽化浄さんのファンになっちゃいそうだな。って言うか、リヨモちゃんと話してると、いろんな発見があるから愉しい!」

 そんな経緯で二人は、小曽化浄の漫画にのめり込んでいった。

 漫画の次に多かったのが、ジュエランドと地球の比較だ。

「ジュエランドは自転軸が90度傾いていまして、北極が常に恒星の方を向いています。ですから北半球は常に昼で、南半球は常に夜なのです。地球のように、空の色が変わったり見える天体が変わったりするというのは、本当に不思議です」

 王族だからかリヨモは教養深く、知識豊富だった。

「片方ずっと昼で、片方ずっと夜って、面白いね! でも、いつ寝れば良いのか、解んなくなっちゃうな……。ジュエランドの人って、寝るタイミングはどうしてるの?」

 そして光里の返答は割と的確で、自然と会話は弾んだ。

「今、光里ちゃんのお蔭で解りました。だから、地球の方々は寝るという行動を取るのですね。ジュエランドの生物には、寝るという行動を取るものはおらず……。これは昼と夜が変わるか変わらないかの差なのですね」

「ああ、寝ないの……。だから貴方、やたら夜に強いのね……」

 話の中で、ジュエランド人と地球人の生物としての差が話題になることは何度もあった。しかし、二人にとってそれは【些細な差異】に過ぎなかった。確かに二人は異生物どうしかもしれない。だが、それがどうした?
 二人の話は噛み合うし、二人で居ると愉しい。確実に二人は交流を深めていった。

    

  そんな話を続けているうちに、気付けば二人は駅の改札を通り、電車に乗っていた。横並びの座席に座り、光里は十縷に語り続ける。

「昔の私もリヨモちゃんと似た感じだったからね。島根の離島から一人で本土に来て最初の頃、東京は異世界だと思ってたよ。……まあ、戦争で逃げて来た訳じゃないから、あの子と自分を同じにしたら、あの子に失礼だけど……」

 少し話の方向は変わった。
 十縷が「東京は異世界」という部分に反応したので、光里はまずその点の説明をした。

「だって、言葉通じなかったもん。私、今でこそ標準語喋れるけど、昔は島の方言しか喋れなかったからね。高一の頃とか、めっちゃ馬鹿にされてた」

 要するに、光里は虐められていた? これは意外で、十縷は本当に驚いた。

(ちょっと待って。光里ちゃんって、スポーツ特待生だったんだよね? そんな人でも、やられるの?)

 何があったのかかなり気になったが、無神経に踏み込める内容ではない。そして、光里もこの件を長々と語る気は無かったらしく、スムーズに話題を移行させた。

「それから、クラスが何個もあって、一クラスに何十人も人が居るってのも信じられなかった。多妻木島の学校なんて、多くて一学年五人だからね。私の学年は私一人で、授業は一つ上の人たちと一緒に受けてたから。学校にあんだけの人が居るなんて、最初は人数だけで気が滅入ったわ……」

 このカルチャーショック的な話は、想像に難くなかった。十縷は苦笑いしながら頷き、そして思った。

「でも、その経験があったからこそ、リヨモ姫にも優しくできるんだよね。そういうところ、本当に凄いと思うよ」

 十縷は真顔で、思うままに述べた。
 これに対して光里はどう思ったのだろう? 表情を固くして、口を閉じた。十縷はこの表情の変化を少し気にしたが、それでも言葉を続けた。

「誉められるの好きじゃないかもしれないけど、誉めるしかない。仲違いとか無しで、本当にずっと友達で居られるって、本当に素敵だと思う……」

 光里は余り自慢をしないし、謙遜も多い。だから下手な礼賛は却って地雷なのかもしれないと十縷は予想したが、それでも称えずにはいられない。これが十縷の気持ちだった。
 しかし、光里はこの言葉を即座に否定した。

「仲違い……に近いことはあったよ。私、一度だけあの子のこと、本気で怒鳴ったことがあって……。ちょっとあれは駄目だって、本気で思ったから」

 さらりと光里は言ったが、内容は信じ難いものだった。余りにさらりと言ったので、十縷も初めは聞き流したが、数秒後には驚愕して絶叫した。

「え!? 喧嘩したことあるの!? どうして!?」

 顎を外しそうな勢いで、十縷は叫ぶ。これに対して、光里は淡々と返した。

「まあ、原因は私なのかな? 私が弱かったから…」

 一体、何があったのか? 少し含みを持たせながら、光里は語った。

 光里とリヨモが出会った。これと同時に、光里たち四人は地球のシャイン戦隊になった。
 ニクシムが地球に攻め入るだろうことを想定して戦う準備が整えられ始めたのだが、いきなり壁にぶち当たった。

「北野は剣道と射撃の経験がある。祐徳は古武術ができるんだよな。神明は足が速いし運動神経も良いけど、格闘技は未経験。伊勢は体育の授業で剣道と柔道を習ってたけど、どっちも苦手。って言うか、運動が全般に苦手……」

 それは、新杜愛作が確認した通り。時雨と伊禰、対して光里と和都、彼らの間には大きな戦闘力の差があった。

 だから、武術の心得がある時雨と伊禰がド素人の光里と和都に指導をする、という構図で訓練が進められた。その訓練は激しかった。

「甘やかしたら、実戦で死ぬからな。手を緩めんぞ」

 伊禰と同学年だが社歴が最長という理由で隊長になった時雨は、喋り方は穏やかだが、態度は猛烈に厳しかった。
   そして実戦を重視していて、光里と和都にはすぐ組手ができるレベルになることを要求してきた。

「剣の使い方と銃の使い方を体に叩き込め。死にたくなければな」

 そう言われても、簡単にできるようにはならない。二人は何度も叱られ、組手で打ちのめされ……。
    時雨の求めるレベルには、なかなか到達できなかった。


 社歴は最短だが時雨と同学年で武術ができるという理由で副隊長になった伊禰は、普段は優しいが訓練では人が変わった。
 防御の型を教える時は、割と強い力で突きや蹴りを打ち込み、受け身を練習させる時は本気で投げ技を繰り出した。見た目からは想像できないその強さに、光里と和都は恐怖を覚えることもあった。
 しかし、そんな二人を伊禰は評価していた。

「伊勢君は頭が回りますわね。どうしたら私に勝てるのか? 精神論ではなく具体的に考えて、その為に必要な鍛錬を怠らない根性があります。光里ちゃんは小柄で筋力は弱いですが、身体能力は天性のものですし、何より泣きながらでも向かって来る気力があります」

 だから、余計に伊禰は本気で二人を鍛えようとし、結果的に二人は打ちのめされた。
―――――――――――――――――――――――――
 ある日、リヨモが初めて訓練を見に来た。布を厳重に頭に巻いた上でサングラスを掛ける、月光仮面ルックで地球人とは異なるその顔を隠しつつ。
 訓練は今と同じく、杜の空き地で行われていた。

「振りが大き過ぎる。相手に動きを覚られない工夫もしろ」

 木刀を使った打ち合いで、時雨が和都を一方的に打ちのめしていた。倒れた和都に時雨は手を差し伸べず、静かに動きの悪さを指摘するだけだった。


 その傍らでは、伊禰が光里を蹴りで吹っ飛ばしていた。

「防御の意識が低過ぎます。ご自分が攻めていらっしゃる時も、相手の反撃を想定致しましょう」

 伊禰は光里の問題点を指摘する。この時、天を仰いで倒れた光里は悔し涙を流していた。が、伊禰は本当に訓練では厳しかった。

「お立ちください。泣いても強くなれませんわよ」

 時雨と同じく、伊禰は手を差し伸べなかった。光里は涙を流したまま、何とか立ち上がる。
 訓練は再開されたが、光里は伊禰に敵わず……。隣の時雨と和都も同様で……。

(父上と母上みたい……)

 リヨモの中で眼前の光景が、記憶中の光景と重なった。
 光里が伊禰に、和都が時雨にそれぞれ圧倒される光景が、ジュエランドから逃げ出した時、乗り込んだ無色透明のイマージュエルの中で見た、両親が殺される光景と。

 父はザイガに、母はスケイリーに、それぞれ一方的に攻撃を受けて落命した。
 あれからまだ一ヶ月も経っていないので、簡単に記憶は甦ってくる。この日、たまたまリヨモは思い出してしまった。

   

次回へ続く!

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