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社員戦隊ホウセキ V/第57話;最大の幸福=最大の不幸

前回


 五月五日の水曜日、光里の二十三回目の誕生日だ。いろいろあって、この日、光里は十縷とデートすることになった。

 デート中の会話は、リヨモが地球に来たばかりの話が主だったが、その中で光里から気になる一言があった。

「仲違い……に近いことはあったよ。私、一度だけあの子のこと、本気で怒鳴ったことがあって」

 思わず驚いた十縷に、光里は語った。

 昨年の七月のある日、たまたま訓練の様子を見に来たリヨモは、光里と和都がそれぞれ伊禰と時雨に圧倒される光景を見て、自身の父母が殺される様を思い出してしまった。
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 その日の日没後、光里は日課どおり寿得神社の離れにやって来た。

「リヨモちゃん。今日、満月で凄く綺麗だよ。外で一緒に見ない?」

 訪れた時の光里は普通に明るかった。
    リヨモは呼ばれるまま外に出て、杜を縫う道に設置されたベンチに二人で腰掛け、林冠の間から覗く満月を見上げた。

「満月は初めてだよね? 大きいでしょ。模様もくっきり見えるし。ジュエランドにも同じような星はあるの? って言うか、南半球の方は行ったことあるの?」

 月見をする光里は愉しそうで、笑顔で喋り続けていた。対するリヨモは何の音も出さない。光里がそのことを不審に思い始めた時、ふとリヨモは言った。

「光里ちゃんには、こうしてずっと笑っていて欲しいです。短距離走で人を感動させて、星を観て笑って……。そんな普通で幸せな日々を送って欲しいのです」

 リヨモは喋りながら、雨のような音を鳴らし始めた。最初、光里にはこの展開が全く理解できなかった。俯いたリヨモの顔を覗き込みながら、光里は泣いている理由を訊ねた。トルコ石の能面のようなその顔を見ても、感情や思考は読み取れないが。

「ワタクシが来なければ、貴方はイマージュエルに選ばれなかった。イマージュエルに選ばれなければ、貴方は普通で幸せな日々を奪われなかった」

 リヨモは小さな声で、そう答えた。
 この発言で、光里はだいたい理解した。日中に見た訓練の情景が、この少女の精神に突き刺さっているのだと。そして、それは正解だった。

「貴方はワタクシが出会った中で、最も心の美しい方です。そんな貴方がどうして戦いに身を投げ出し、命を危険に晒さなければならないのです?」

 リヨモは明言しなかったが、この発言から光里は自分の予想が正しいと確信した。

「昼の訓練、刺激が強かったのかな? 私もカッコ悪いところ見られちゃったからね。あんだけ弱かったら、心配もされるよね…。迷惑しちゃね! もう心配させないように、私頑張るから!」

 横からリヨモの手を握り、光里は力強くそう言った。しかしリヨモは雨のような音を鳴らしたまま、首を横に振る。

「違います。戦わないでください。悔しいですが、ニクシムは強いのです。ジュエランドのシャイン戦隊は、皆殺しにされました。貴方たちがあんな風になるのは、耐えられません。ワタクシのせいで貴方のような方が命を落とすなど……」

 この少女の脳裏には戦場の惨劇が焼き付いている。その事実に鑑みれば、他者の戦死を過度に恐れるのは当然だ。だから光里は諭す方法を変えた。

「じゃあ、私じゃなかったら良かった? 私じゃない、別の人が緑のイマージュエルに選ばれて、その人が貴方と親しくなってなかったら……それなら良かった?」

 光里の問い掛けに対して、リヨモは大きく首を左右に振った。雨のような音も大きくなった。

「駄目です。他の方でも嫌です……。時雨さんも伊禰先生も和都さんも、彼らでない他の方でも……誰だろうと死んだら嫌です」

 音の羅列のようなその言葉を、光里はしっかりと聞き取った。その言葉に深く頷き、それから返した。

「そうだよね。でも全員が怖がってたら、本当にニクシムにやられちゃう。だったら、誰かが向かって行かなきゃいけないんじゃない?」

 これでリヨモが頷くことを、光里は期待していた。しかし、リヨモはその期待を裏切った。

「ワタクシが来たせいです……。ワタクシが来たせいで、ニクシムは地球に来ます。ワタクシが来なければ、誰も戦いに巻き込まれなかった……。ワタクシがジュエランドで死んでいたら、こんなことには……」

 この内容の発言を、光里は全く想定していなかった。この内容の発言が、自分にとっての地雷だったということも。聞いた途端、光里は本気で怒っていた。

「なんてこと言うの!? お父さんとお母さんに謝りなさい!!」

 光里は立ち上がってリヨモの正面に立ち、彼女の両肩を掴んでそう叫んだ。かなり激しい剣幕だった。リヨモも、こんな風に光里が怒るとは想定していなかった。純粋に驚き、鉄を叩くような音を鳴らした。そして光里は続けた。

「貴方だけには生きてて欲しい。そう思って、お父さんとお母さんは貴方を地球に逃がしたんでしょう!? 貴方を追ってニクシムが来た時に、貴方を守る為に、五色のイマージュエルを貴方と一緒に地球に送ったんでしょう!? お父さんとお母さんは、それだけ貴方が大事だったんだよ!! そんなに愛されてたのに、その気持ちを否定するようなことだけは、絶対に言わないで!!」

 光里はリヨモの両親に会ったことなど無い。リヨモも光里に両親の話をしたことは無い。マ・スラオンとマ・ゴ・ツギロという名を、最初に召集された時に聞いただけだ。だから、よくも想像で偉そうに語ったものだと、光里は数時間後で思うことになるのだが……。
 それでも言っていることは正論で、リヨモに反論の余地は無かった。

「仰ることに何も指摘する点はありません。そんな方ですから、イマージュエルに選ばれたのでしょうね……。ですが、それでもワタクシは嫌です。貴方には戦って欲しくない」

 リヨモは雨のような音を盛大にすると、そう言いながら立ち上がった。そして、両肩を掴む光里の手を振り切り、踵を返して離れの方へと走り出した。
 光里はすぐさま、リヨモを追う。光里からすれば大概の人間は鈍足だ。リヨモのその例に漏れず、光里はリヨモを簡単に追い抜き、立ち塞がる形になった。
   光里は再びリヨモの両肩を掴み、睨み付ける勢いで彼女の目に視線をぶつけた。

「貴方の言うこと、変じゃないよ。イマージュエルに選ばれなかったら、私は剣とか銃なんて一生触らなかったと思うし、そっちの方が絶対に幸せだったと思う。それに、イマージュエルに選ばれたのだって、私が望んだことじゃない」

 低めの声で、光里は言った。一言ずつリヨモに言い聞かせるように。リヨモは泣いたままだが、言葉は発さずに光里の語りをしっかり聞いていた。

「だけどさ……貴方が見た惨劇こと、貴方の境遇を聞いて思ったの。貴方が味わった辛い思いを、他の誰にもさせたくないって。敵も味方も、誰も死なせたくないって。これは私の意志。絶対に成し遂げたい。だから止めないで欲しいし、認めて欲しい」

 語っている最中、光里の目には涙が浮かんできた。声も何度か震えたが、そんな中で彼女は言い切った。リヨモもその言葉を確かに受け取ったが……。

「複雑です。お気持ちを否定したくない筈なのですが、頷けません」

 やがてリヨモが鳴らす雨のような音は、声の大きさを遥かに上回って掻き消した。その音を聞いていると、リヨモの肩を掴む光里の手は自ずと力が緩まった。
    するとリヨモは、静かに歩き出した。今度は、彼女の背を追えなかった光里。静かに立ち尽くし、去りゆくその背を見送るしかできなかった。

  

 電車で移動した十縷と光里は、四月にカムゾンたち巨獣が出現した港近くの遊園地に来ていた。かつてゲジョーが乗った観覧車に乗り、その中で話を続けていた。

「私も偉そうに言ったモンだよ。あの子の両親なんて話で聞いただけなのに、想像で語ってさ。戦争だって、実体験が無いクセにね」

 窓から臨む景色を眺めながら、光里は当時を振り返ってしみじみと呟く。そんな彼女に、十縷は当然の質問をした。

「どうやって仲直りしたの? 今、二人ともそんなこと気にしてないよね?」

 光里は問われると、視線を横の窓から正面の十縷の方に移した。独特な笑みを浮かべていた。嬉しいような悔しいような、何とも複雑な表情だった。

 一悶着あった翌日、光里は悩んでいた。
 今夜もリヨモの所に行くべきか否か? 行っても明るい話はできず、しかし行かなかったら『怒らせたか?』とリヨモを心配させる。

 仕事中なのに、そんな悩みが頭の中をずっと駆け回っていた。

(駄目だ! 全然、集中できてない! これじゃミス連発する!!)

 それを自覚した光里はパソコンの電源を切って立ち上がった。そして経理部長に「精神的に不安定なので、医務室に行ってくる」と告げた。
 経理部長は特殊部隊のことだろうと察し、二つ返事で光里が抜けるのを許可した。
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 かくして、ほぼ朝一で光里は医務室を訪れた。光里の入室を想定していなかった伊禰は、かなり驚いていた。

「一つ相談事があります。社員の精神衛生も産業医の仕事の範囲内だから、良いですよね?」

 診察用の椅子に腰掛けた光里は、真剣な眼差しで伊禰を見ながらそう言った。この妙な気配に押されて伊禰は首を縦に振ったが、表情は不安げだ。

「ええ、まあ……。ただ私、専門は消化器内科で、精神科ではありませんの。この点だけはご了承ください」

 伊禰が話し終えると、光里は説明を始めた。昨夜、リヨモとの間で繰り広げたやり取りを。話している途中、光里は目から涙が溢れてきて、何度も言葉が詰まった。涙は聞き手の伊禰にも伝染し、伊禰も何度か涙を零した。

「複雑ですわね……。どちらの仰りたいことも、非常によく解ります。と申しますか、私は貴方と同意見です。あの日、姫様からお話を伺った時、私も思いました。この惨劇を繰り返してはならないと。いつか伊勢君も自主トレの方法について相談に来た時に、似たようなことを仰っていました。あと、北野さんも最近やたらと医務室ここにいらっしゃるのですが……。一度、ご自分の決意を語られていましたわね。内容は貴方と同じです。つまり、四人とも気持ちは同じです」

 まず伊禰は、仲間たちが光里と同じ意見であることを伝えた。それから、また悩んで眉間に皺を寄せる。

「しかし姫様はそれが辛いのですのよね……。要らない使命感を、私たちに負わせてしまった。そうとすら感じていらっしゃる可能性もありますわね……」

 リヨモの気持ちを推察し、伊禰は対応方法を探る。しかし、なかなか良い案は浮かばない。その苦悩は、やがて彼女にこんな答を与えた。

「おそらく、全員で話し合う案件なのでしょうね。北野さんや伊勢君、そして社長や副社長も交えて。しっかり話し合って、全員が納得できる落としどころを探す……。これも難しいでしょうが、そうした方が良いと思われます」

 伊禰の出した案に、光里は反対する気を抱かなかった。しかし、積極的に賛同はできない。と言うか、それよりも気になることが彼女にはあった。

「全員で話すのは大切だと思うんですが……。私は今日、あの子の所に行った方が良いと思いますか? 行かない方が良いと思いますか?」

 自分にとって最大の問題点を、光里は伊禰に訊ねた。伊禰を最も困らせる質問だった。
 伊禰は本気で悩み、数秒間唸っていた。その間、光里は視線を下に落としていた。
 伊禰はそんな光里の表情を確認して、その胸中を察した。

「姫様に会いに行きたいけど、行き辛い。そのようなところですか?」

 図星ではないが、八割正解というところか。光里は黙って頷いた。すると、伊禰は微笑みながら、こう言った。

「今日、私も同行致しましょうか? 根本解決より、まずはお二人の蟠りの解消が先決ですからね。大人数で押し掛けるより、一人おまけが居る程度の方が圧迫感も小さく、姫様も落ち着いてお話できるでしょうし」

 伊禰が提案をしてくれたことに光里は嬉しくなり、涙を堪えながら唇を歪ませた。

「甘えちゃって、良いですか? すいません。武術もできないわ、意気地も無いわで」

 伊禰は「お気になさらず」と言いつつ、今にも泣きそうな光里の頭を撫でた。

 この場の雰囲気は温和に変わりつつあったが、非情にも一瞬で破壊された。
 二人の腕時計がそれぞれ緑とピンクの光を放ちながら擬態を解き、切迫した愛作の声を送ってきたのだ。

『皆、ついにニクシムが現れた。今すぐ出動してくれ』

 これが初めてのニクシム出現の連絡だった。

  

次回へ続く!

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