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社員戦隊ホウセキ V /第55話;切欠は忘れ物

前回


 五月五日の水曜日、朝八時半頃に十縷のスマホに意外な架電があった。光里が「時間あるなら何処かに行かないか」と言ってきたのだ。
 待望のデートの誘いに十縷の喜びは爆発。即答で了解した。


 朝の九時頃、約束通り十縷と光里は新杜宝飾の体育館前で合流した。

(そう言えば普段着、見たこと無かった……。なんか新鮮だ……)

 先に待っていた十縷は現れた光里を出迎え、真っ先にそう思った。この時、彼は既に興奮していたが更に興奮し、思考が停止しかけた。対して光里は至って冷静だ。

(あれ、確実に舞い上がってるよね……。予想通り)

 歩いて来る途中、待っている十縷の姿を確認した光里は、彼の顔が確認できた途端にそう思い鼻で笑った。

「おはよう。今日は急に申し訳ないね」

 物理的な意味で互いに手が届く距離まで近づくと、光里は挨拶がてら一つの小瓶を十縷な手渡した。

「え…? 何、これ? どうしたの?」

 瓶の中には、黄白色のジャムが入っていた。何故これを渡されたのか十縷には解らず、少し動転する。
 光里は頭を掻きつつ、視線を横に逸らしながら説明をした。

「これ、練習に付き合ってくれたお礼。何かしら自分の手作り品を渡すのがジュエランド風のお礼だって、リヨモちゃんが言ってね…。で、昨日あの子に習って、寿得神社でりんごジャム作った訳。まあ、受け取っといて」

 光里の喋り方はぶっきら棒だった。それが照れ隠しに見えて十縷の壺を突いた。加えて、光里の手作り食品を渡されたということは、ポイントが大きかった。

(もう手作り料理貰えちゃうの!? 僕は何て幸せ者なんだ!!)

 十縷はますます舞い上がる。その喜びようを見ながら、光里は付け加えた。

「味は期待しないでね。リヨモちゃんに言われた通りには作ったけど、所詮は私が作ったものだから。自慢じゃないけど、私、料理苦手な方で……」

 しかし十縷は光里から物を貰ったことが嬉しいので、中身には拘っていない。

「いやいや。こんだけのものを貰っておいて、味で文句言うとかあり得ないから。って言うか、凄く嬉しい! なんか、こっちのお返しもハードル上がっちゃったな……」

 十縷の返答は、半ば予想通りだった。光里は微妙な笑みを浮かべた。

「だったらメチャ綺麗なジュエリー創って、私に頂戴」

 光里は苦笑いに近い表情で、そう言った。当然、冗談だ。
 十縷は「勿論」と返したが、こちらは本気なのか冗談なのか判別が難しかった。


 それから二人は駅の方を目指して歩き出した。その途中、光里はふと言った。

「それにしても、本当にリヨモちゃんは凄いよ。自分は味なんか解らないのに、地球人が美味しいと感じるものを作れるんだから……。もう天才の領域だよね」

 光里の発言はほぼ独り言だったが、十縷はそれを確実に聞き取った。

「味が解らない? そう言えば、リヨモ姫って訓練の時に弁当持ってくるけど、自分は食べてないよね。ただ、光里ちゃんの横にいるだけで。あれって、地球の食べ物が食べられないからだと思ってたけど……。味覚が無いってことは、まさかそもそも食事しないの?」

 以前から少し気になっていたので、十縷はこの際この疑問を解消することにした。これで、二人の会話の方向性は定まった。

「知らなかった? ジュエランド人って、光を見れば生きていけるから、物は食べないんだって。光合成みたいなことをしてるのかな? 逆に、何日も雨が続くと、日光が足りなくて辛いみたい。梅雨が心配だって、お姐さんも気にしてたね」

 リヨモの話になると、光里は滑らかに言葉が出る。十縷は知らないことを知れたことと、光里が話に乗ってきたことで嬉しくなった。

「料理は寿得神社の宮司夫妻、会社の先代社長夫妻ね。そちらに教えて貰ったんだって。リヨモちゃんと社長一族の間で、私たちの為に何ができるかって相談して、手料理を振る舞おうって話になったみたい」

 まず光里が語ったのは、リヨモが訓練の時に食事を持ってくる理由。別段、変わった内容でもなかったので、抵抗なく受け入れられた。
 この流れで、暫く光里は語り続けた。

「リヨモちゃんにせよ新杜家の人にせよ、自分たちに戦う力が無くて、私たちが戦ってるっていうのが申し訳なくて仕方ないみたいで……。そんな風に思わなくても良いけど、だけど気に掛けてくれるのは嬉しいよね。先代社長なんか、私たちが戦ってる間、寿得神社の本殿で安全祈願の儀式をやってくれてるんだよ」

 比較的無口の印象がある光里だが、決して人との会話が苦手というタイプではない。リヨモとの関係を考えれば、それは明白だ。

 光里のお蔭で、いろいろと知らないことを知れて、十縷の喜びも増してくる。この流れで、十縷は思い切ってこの話題を切り出してみた。

「それはそうと、どうして光里ちゃんってそんなにリヨモ姫と仲が良くなったの? 誰よりも圧倒的に親しいよね? 実は最初からずっと気になってて……」

 これは今年の四月一日以来、ずっと十縷が気になっていたことだ。余りにも当然のように二人が親しいので、疑問すら抱かなくなりつつある程だったが、それでもやはり知りたかった。
 十縷がここに来る前、昨年に何があったのか。
 問われた光里は視線を少し上に向けて、遠くを見るような目つきになった。まるで、過去を振り返るかのような。

「どうしてって……? 何だろう? あの時、私がスマホ忘れていかなかったら、今みたいな関係にはなってなかったかもね……」

 しみじみと光里は語り始めた。

 昨年の七月のことだった。ある日、光里は社長室に行くよう、いきなり経理部長に言われた。
 何の話かと疑問を抱いたまま社長室に行くと、同じように社長室を訪れた者が自分以外に三人もいた。時雨と伊禰と和都である。
 四人は社長室で変なブレスレットを装着させられ、色味を失った宝石に鮮やかな輝きが戻り……と、要するに今年の入社式の十縷と全く同じだった。そのまま四人で寿得神社に連れて行かれ、神社の離れでリヨモと邂逅し、事の経緯を聞き……という展開も同じだった。これが、リヨモとの初対面だったということも。
―――――――――――――――――――――――――
 十縷とは違う展開があったのは、その後だ。リヨモの話を聞いた後、一同は解散した。
 いきなりファンタジー染みた話を聞かされた衝撃は大きく、すぐ集まって実践的な話…という気には誰もなれなかったのだ。

 しかし解散した後、光里は寿得神社の離れに戻ってきた。

「ごめんなさい。私、忘れ物したみたいで。探して良いですか?」

 寮に戻ったら、スマホが無いことに気付いた。というのが、戻ってきた理由だった。
 光里を出迎えたリヨモは、特に音は立てずに言葉だけ返した。

「ええ、構いませんが。どのような物ですか? 一緒に探します」

 これが光里とリヨモが初めて交わした会話だった。そして二人はスマホの捜索を始め、三分程度でスマホを見つけた。会合が開かれた一階の茶の間でリヨモが見つけた。

「もしかして、これでしょうか?」

「そう、これ! 本当に迷惑しましちゃ!!」

 少々大袈裟に光里は喜んだ。対するリヨモは、鈴が鳴るような音を鳴らしつつ、耳鳴りのような音と鉄を叩くような音を微かに混ぜていた。
 勿論、トルコ石で作った能面のような顔は全く変わらない。それでも何故か光里には解った。

「ああ……“ 迷惑しましちゃ ”って、私の生まれ故郷の方言で……。相手が自分の為に頑張ってくれた時とかに、こう言うのね」

 自分の言葉が理解できず疑問を抱いたのだろうと予想し、光里はそう返した。すると、リヨモから鳴る音は鈴のような音だけになった。
 すると、光里も笑顔になった。

「そうなのですか……。地球の言葉とジュエランドの言葉は同じものだと認識しておりましたが、場所によっては独特な変化を遂げているのですね。ところで、この道具は何ですか?」

    この瞬間、何故かリヨモは警戒心を解いた。スマホを渡せば用は済むのに、何故か不要な質問をした。光里もスマホがどのような道具なのか、長々と説明をした。
 そのまま成り行きに任せる形で、二人は【ジュエルメン】のテレビ放送第一話をスマホで鑑賞した。
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「お芝居というのは、凄いですね。ジュエランド人はどうして感情が音に出てしまうので、このようなことはできません。感情を自在に表現できるとは、地球人は凄いです」

 そう言うリヨモは、鈴のような音を盛大に鳴らしていた。この音を聞いていると、光里も嬉しくなってきた。

「そっか。やっぱその音、貴方の気持ちなんだ。でもジュエランド人っていいね。音でバレるから、絶対に嘘吐けないじゃん。凄く付き合い易そう……。って言うか、もっとジュエランドのこと知りたいな。私も知ってる限り地球の話するからさ、貴方もジュエランドの話聞かせてよ。マ・カ・リヨモちゃん……? で良かったっけ?」

 何ともなく、自然に光里はそう言った。するとリヨモの鈴のような音は大きくなり、更に雨のような音も少し混じった。

「名前はそうですが…。マ・カ・リヨモちゃんというのは変です。【マ】は王という意味で、これに【カ】が付くことで【王の娘】という意味になります。ですから、【マ・カ・リヨモちゃん】という呼び方は式子内親王ちゃんと呼んでいるようなもので、敬意を払っているのか、親しみを込めているのか、おかしな言い方です」

 リヨモは自分の名前の意味を説明した。俯いたまま。リヨモの言葉を受けて、光里はいろいろと返す。

「ごめんね。つまり、貴方自身の名前はリヨモなのかな? じゃあリヨモちゃん…って呼んで良い? ところで式子内親王ちゃんって……百人一首知ってるんだ」

 光里は矢継ぎ早にいろいろと喋ったが、リヨモの反応は悪い。と言うか、最初からリヨモが語った内容よりも、彼女の顔の角度と音が気になっていた。

「私、まさか何か嫌なこと言った?」

 光里が「マ・カ・リヨモちゃん」と言った頃くらいなら、リヨモが出す音には雨のような音が混ざり始めた。これはリヨモの感情に悲しみが混じったのだと、光里は直感的に思った。
 そんな光里の問い掛けに対して、リヨモは首を横に振った。

「いえ。貴方は仰ったことに、気に障る内容などありません。むしろ、嬉し過ぎて……。貴方がこうして、ワタクシを対等の人間として受け入れてくださっていることが……」

 そのままリヨモは語った。
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 地球に亡命してきた日の夜、リヨモは宮司夫妻宅で一晩過ごした。
    そして、事は翌朝に起こった。当時、寿得神社で巫女のバイトをしていた二人の女性と、たまたま鉢合わせてしまった。
 二人にとって、リヨモは確実に初めて遭遇した地球外生命体だったのだろう。だからと言って、あの反応はリヨモの心を抉った。

「化け物!!」

 いや、「妖怪!!」だったか?
 どっちでも良い。取り敢えず、二人はリヨモの姿を見て絶叫し、走ってその場から逃げ出した。
 その数時間後、寿得神社に彼女たちから退職の希望を伝える電話があったらしい。
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「そっか……。それは災難だったね……」

 話を聞いた光里は巫女たちの言動に言及せず、これだけに留めた。
   そして話題を逸らすかのように、リヨモに訊ねた。

「ねえ。私これから、毎晩来ても良い? 私、会社に話し相手が居なくてさ。私の話相手になってくれる?」

 これは少し不正確だった。光里は社内で孤独だった訳ではない。
 経理部の社員とも、短距離走部に属する副社長の社林千秋や営業部の掛鈴礼とも、それなりに話せる関係を構築していた。そこまで深く親しい訳ではなかっただけで。

 しかし、これが当時のリヨモにとって、この上なく嬉しい一言であることには、変わりなかった。

「是非ともお願いします。貴方が良いのなら、ワタクシは歓迎します」

 その日以来、光里は毎晩、寿得神社の離れに寄るようになった。これが二人の馴れ初めだった。

   

次回へ続く!

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