前回
五月五日の水曜日、朝八時半頃に十縷のスマホに意外な架電があった。光里が「時間あるなら何処かに行かないか」と言ってきたのだ。
待望のデートの誘いに十縷の喜びは爆発。即答で了解した。
朝の九時頃、約束通り十縷と光里は新杜宝飾の体育館前で合流した。
(そう言えば普段着、見たこと無かった……。なんか新鮮だ……)
先に待っていた十縷は現れた光里を出迎え、真っ先にそう思った。この時、彼は既に興奮していたが更に興奮し、思考が停止しかけた。対して光里は至って冷静だ。
(あれ、確実に舞い上がってるよね……。予想通り)
歩いて来る途中、待っている十縷の姿を確認した光里は、彼の顔が確認できた途端にそう思い鼻で笑った。
「おはよう。今日は急に申し訳ないね」
物理的な意味で互いに手が届く距離まで近づくと、光里は挨拶がてら一つの小瓶を十縷な手渡した。
「え…? 何、これ? どうしたの?」
瓶の中には、黄白色のジャムが入っていた。何故これを渡されたのか十縷には解らず、少し動転する。
光里は頭を掻きつつ、視線を横に逸らしながら説明をした。
「これ、練習に付き合ってくれたお礼。何かしら自分の手作り品を渡すのがジュエランド風のお礼だって、リヨモちゃんが言ってね…。で、昨日あの子に習って、寿得神社でりんごジャム作った訳。まあ、受け取っといて」
光里の喋り方はぶっきら棒だった。それが照れ隠しに見えて十縷の壺を突いた。加えて、光里の手作り食品を渡されたということは、ポイントが大きかった。
(もう手作り料理貰えちゃうの!? 僕は何て幸せ者なんだ!!)
十縷はますます舞い上がる。その喜びようを見ながら、光里は付け加えた。
「味は期待しないでね。リヨモちゃんに言われた通りには作ったけど、所詮は私が作ったものだから。自慢じゃないけど、私、料理苦手な方で……」
しかし十縷は光里から物を貰ったことが嬉しいので、中身には拘っていない。
「いやいや。こんだけのものを貰っておいて、味で文句言うとかあり得ないから。って言うか、凄く嬉しい! なんか、こっちのお返しもハードル上がっちゃったな……」
十縷の返答は、半ば予想通りだった。光里は微妙な笑みを浮かべた。
「だったらメチャ綺麗なジュエリー創って、私に頂戴」
光里は苦笑いに近い表情で、そう言った。当然、冗談だ。
十縷は「勿論」と返したが、こちらは本気なのか冗談なのか判別が難しかった。
それから二人は駅の方を目指して歩き出した。その途中、光里はふと言った。
「それにしても、本当にリヨモちゃんは凄いよ。自分は味なんか解らないのに、地球人が美味しいと感じるものを作れるんだから……。もう天才の領域だよね」
光里の発言はほぼ独り言だったが、十縷はそれを確実に聞き取った。
「味が解らない? そう言えば、リヨモ姫って訓練の時に弁当持ってくるけど、自分は食べてないよね。ただ、光里ちゃんの横にいるだけで。あれって、地球の食べ物が食べられないからだと思ってたけど……。味覚が無いってことは、まさかそもそも食事しないの?」
以前から少し気になっていたので、十縷はこの際この疑問を解消することにした。これで、二人の会話の方向性は定まった。
「知らなかった? ジュエランド人って、光を見れば生きていけるから、物は食べないんだって。光合成みたいなことをしてるのかな? 逆に、何日も雨が続くと、日光が足りなくて辛いみたい。梅雨が心配だって、お姐さんも気にしてたね」
リヨモの話になると、光里は滑らかに言葉が出る。十縷は知らないことを知れたことと、光里が話に乗ってきたことで嬉しくなった。
「料理は寿得神社の宮司夫妻、会社の先代社長夫妻ね。そちらに教えて貰ったんだって。リヨモちゃんと社長一族の間で、私たちの為に何ができるかって相談して、手料理を振る舞おうって話になったみたい」
まず光里が語ったのは、リヨモが訓練の時に食事を持ってくる理由。別段、変わった内容でもなかったので、抵抗なく受け入れられた。
この流れで、暫く光里は語り続けた。
「リヨモちゃんにせよ新杜家の人にせよ、自分たちに戦う力が無くて、私たちが戦ってるっていうのが申し訳なくて仕方ないみたいで……。そんな風に思わなくても良いけど、だけど気に掛けてくれるのは嬉しいよね。先代社長なんか、私たちが戦ってる間、寿得神社の本殿で安全祈願の儀式をやってくれてるんだよ」
比較的無口の印象がある光里だが、決して人との会話が苦手というタイプではない。リヨモとの関係を考えれば、それは明白だ。
光里のお蔭で、いろいろと知らないことを知れて、十縷の喜びも増してくる。この流れで、十縷は思い切ってこの話題を切り出してみた。
「それはそうと、どうして光里ちゃんってそんなにリヨモ姫と仲が良くなったの? 誰よりも圧倒的に親しいよね? 実は最初からずっと気になってて……」
これは今年の四月一日以来、ずっと十縷が気になっていたことだ。余りにも当然のように二人が親しいので、疑問すら抱かなくなりつつある程だったが、それでもやはり知りたかった。
十縷がここに来る前、昨年に何があったのか。
問われた光里は視線を少し上に向けて、遠くを見るような目つきになった。まるで、過去を振り返るかのような。
「どうしてって……? 何だろう? あの時、私がスマホ忘れていかなかったら、今みたいな関係にはなってなかったかもね……」
しみじみと光里は語り始めた。
次回へ続く!