見出し画像

社員戦隊ホウセキ V/第97話;二択ではなく一択

前回


 五月三十日の日曜日。正午頃、ちゅうにてザイガの操るオブシディアン・ギガンティスと社員戦隊の操るホウセキングが激突した。戦いは引き分けに終わり、ザイガを乗せたオブシディアン・ギガンティスは撤退したが…。

 社員戦隊が寿得神社に帰投すると、愛作の指環が再び憎心力を検知。

 すぐにリヨモが映像を出したが、投影されたのは信じ難い光景だった。



「どうして? 話が違うじゃない? どういうこと?」

 千秋は気が動転している様子だったが、リヨモに配慮しているのか肝心な単語は口にしなかった。
 ニクシムがジュエランドに進攻した際に、マ・スラオンはザイガに殺害された筈。しかし殺された筈の彼が、今こうして映像に映っている。誰もがこの点を不審に思っていた。だから、愛作もすぐに出撃指令を出せずにいた。

「父上。生きていらっしゃったのですか?」

 リヨモが囁くように漏らし、寄り添っていた光里は彼女の手を強く握る。その時、光里は聞いた。ごく僅かにリヨモが鳴らす音を。

(リヨモちゃん…。そっか、そう思うよね)

 その時、リヨモは雨のような音を鳴らしていたが、同時に鈴のような音も鳴らしていた。鈴の音は小さすぎて、光里にしか聞こえなかったが。


 場が困惑する中、場を更に掻き乱す存在が何の予告も無く姿を見せた。

「ここだな。入るぞ、地球のシャイン戦隊と新杜宝飾の創業者一族」

 若い女性の声が外から聞こえてきたかと思うと、次の瞬間には木の引き戸が開かれ、声の主らしき人物が姿を見せた。
 その人物は、白い汗衫かざみと朱い切袴を纏った、巫女風の恰好をしていた。しかし耳朶にはピアスが輝いており、胸にはエメラルドのような緑の宝石を備えた金のペンダントを架けていて、随分と華美だ。

「ゲジョー。お前、ここまで来るのか!?」

 時雨の口からその名が出るのは自然だった。と言うか、千秋以外には彼女の面は割れており、どんな扮装をしていても、擬態にはならないというのが現状だ。

「もう情報は届いているのだろう。今日はザイガ将軍のお言葉を伝えに来た」

 ゲジョーは臆する様子を見せず、そのまま縁側に腰掛けた。すると彼女の姿が揺るぎ、出立は巫女風のものから普段のゴスロリ調に変わった。毛先が新橋色のツインテールや、同じ新橋色のリップとアイラインは独特で、初めて生で見たリヨモと愛作と千秋は、思わず見入ってしまった。

「アンタだっけ? 下条クシミとか名乗って、ウチの即売会に顔出したの。今日は何のつもりで来たの?」

 ゲジョーを一番警戒していたのは、千秋だった。ゲジョーは縁側に腰掛けたまま、睨むように千秋の表情を確認する。

「用件は先も言っただろう。ただ伝言に来ただけだ。不信感を抱くのは当然だろうが、気にするな。ここに来れる時点で、私の憎心力など高が知れている」

 寿得神社にある橙色のイマージュエルには一定以上の憎心力やダークネストーンを拒絶する働きがあることを思い出し、千秋はゲジョーの言うことに納得した。
 ゲジョーは喋っている間に靴を脱ぎ、なんと居間まで上がってきた。堪らず響動く一同は意に介さず、ゲジョーは愛作と千秋の間に入る形で、ちゃぶ台の前に座った。

「それと見ろ。このピアスは普段と違うだろう。普段のはニクシム神と交信する為の物だが、これはお前らの会社の商品だ」

 ゲジョーは千秋の方に顔を向けながら、耳朶を指してピアスを強調してきた。と言われても千秋は普段のピアスを知らないので、ここは伊禰がフォローした。

「それ、即売会で購入された、ワット君がデザインされたピアスですわよね? その節はお買い上げ、ありがとうございます」

 伊禰の言う通り、ゲジョーのピアスはタンザナイトの小さな粒が五つ、花弁のように並べられたもの。和都がデザインしたものだ。伊禰に言われて、千秋は納得して頷いていた。そしてゲジョーは「どうも」と伊禰に返しつつ、和都の方に目をやった。

「これ、お前が創ったのか? 割と本気で気に入っているぞ。マダムとザイガ将軍からの評価も悪くない。今度、また何か創って貰えるか?」

 何故かゲジョーは雑談を始めた。話し掛けられた和都は、困惑していて言葉を返せない。

「喋れん奴だな。営業には不向きな職人気質か?」

 ゲジョーは本気で和都と喋りたかったのだろうか? 相手が黙っているから、本当に不満そうだった。
 そんな彼女に、伊禰が「ごめんなさいね」と言いながらリンゴを差し出した。全く遠慮なく、ゲジョーはそれを受け取った。

「気に入る商品があれば、別の日にでも買いに来い。それより、ザイガは何を企んでいるんだ? 早く言え」

 話が逸れつつある中、時雨が睨むような視線をゲジョーに向け、刺々しく言った。
    ゲジョーは不機嫌そうに眉を顰め、「それが顧客に対する態度か?」と呟いた後に、ザイガからの伝言を述べ始めた。

「マ・スラオンの映像は見た筈だな? マ・カ・リヨモ。お前が投降すれば、奴を解放する。それが嫌ならば、あのまま奴を処刑する」

 ゲジョーは睨みつけるようにリヨモを見ながらそう言った後、伊禰から貰ったリンゴをようやく口に入れた。
 誰も直後に言葉は発せず、室内にはゲジョーがリンゴを齧る音と、リヨモが発する耳鳴りのような音だけが暫く響いていた。

「そっちの要求は解ったが、どうしても腑に落ちない」

 この独特な静寂を崩したのは、愛作だった。彼は右隣に座ったゲジョーに鋭い視線を送りつつ、その疑問について述べる。ゲジョーは性懲りも無く二つ目のリンゴに手を伸ばし、これを齧りながら彼の話を聞いた。

「マ・スラオンはザイガに命を奪われたものかと思っていたが…。そうではなく、捕虜となっていたのか? そうならば、どうして今更このカードを切ってきたんだ?」

 愛作の疑問は、この場に居た全員が思っていたことだった。流石にゲジョーはこの問には答えなかった。

「信じるか信じないかは、お前たちの自由だ。スラオンは殺されるのか、それとも娘が殺される様を見させられるのか。どちらになるかはお前たち次第だ。どちらにせよ、当然だな。奴は受けるべき罰を受け、お前たちはその様を目に焼き付ける。それだけの話だ」

 問に答える代わりに、ゲジョーは傲慢な口調でそう述べた。
 その内容は、この場に居た一同に少なからず怒りを覚えさせたが、特に怒っていたのはリヨモだった。ゲジョーが話している間、湯の沸くような音が少しずつ大きくなっていた。そしてゲジョーが話し終わった時、交代するかのように彼女が喋り始めた。

「陛下が受けるべき罰を受ける? 陛下がどのような罪を犯したのですか? 貴方は陛下の何をご存じなのですか?」

 リヨモはそれまでちゃぶ台から離れていたが、喋っているうちに立ち上がり、ちゃぶ台の外周を周ってゲジョーに詰め寄ろうとした。流石に雰囲気が危険だったので、光里を筆頭にホウセキVの面々は立ち上がり、リヨモを囲む形になって止めた。

「気持ちは解るけど、ここは抑えて。挑発に乗ったら駄目」

 光里がリヨモを宥めようとするが、そこにゲジョーが煽り文句を送る。

「ザイガ将軍が仰るには、功労者が迫害され、無法者が得をする社会を創り上げたようだな? 不労民の救済、いや優遇だったか? 不条理も甚だしいな!」

 ゲジョーが何を言っているのか、地球人七人は理解できなかった。と言うより、この煽り文句でリヨモの感情が掻き乱され、今にも暴れ出しそうになっていたので、それどころではなかった。

「不条理ではありません。陛下は恵まれぬ者にも手を差し伸べたのです。差別主義者のザイガは、それを理解できなかっただけです」

 リヨモの言葉自体に感情は籠らないが、激しく鳴り響く湯の沸くような音と雨のような音が口調の代わりに感情を表現する。それを耳にするホウセキVと新杜兄妹は、自ずといたたまれない表情になってしまう。
 一方ゲジョーは、ザイガを差別主義者と呼ばれて明らかに怒った。

「差別主義者だと? あのお方は、能力があればどんな者でも認める! 私も素性や出身に関係なく、公平に素養を認めて頂いた! お前、やはり頭が悪いようだな。ザイガ将軍の仰っていた通り、血筋だけで不当に良い思いをし続けた、許されざる愚者だ!」

 ゲジョーの方も立ち上がって既に立っているリヨモに詰め寄ろうとしたが、こちらは新杜兄妹が咄嗟に立ち上がって止めた。そしてリヨモとは違い、ゲジョーは身内ではないので宥めては貰えない。

「あんた、いい加減にしなさい! よく知りもしない人のこと、悪人呼ばわりしたり、バカ呼ばわりしたり…。ザイガに何を吹き込まれたのか知らないけど、一方の話ばっか信じてんじゃないわよ」

 千秋は怒りを露わに、ゲジョーの前に立ちはだかると彼女を睨みつけ、低い声でそう詰め寄った。殺気に押される形でゲジョーは後ずさったが、屈するのは悔しいからかすぐに言い返した。

「お前の言うことは的を射ているな。しかし、ザイガ将軍がスラオンを憎んでいらっしゃるのは、紛れもない事実だ。それだけ憎まれたということは、それ相応のことをした筈だと考えないのか? そもそもお前こそ、オ・ヨ・タエネの件を知っているのか? まさか知らずに言っているのではないだろうな?」

 自分より少し高い位置にある千秋の目を睨みながら、ゲジョーは先より小さな声でそう言った。これには千秋ではなく、愛作の方が返した。

「確かに、何か憎まれることをしたのかもな。しかし、それでクーデターを正当化できるのか? あの子から故郷を奪ったことも。君がザイガと話せる立場なら、本気で一度しっかり話して欲しい。彼は他人を思いやれる人だった筈だから」

 愛作は千秋よりも落ち着いて、ゲジョーの理性に問い掛ける戦法を選んだ。そしてゲジョーは意外にも反論せず、悔しそうに俯いて歯軋りしていた。

「まあ、何でも良い。何にせよ、今日中にどうするのか決めろ。マ・スラオンを見捨てるのか、マ・カ・リヨモを投降させるのか。今日の日付変更までに意思表示が無ければ、スラオンは処刑する」

 そう言うとゲジョーは踵を返して縁側の方に戻り、靴を履く。ホウセキV側は立ち尽くしたまま彼女の背に複雑な視線を送り、ゲジョーはその視線に見送られる形でこの場を発った。


 ゲジョーが去った後、場はまた違った理由で混沌となった。

「父上が憎まれていたのは、父上が悪いから? 何故、そんな話に?」

 リヨモはゲジョーが去った途端、脱力してその場に崩れ、雨のような音と軋む歯車のような音を激しく立てた。光里は反射的にしゃがみ、リヨモに寄り添う。そしてリヨモは、その光里に強くしがみつき、泣きじゃくるように顔を彼女の胸に押し当てた。他の面子はただこの様子を見守るしかできない。そんな中、リヨモは言った。

「あの二択なら、ワタクシは自分を差し出して父上を助けたい…」

 この言葉に光里は勿論、伊禰と十縷も貰い泣きしてしまう。しかし、泣いていても仕方がない。そう間接的に言うように、ここで十縷が提案した。

「選択肢はあの二つじゃないよ。いや、むしろこの一つかもしれない」

 十縷が勿体ぶるので、思わず他の者は惹きつけられる。そんな雰囲気を作った上で、十縷は言った。

「リヨモ姫を差し出さずに、マ・スラオンを助け出すっていう選択肢が。って言うか、そうするしかないんじゃない?」

 そう言った時、十縷は爽やかな笑顔を浮かべていた。その顔を見て、光里は笑みを浮かべる。伊禰も同じ感じだ。和都は「ジュールのくせに」と彼の頭を小突いて称え、愛作は大きく頷く。
 こんな調子でこの場は一先ずある程度は落ち着き、かつこの件に対する対応も決まった。

「熱田の言う通りだな。姫を差し出すことなく、スラオンを助け出そう」

 愛作がそう言って、正式にこの案は決定となった。かくして、このまま対策会議が開かれることとなった。


次回へ続く!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?