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社員戦隊ホウセキ V/第96話;信じ難い光景

前回


 五月三十日の日曜日の正午、普宙の刑務所の上空に黒のイマージュエルが現れた。ついに、ザイガが直々に出撃したのだ。

 宝世機で出撃した社員戦隊を迎え撃つザイガは、なんとイマージュエルをそうぞうしんオブシディアン・ギガンティスに変形させた。

 かくして、ホウセキングとオブシディアン・ギガンティスの激闘が始まった。



 巨人同士の剣戟が始まったところで、愛作は寿得神社の離れに駆け込んで来た。

「姫、遅くなりました! 戦況はどうですか!?」

 息を切らせながら、離れに駆け込んで来た愛作。その後ろには、妹の副社長・社林こそばやし千秋ちあきも続いていた。たまたま二人で居たようで、出現したのがザイガだと聞いたら、千秋は居ても立っても居られなくなったらしい。

「戦況は思わしくありません。ザイガは想造力と憎心力の両方を使えるらしく…。イマージュエルを想造神にすることもできるようになっています。ジュエランドに居た頃よりも、確実に強くなっています…」

 畳に上がってきた二人に、リヨモはこれまでに得た情報を話した。それを受けて、新杜兄妹はティアラの映し出す映像に見入る。

「ねえ、本当なの? 今、ザイガが光里たちと戦ってるんだよね…。後ろの建物、ザイガが壊したの?」

 半ば怯えたような表情で、千秋がリヨモに訊ねた。リヨモは首を縦に振る。

「この動きはザイガだと思う…。信じたくないけど…」

 ザイガと剣を交えた経験のある愛作は、ギガンティスの動きから操っているのはザイガだと推察した。心底、残念そうな口ぶりで。

(ザイガが地球に攻めて来た…。どうしてこんなことに?)

 新杜兄妹は寿得神社を継ぐ者として、ジュエランド王家のマ・スラオンとマ・ツ・ザイガの二人と交流していた。
    その時、二人はザイガに対して、真面目で有能な人物という印象を持ち、悪人とは露程にも思わなかった。ザイガは地球の文化に興味を持ち、自作の造形物にもその要素を取り込んでいたくらいだが…。

    そのザイガが、今こうして地球の敵として、自分の部下たちと戦っている。新杜兄妹にとって、これ程に信じ難く、そして辛い光景は無かった。


「この程度か、地球のシャイン戦隊。お主らに負けたゾウオや憎悪獣は、その程度の能力しか持っていなかったということだな」

 ギガンティスは鍔迫り合いでホウセキングを押して後退させ、相手が踏ん張ったところに左からの膝蹴りを叩き込んだ。完全に不意を突かれ、ホウセキングはこの膝蹴りを腹に食らい、大きく後退して地に片膝を付いてしまった。
    ギガンティスの方は勝利を確信しているのか、片膝を付いたホウセキングにゆっくりと迫る。

「皆さん。作戦があるんですけど、乗って貰えますか?」

 ホウセキングの中では、ホウセキVの五人が息を荒くしている。しかし、五人とも屈してはいなかった。歩いて迫ってくるギガンティスを睨みながら、レッドが何やら提案する。彼の中に生じたインスピレーションは、自ずと仲間たちに共有された。

「この状況なら、何でも試すしか無いからな。無謀でも何でも、やってやろう!」

 最も左側に位置するブルーが、中央のレッドに作戦決行を許可した。これで五人の意思は統一される。

「それじゃ、いっちょやってやりますよ!」

 レッドが叫ぶと、他四人は威勢よく「OK!」と返す。これを合図にして、ホウセキングは奇襲を開始した。

「何っ? まだ力が残っていたか……」

 堪らずザイガは鉄を叩くような音を鳴らした。
 ホウセキングは片膝を付いた体勢のまま、右腕に備えたヒスイのタイヤを回転させ、体を緑に光らせて高速移動モードになった。この状態でホウセキングは背中に備えたサファイアのファンを二つともフル回転させ、猛烈な推進力でギガンティスに突撃した。突撃の勢いを乗せたホウセキングカリバーの斬撃が、ギガンティスの唐竹を狙って繰り出される。その勢いは猛烈だったがザイガは慌てることなく、ギガンティスは刀で斬撃を防御し、そのまま後退することで突撃の勢いを逃がす。

「考え無しの突進は禁物だぞ」

 ザイガがそう言った直後に、ヒスイのタイヤの回転が止まり、ホウセキングが発していた緑の光は消えた。するとホウセキングの推進速度は落ち、必然的に馬力も落ちる。
 ここでギガンティスは足に力を込めて踏み止まり、相手の突進を止めて反撃に転じようとした。
    しかし、ホウセキVの本当の奇襲はここからだった。

「俺の後輩の発想を舐めんな! 考え無しの突進な訳ないだろ!!」

 イエローが叫ぶと、ホウセキングは左足から蹴りを繰り出した。しかしギガンティスは咄嗟に後方へ跳んだので、この蹴りは空振りに終わったが、これでギガンティスは反撃を逸した……だけでは済まなかった。

「しまった…。ギルバスがやられた攻撃か…」

 ホウセキングの左足にはトパーズのショベルアームが折り畳まれていることを、ザイガはこの時に思い出した。
 蹴りを避けられると、ホウセキングはすぐにこのショベルアームを伸ばす。後方に跳んだギガンティスもさすがにこれは避け切れず、腹にショベルアームの一撃を食らってしまった。
    そして、ホウセキングの攻撃はまだ続く。

「まだまだですわよ! 受けてご覧なさい!!」

 マゼンタが叫ぶとホウセキングは剣から左手を離し、その左腕を拳が上になるように直角に曲げて、小手に備わったプラペラを回転させて風を巻き起こした。先の攻撃で体勢を崩していたギガンティスはこの風に捕まってしまい、天を仰ぐ形でなぎ倒された。



「行けます。皆さま、このままとどめを」

 リヨモが鈴のような音を立てながら、普通の音量で喋る。確かにこの状況なら、このまま畳み掛けて勝利…という流れを想像してしまうが、そうはならなかった。

「どうした? 皆、大丈夫なのか!?」

 ティアラが投影する映像を見て、愛作が思わず心配そうに言う。千秋の表情も同じだが、それは当然だ。
    ホウセキングは畳み掛けるどころか、再び片膝を付いて動きを止めてしまったのだから。まるで、電池が切れたかのように。



 この時、ホウセキングの中は意外に騒然としていなかった。五人とも溜息を吐く感じで、独特の気が抜けた雰囲気になっていた。

「やっぱ、こんだけフル回転連発したら、イマージュエルも疲れるよね…」

 ホウセキングが止まった理由は、グリーンが呟いた通り。高出力での連続稼働を要求した為、イマージュエルに負荷が掛かり過ぎたのだ。五人ともこの結果を予想していたのか、悔しそうな雰囲気は全く見られなかった。

「ホウセキングカリバーで刺すところまで、いたけら良かったけど…」

 強いて言えば、レッドのこの言葉が悔やむような言葉か。しかしそう言った彼も全く悔しそうではなく、他の者もこの言葉に同調しない。

「まあ、これはこれで上出来だろう。無理に倒す必要は無い」

 ブルーがそう続けた。そんなやり取りをするホウセキVの眼前では、倒れたオブシディアン・ギガンティスがゆっくりと立ち上がろうとしていた。このままでは攻撃されそうだが、ホウセキングには対抗する余力はない。ギガンティスは立ち上がったが、何故か攻撃する素振りを見せなかった。

「伊達にこれまでの戦いを勝ち抜いてはいないな。一筋縄では行かないか」

 ギガンティスの中でザイガが呟くと、呼応するようにギガンティスが持った剣が黒紫の光の粒子と化して霧散した。どうやらギガンティスにも、余力は無いらしい。

「次の作戦に切り替えよう。マダム・モンスター。これにて撤退する」

 ザイガがブレスに向かってそう言うと、彼方のマダムがそれに応じたのか、ギガンティスの頭上で空がガラスのように割れ、七色の光を放つ穴が開いた。するとギガンティスだけが宙に浮き、この穴の中に吸い込まれていく。
    ホウセキングはその場に残され、ギガンティスが消え、宙に開いた穴が塞がる様を呆然と見上げていた。


 ザイガを乗せたギガンティスが立ち去ると、刑務所には入れ替わるように消防隊や救急隊が駆けつけた。ホウセキVは後処理を彼らに任せて、自分たちはホウセキングをイマージュエルに分離させて、空を割って寿得神社へと帰投した。

 同じ頃、普宙の喫茶店に居たゲジョーも、タブレット端末に映るドローンが撮った映像で戦いの終了を確認していた。そしてギガンティスが去った直後に、彼女のスマホが着信音を鳴らした。ゲジョーはこの電話を取った。

「はい。畏まりました。予定通り、第二段階を実行致します」

 通話はそれだけで終わった。ゲジョーはスマホとタブレット端末を通学鞄に入れると、席を立って喫茶店を後にした。


 寿得神社の離れに戻ったホウセキVの五人は、リヨモと新杜兄妹に出迎えられ、いつも通りリンゴを振る舞われた。しかし、いつになく雰囲気は悪かった。

「ザイガの目的って何なんだろう? 最初にリヨモ姫を出すように言ったけど、僕らがそんな要求に応じると思ってたのか?」

 今回、ザイガは何が目的で直々に現れたのか? 十縷はそれが気になっていた。しかし、周囲の食いつきは悪い。

「ジュール。その話、止めよう。空気読んでって言うか…」

 十縷の右隣で彼に耳打ちした光里は、自分の右側に居るリヨモと、向かいに居る愛作と千秋を指した。リヨモは何の音も立てておらず、社長・副社長兄妹は俯き加減で軽く下唇を噛んでいた。
 リヨモはザイガの話をしたくないのだろう。社長・副社長兄妹は過去にザイガと交流していたから、この状況を複雑な心境で受け止めている。おそらく、そんなところか?
 光里に指摘されて十縷はそれを認識し、自分の浅はかさを少し悔いた。

「考えても仕方ないだろ。解る訳もねえし。できることをやるしかねえよ」

 十縷の左隣に居る和都はそう言った。十縷は「そうですね」と静かに返す。この間、時雨が喋らないのは普段と変わらないが、お喋りの伊禰が何も話さなかったのはとても意外だった。ザイガ直々の出撃は、いろいろな意味で社員戦隊側に衝撃を与えていた。

 誰もこの雰囲気を打破できないのか?
 誰か一人くらいは、そんなことを思っていたかもしれない。そして、いつまでも雰囲気が変わらないということはない。雰囲気とは概して意図せず唐突に変わるもので、それは今日も同じだった。

「何っ!? またニクシムだと!?」

 愛作の指環が、唐突に橙色の光を盛大に放った。警告灯のようなこの光は、この場の雰囲気を一瞬で緊迫したものに変える。リヨモは耳鳴りのような音を立て、地球人七人は表情が引き締まる。

「今、映像を出します」

 リヨモは反射的にティアラを外し、ちゃぶ台の上に置いて映像を映し出すが…。
    空中に映像が投影された瞬間、リヨモは鉄を叩くのような音を盛大に鳴らし、座ったまま後ずさった。思わず光里はそれに寄り添い、十縷たちは困惑する。愛作と千秋は、驚愕しているのか目を点にしていた。

「どういうことだ? マ・スラオンだと…」

 目を点にした愛作は、震えた声でそう呟いた。マ・スラオンの名は、この場に居る全員が知っている。しかし姿を見たことがあるのは、リヨモ、愛作、千秋の三人だけだ。
 彼の姿を知らないホウセキVの五人は、不審そうな眼差しをティアラが投影する映像に向けていた。

 映像の場所は広大な採石場で、ウラームが数体確認できたが、ウラームたちの襲うべき人間の影は無い。代わりに、大きな十字架が設置されていた。その十字架には、おそらくジュエランド人だろう人物が磔にされていた。金糸のような短髪、琥珀のような目、そして肌はトルコ石のような水色。纏った服はキトンに似ており、胸にはVの上に逆さの五角形という図が刺繍されている。この図は新杜宝飾の社章 = ジュエランド王家の紋章だった。

 ところで…。
     マ・スラオンはもうこの世にはいない筈。その人物が磔にされているとは、どういうことか?
   雰囲気は重苦しいものから、困惑に変わった。


次回へ続く!

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