社員戦隊ホウセキ V/第121話;ザイガの悲しみ
前回
六月四日の金曜日、十縷がザイガによってニクシム神と交信させられ、苛怨戦士に変貌してしまった。しかし体を張った光里の気持ちが通じたのか、苛怨戦士は十縷の意識を取り戻したかに思われたが、それも一瞬。すぐに十縷はザイガによってニクシムの本拠地たる小惑星へと連れて行かれた。
初めて来る地球以外の星にてニクシム神と対面した十縷は、マダムに術を掛けられ、ニクシム神に宿る記憶を見せられた。
ニクシム神の記憶は、十縷が抱いていた歴史認識とは異なる点が幾らかあった…。
「其方はおそらく、妾がニクシム神の封印を解いたとでも聞いていたのじゃろうが、本当は違う。妾はこの地に、強力なダークネストーンが現れたことに気付き、この地に赴いただけじゃ。そのダークネストーンこそ、時を超えたニクシム神だったのじゃ」
ニクシム神は初代シャイン戦隊に封印されたのではなかった。当時のジュエランド王がニクシム神と交信して、小惑星・ニクシムへと転送されたのだ。
それはそうと、マダムはどうしてニクシム神が過去からやって来たと解ったのか?
十縷がそう問うより先に映像が切り替わり、その理由が説明された。
『こっちに来るな。死ぬぞ』
不時着した小惑星の表面で、当時のジュエランド王は半角座で微動だりしない。まるで覚悟を決めているかのように。その後ろには、大量のウラームが迫っている。
マダムがこの小惑星を訪れた時、最初に見た光景はこれだった。
当時のマダムは咄嗟に助けようと一歩踏み出したが、その足はすぐに止まった。岩のように動かない王はそのままウラームに集られ、ウラームの中に埋もれて見えなくなった。このまま彼が殺されたことは、想像に難くなかった。
「昔のジュエランドの王様は、ここで殺されたのか。で、お前は昔の王様に会ったから、ニクシム神が時間を超えて来たって解ったんだな」
この事実を受けて、過去を変えたかったというマダムがニクシム神の力に手を出そうとした理由は、しっかり理解できた。それでも十縷の表情は晴れない。
「だけど酷い。昔の王様は命を賭けて、ニクシム神と交信してまでジュエランドを守ろうとしたのに…! なんでこんな酷い死に方しなきゃいけなかったんだ…!?」
当時の王が全く報われず、不憫な末路を辿ったことを十縷は不条理だと思った。
十縷が悔しがって俯いていると、この場にまた別の者が現れた。
「当然の報いだ。我が先祖、太古のジュエランド王など、これくらい惨めな末路が相応しい。奴のせいで、ジュエランド王家は無闇に称えられることになったのだから」
それはザイガだった。彼は音の羅列のような喋り方で、辛辣な言葉を発した。
それを聞いた十縷はザイガがいきなり現れたことには頓着せず、怒りを露わに飛び掛かろうとした。
しかし、横からマダムが組み付いて十縷を制止する。十縷はマダムに拘束されながらも、ザイガに吼えた。
「ふざけるな! 命を賭けて国を守ったことの何が悪いんだ!? 昔の王様が立派だったから、ジュエランド王家は国民から慕われ続けたんだろう!? お前、姪や兄だけじゃなく、先祖まで侮辱するのか!?」
ここまでの情報に鑑みると、十縷の意見の方が正当だと思われる。それなのに、何故ザイガは自分の先祖を否定するような発言をするのか?
「侮辱ではない。憎悪だ。ここまでジュエランド王家の権限が大きくならなければ、我が愚かな兄が愚策を連発することもなく、タエネも殺されなかったのだから…」
ザイガは俯き、拳を握り絞めながらそう言った。雨のような音を鳴らしながら。その音を聞くと、怒っていた十縷も思わずおとなしくなった。
(ザイガが泣いてる? どういうことだ?)
ザイガが悲しみを見せたことが、十縷にとっては意外だった。それと同時に、このことも気になった。
(タエネ? 聞いたことがあるような…。いつだ?)
そんな十縷の疑問に答えるかのように、いきなり周囲に光の渦が発生し、その眩しさに十縷は瞼を閉じた。
再び目を開いた時、十縷は石造りの広間に居た。そこには長方形の長い机があり、十数名の人物がその周囲を囲んでいた。彼らの肌は色石のようで、ジュエランド人だと一目で判った。なお長方形の両端にはマ・スラオンとザイガが対面する形で、長辺の列には他多数のジュエランド人がそれぞれ座っている。彼らは会議をしているようだった。
「これはジュエランドの議会だ。王家と役職者で構成されている。役職者は平民の中から選抜された、知力、体力、想造力の高い者たちだ」
ザイガは親切にも、陥落する前のジュエランドの制度について説明した。
ジュエランドの民の身分は王家と平民に二分され、主に王家が星を統治していた。平民は一定の年齢になったら試験を受け、それで測られた能力に応じて役職を与えられた。そして特に能力が高いと認定された者たちは、王家直属で行政職や公安職に就き、王家と婚姻できる資格まで与えられた。平民は世襲ではなく、実力次第で上り詰められたらしい。
「王家は世襲で能力など関係なく、長子が王となるのだがな。平民の方は実力があれば出世できる。そんな社会だった」
それを聞いて、十縷は思った。
(こいつ、お兄さんが王になったのが気に入らなかったのか? んで、王も試験で選べ的なこと言ったのか?)
これまでのザイガの発言から考えると、これは如何にもありそうな話だ。しかし、この予想はだいぶ外れていた。
「問題は能力が低く、役職を与えられなかった者たちだった。このような者たちは不労民と呼ばれていた。彼らは居住区を光の届きにくい場所に限定され、公共からの給仕も制限され、労役を負わない代わりに不利益を被っていた」
少し話題は逸れた。この不労民という者たちについてザイガは「働かない無能者なのだから、多少の不利益は当然」と、らしい発言を付け加えていた。ついでに不労民となる者たちには人格に問題のある者も多く、犯罪率も高かったらしい。
(ジュエランドって、割とハードな学歴社会だったのか。不労民とか呼ばれて、光も届きにくい所に住まわされて食う物にも困ったら、歪んで犯罪に走る人も居るよな)
ザイガの話を受けて、十縷はいろいろと納得した。
そして当時のジュエランドの議会の映像では、マ・スラオンがこの件について語っていた。
『民に低能の烙印を捺し、僻地に追いやるのは止めよう。そんなことをするから、彼らは犯罪に走るのだ。社会的な弱者を救ってこその政治だ』
この発言に十縷は感心した。彼はマ・スラオンを「良い王様だ」と本気で思ったが、ザイガは違った。
「【差別の無い真の平等】だったか。スラオンはそんな戯言を掲げ、不労民を光の届きやすい都市部に住まわせたり、役職者と同等の公共の給仕を受けられるようにしたりと、不労民への差別を撤廃しようとした。役職者の大半は、王の言うことには逆らわなかったからな。ジュエランドの社会はすぐに変わった」
湯の沸くような音を立てつつ、ザイガは言った。少し聞いた感じでは良い政策に思えるが、何がいけないのか? 首を傾げる十縷に、ザイガは怒りながら語った。
「政策は大失敗だった。不労民は働きもしないのに、ひたすら恩恵を受けるばかりの存在と化した。むしろ試験で選抜された有能な者が損をする、平等という名の不平等極まりない社会が創られたのだ」
これを聞いて十縷は目を丸くしつつも、問題点に気付いた。
「そっか。ジュエランド人って光を吸収すれば生きていけるから、働いて稼がなくても食う物に困らないんだよね。だったら働かない方が得か」
不労民を光の届きやすい地域に住まわせ、公共の給仕も制限しないとは、地球人に例えれば働かなくても、充分な食料を国が無償で支給するというところだ。それなら誰も働かくなってしまう。
十縷がそのことに気付くと、ザイガは深く頷いた。
「さよう。この制度が打ち出されてから、望んで不労民になる若者も現れ始めた。そんな悪辣な考えを起こす者が増え、犯罪も増えた。かつて社会的弱者だったことを盾にして、横暴な振る舞いをする不労民も現れた。役職者たちは、そんな横暴な不労民の為に骨身を削って働き、過労死する者も珍しくはなかった」
リヨモからは聞かなかった話だった。彼女はずっと城で過ごしていたので市井の状況には疎く、対してザイガは公安職の長を務めていたので犯罪者に直面する機会が多かった。この差は大きかったのかもしれない。
何にせよ、ジュエランドの社会は十縷の想像とかなり異なった。
そして、ザイガの話は続く。
「この問題に立ち向かおうとしたのが、オ・ヨ・タエネという役職者だ。彼女は議会にも出る上位の役職者で、何事も無ければ私は彼女と婚姻していた筈だった」
ザイガの無機質な声の後ろに響く、雨のような音と湯の沸くような音が止まらない。
ザイガから溢れる感情に、十縷も胸が痛くなる。そして、彼は思い出した。
(タエネ…。オ・ヨ・タエネ。思い出した! ゲジョーが寿得神社に来た時、社長か副社長に言ってた! 『オ・ヨ・タエネの件も知らずに語ってるんじゃないだろうな』みたいなことを!)
十縷が記憶の中から【オ・ヨ・タエネ】の名を見つけ出した時、ニクシム神が見せる映像では、ジュエランドの議会の論議が白熱していた。
次回へ続く!
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