社員戦隊ホウセキ V/第122話;本当の弱者とは? 本当の平等とは?
前回
六月四日の金曜日、十縷がザイガによって小惑星・ニクシムに連れて来られた。
初めて来る地球以外の星にてニクシム神と対面した十縷は、マダムに術を掛けられ、ニクシム神に宿る記憶や、ニクシム神と交信した者の記憶を見せられた。
かくして十縷は、ザイガの記憶も見ることとなった。
ニクシム神が示す映像は、ニクシムの進攻を受ける前のジュエランドの議会の光景だった。
『不労民の犯罪件数の増加、及び加重労働で過労死する役職者の増加を受けまして、不労民救済の廃止を提案致します。不労民は光の届きにくい郊外での居住を義務付ける従来の仕組みに戻すこと、故意に不労民となった者を処罰すること、少なくともこの二点は必須かと考えられます』
発言したのは、長い机の真ん中付近に座っていた女性。肌は天河石のような白いに近い緑色をしていた。この人物こそが、ザイガの語っていたオ・ヨ・タエネである。話通り、ジュエランド社会の問題に立ち向かおうとしていた。
(ちょっと酷い気はするけど、わざと不労民になる人を減らすには、仕方ないかな?)
当時のタエネの提案は、十縷にとってある程度は頷けるものだった。しかし、マ・スラオンは違った。
『何たることを申すか、この不届き者が。そのような選民思想があるから、犯罪に走る不労民が減らぬのだ。人は皆、平等だ。能力で富を差別するなど、あってはならん』
タエネの提案を聞くや、長方形の机の端に座っていたスラオンは勢いよく立ち上がり、湯の沸くような音を立てながらそう言った。単調な喋り方だが、音量は大きかった。スラオンが不労民の救済に掛ける並々ならぬ思いが、よく伝わって来た。そして強過ぎる思いは、得てして冷静な判断を阻害する原因となり得た。
『其方のような差別主義者が議会に居ることが問題だ。今より其方を、議会から追放する。其方は罪人だ。全て剝奪する』
怒り任せに、スラオンはそう口走った。その過激さは、全員の体から鉄を叩くような音を響かせる程だった。無論、当時のザイガは兄に反論した。
『お待ちください、マ・スラオン。これは選民思想ではなく、むしろ平等思想です。今の不労民は労無くして富を得ており、役職者たちは過剰な負担を強いられています。労に応じて益を与えられるのが、真の平等なのではありませんか?』
怒る兄を説得しようと、当時のザイガは必死だった。しかし、当のスラオンに聞く耳は無かった。
『其方までそのようなことを申すか? そのような考えは差別だ。そうか。其方、この者と婚約した為に、悪しき選民思想に染まったのだな。由々しき事態だ。このままでは、ジュエランドは腐敗してしまう』
スラオンの怒りはタエネやザイガの意見を全否定するだけに留まらず、彼らを引き裂こうという発想に至った。
結果、タエネは役職者の立場を追われ、流刑に処されて両親と共に光の届きにくい赤道付近へと送られた。
この処遇についてスラオンは、『選民思想をこの世から消す為には、足りないくらいだ』と語っていたらしい。
「どうして? タエネさん、別に選民思想で言った訳じゃないのに…。これはやり過ぎだ。他の役職者たちは、止めなかったのか?」
ここに来て、十縷のスラオンに対する印象が変わった。そして、気付いたらザイガとの精神的距離も縮まっていた。十縷の問に、ザイガは怒りながら答える。
「止めようとする者は居なかった。王の権限は強く、反対意見を述べる役職者は居ないも同然だったからな。尤も、心底スラオンの思想に染まっていた者が少なくなかったのも事実だったが。結局、無能な王が馬を鹿だと言えば、それは鹿になる。議会など無意味で、無能な王の言うことをただ『素晴らしい』と称えるだけの場所だった」
ザイガの辛い話は続いた。
タエネを流刑に処した後も、不労民の犯罪率は下がらず、過労死する役職者の数も減らなかった。社会的に抹殺されたタエネとその両親を嘲笑する者も少なくはなく、不労民の中にはわざわざタエネたちの住居まで足を伸ばし、冷やかしなどの嫌がらせを行う者まで居たらしい。
十縷の居る場所はまた変わっていた。ジュエランドの赤道付近だ。そこは夕暮れのように空が暗く、雪に覆われていた。タエネとその両親の住居は掘っ立て小屋で、とても寒さを凌げるものではなかった。
『最高だな。エリート気取りで調子に乗ってた奴が落ちぶれるのは。勉強ばっかできても、性格が悪かったらどうしょうもないな』
過酷な環境に加えて、暇な不労民がこの土地まで足を延ばし、抑揚の無い喋り方で嘲笑してくる。その不労民たちの体からは、鈴のような音が響いていた。
(性格悪いのはどっちだよ? 王様も、こんな奴らを守る為にタエネさんをこんな目に遭わせたのか? これで何が守れたんだよ?)
十縷の中に不労民に対する怒りが芽生えてくる。
すると次の瞬間、彼はタエネの家の中に移動していた。家の中は暗くて寒く、老いた両親はやせ細っており、表情の変わらないジュエランド人でも衰弱していることが伝わってきた。そしてタエネは、暗所のアレキサンドライトのような、深い紫色の宝石を備えたネックレスに向かって、呟いていた。
『マ・ツ・ザイガ。貴方とのやり取りは、これで最後にしたいと思っております。貴方とも添い遂げられず、虐げられる役職者たちも救うことができず…。ここまでの仕打ち、私も両親も流石に耐えられません。もう絶えてしまった方が楽だと、両親と話してその結論に至りました。お許しください。私が絶えても、貴方が王家の一員として公務を全うされることを祈っております。いつか、何代後になるか知れませんが、私たちの理想が成し遂げられる日が来ることを、祈っております』
これはザイガに向けた通信だということは、簡単に察することができた。この後、タエネが何をするのかも。
「駄目だよ。早まらないで…」
もう十縷の目には、涙が溢れて止まらなくなっていた。彼はタエネを制止するべく接近を試みたが、何故か歩いても距離が縮まらない。そもそもこれは過去の光景で、十縷が何をしようと変わらない。
そしてタエネは両親と三人で集い、三人の中心にアレキサンドライトのネックレスを翳した。今更だがこれはイマージュエル製の装具で、タエネの想造力を受けて機能を発動するものだ。いざ、タエネはこれに念じた。
「だから止めてってば!!」
十縷の叫びも虚しく、タエネのネックレスのイマージュエルは燐光のような独特な光を発した。これがジュエランド人にとって毒として作用する光であることは、説明されなくても何故か解った。この光を至近距離で凝視したタエネとその両親は、一分も経たぬうちに次々と斃れ伏した。かくして寒くて暗く狭い小屋の中に、三人の亡骸が残された。
「何だよ、これ!? こんなのアリかよ!?」
十縷は両膝を折り、感情を抑えきれずに号泣した。隣のザイガも、雨のような音を激しく鳴らしていた。
「スラオンはただ、自分が善人だと思いたかっただけだ。その為に、不労民を利用した。己より劣った者に手を差し伸べれば、それだけで優越感と偽善に浸れるからな。そして概してこのような考えの者は、強くも弱くもない者を叩こうとする。真の弱者は、このように強くも弱くもない者だと気付きもせず…」
ザイガの悲しみや憎しみを十縷は痛感した。
(確かにジュエランドの本当の弱者は、過労死に追い込まれた役職者たちだ。不労民じゃない。タエネさんは、その弱者を救おうとしたんだ。それを理解せず、差別主義者とか選民思想とか悪者呼ばわりして、こんな目に遭わすなんて…!)
そしてその悲しみや憎しみは、十縷自身のものに変わろうとしていた。そこでザイガは、十縷に語り掛ける。
「タエネと罪を犯す不労民。本当に悪いのはどちらなのか? ろくに考えもせず、ただ一方を叩く愚者。そして、弱い芝居をしてそれを武器に使う悪辣な者。お主も、そのような者と出会ったことがあるのではないか?」
十縷はハッとした。ザイガの発言が、的のド真ん中を射ていたからだ。
(確かにそうだ。さっき呪いで集まった奴らも、長割肝司も…。自分のことは棚に上げて、自分が被害者だみたいなことばっかり言って…。虐められただのなんだのって、弱いフリしてた。僕はそういう奴が嫌いだ…!)
ザイガに乗せられた形だが、これは十縷の本心でもあった。十縷の中に、沸々と猛烈な憎悪心が湧いて来る。
すると、また風景が変わった。今度は地球。十縷が幼少期を過ごした、唐尾の生家だ。今、目の前に広がっているのは、家に押しかけて来た当時の引手リゾート社長と、それに責められる父の恵那児だ。
『熱田君。君は人として最低のことをした。まるで暈典が人を轢いたかのように言ったそうだな。暈典は助手席に座っていただけだぞ。言いがかりは止めて欲しい。そのせいで暈典の心は傷つき、出社できなくなってしまった』
実際には見ていない光景だが、十縷は声から想像して光景を作った。そして、この光景は十縷の憎しみをどんどん増強させた。
「弱いフリして、それを武器にしたのはお前も同じだったな! 傷ついただと? 傷ついて家から出れなくなったら勝ちかよ!? 父さんが責めたこととお前の息子の行動、どっちの方が酷いか、判断できないのか!? 轢き逃げ野郎!! 何が新ホテルオープンだ!? 何で未だに良い思いしてるんだ!!」
十縷は立ち上がり、絶叫した。すると一帯はたちまち炎に包まれ、何も見えなくなった。そして十縷の隣には、ザイガとマダムがそれぞれ左右に立ち並ぶ。
「ようやく憎しみを共有できたな。封じ込める必要などない。解き放て」
まずはザイガが、そう言いながら十縷の左肩に手を置いた。そしてマダムは、十縷の前方に回って彼と目を合わせる。
「どんなに悔やもうと、過去は変わらん。だからせめて、未来を変えようぞ。悪しき者を討ち倒し、虐げられた者たちを救うのじゃ」
十縷はマダムの目をしっかりと見ながら、深く頷いた。
「ああ。引手リゾート、お前らが生きてることを絶対に許さない!!」
十縷が猛然と咆哮を上げ、一帯の炎は火勢を益々強めた。
精神世界でのやり取りは、現実世界にも反映されていた。
「引手リゾート、お前らが生きてることを絶対に許さない!!」
十縷はそう叫びながら立ち上がり、ニクシム神の力を受信するブレスレットを前方に翳した。するとブレスレットは鉄紺色をした粘り気のある光を発して、その光は十縷の全身を包み込む。そのまま十縷は、苛怨戦士に変身した。額と胸のアレキサンドライトのような宝石は、暗所にある時の深い紫色だ。
「悪を憎む心に目醒めたよったな。さあ、苛怨戦士よ! その憎しみで救える者が居るなら、必ず救うのじゃぁっ!!」
十縷と同じブレスレットを装着し、ニクシム神を通じて十縷の精神に干渉していたマダムは、十縷の心がまた憎心力に満たされたことを覚ると、金切り声を上げた。その声に、苛怨戦士となった十縷は深く頷く。
「勿論だ。その為には、まずニクシム神に捧げ物を捧げて、ニクシム神を強くする。捧げ物は、引手リゾートの経営者共だ! 極楽にいる気分の奴らを地獄に叩き落とし、恐怖と苦痛をニクシム神に捧げさせる!!」
完全なニクシムの一員として、苛怨戦士は叫んだ。
その様を見て、マダムは喜ばしいと顔で言いながら頷き、スケイリーは高笑いでその感情を表現する。そしてザイガは、鈴のような音を大きく響かせた。
そんな中、一人だけ浮かない表情をしている者が居た。
ゲジョーだ。
彼女は何故か憐みの目で、苛怨戦士の背を見つめていた。
次回へ続く!