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社員戦隊ホウセキ V/第120話;憎しみの記憶

前回


 六月四日の金曜日、十縷がザイガによってニクシム神と交信させられ、苛怨かえん戦士せんしに変貌してしまった。しかし体を張った光里の気持ちが通じたのか、苛怨戦士は十縷の意識を取り戻したかに思われたが、それも一瞬。すぐに十縷はザイガに連れ去られてしまった。

 十縷を奪還したい光里たちの前に呪詛ギルバスが出現し、彼らはこれに対応せざるを得なかった。持ち前の連携で呪詛ギルバスは撃破されたが、それは十縷が連れ去られた後だった。



 時は戻る。これは、ゲジョーが光里の元を訪れる、数時間前にあったことである。

 小惑星・ニクシムに黒のイマージュエルが帰還した。岩肌に囲まれた広い地下空洞の景色が割れ、そこから巨大な黒耀石の直方体が姿を現す。
 所定の位置に戻った黒のイマージュエルは、木漏れ日のような光を出して、乗っていた二人を排出した。ザイガと十縷だ。現れた二人は、既に変身を解いていた。

「くそっ…! 放せ、お前!! どうする気だ!?」

 十縷は正気に戻っていた。逃げ出そうと激しく暴れるが、胴体と腕を鎖で厳重に巻かれており、自由に動けない。
    相当の怪力で十縷を拘束しているザイガだが、鳴らしていた感情の音は困惑を意味する壊れた歯車のような音だった。

(先は確かにニクシム神の力を受けていたが、今は繋がっていない。憎心力が弱まったのか? 何故だ?)

 先程、十縷はニクシム神と強制的に交信させられ、理性を失って憎しみのままに暴れた。しかし今は、普段通りの彼に戻っている。その原因がザイガには理解できなかった。

「ついて来い。お前はニクシムの戦士になるのだ」

 しかし、悩んでいる暇は無い。ザイガは鎖を強く引っ張り、十縷を連行する。十縷は抵抗しようと踏ん張るがザイガの方が強く、敢え無く引きずられていった。

 そんな調子で薄暗い岩の洞穴を突き進み、やがて一つの大きな部屋に辿り着いた。

「マダム・モンスターにスケイリー!? ここがニクシムのアジトか…」

 その部屋とは、ニクシム神の祭壇がある部屋だった。十縷はマダム・モンスターとスケイリーを確認すると同時に、その背後にある巨大な岩にも気付いた。

(あの岩、なんか凄くヤバい。ゾウオやウラームが百倍強くなったような…。これがニクシム神か!?)

 その巨大な岩は鉄紺色をした粘り気のある光を常に放っていて、猛烈な禍々しさが感じられた。これがニクシム神と呼ばれるダークネストーンであることは、説明されなくても察しがついた。

 さて、そのニクシム神の前に構えるマダムとスケイリーは、ザイガが連れて来た十縷に歩み寄る。

「なんだ、こいつ? 元に戻ってやがるぞ。おいおい、困るじゃねえか」

 十縷の顔をまじまじと覗き込み、スケイリーは笑いながら言った。

「おそらく、こ奴はマ・カ・リヨモに刷り込まれて、ダークネストーンの力を否定しているじゃろうからな。その深層心理が邪魔をしているのであろう」

 マダムはある程度の距離を保ったまま、自分の見解を語る。
 この二人を、十縷は怪訝な目で交互に睨んだ。

(こいつら、何を企んでるんだ? どうすればいい?)

 敵はこの上なく強力。一方の自分は赤のイマージュエルと交信できず、丸腰も同然。勝てる筈など無いので、下手な抵抗はできない。
 この状況に十縷が心拍数を上げる中、第四の人物もこの場に現れた。

「戻りました。呪詛ゾウオに続き、呪詛ギルバスも敗北しました。赤の戦士を除くシャイン戦隊に損害はありません」

 ゲジョーだ。十縷とザイガがやって来た廊下から現れた彼女は、まず戦況を報告した。尤も、この情報は銅鏡を通じてマダムとスケイリーは知り得ていたので、反応は薄かった。

(みんな、憎悪獣は倒したんだ。損害無しって、良かった…)

 最も反応が良かったのは十縷で、仲間の勝利と無事を素直に喜び、表情にも見せた。
 しかし、こんな風に喜べたのも束の間。彼にはすぐ、ニクシム幹部の魔手が伸びる。

「とにかく今はこ奴の憎心力を高めさせ、ニクシム神と交信させよう。散った呪詛ゾウオと呪詛ギルバスの犠牲を無駄にせん為にも」

 マダムはそう言うと、アメジストのような宝石を備えたブレスを着けた左手を翳して念じた。するとブレスの宝石からは、ニクシム神と同じ鉄紺色をした粘り気のある光が発生する。
 その数秒後、十縷は左手に悪寒を覚えた。そして、鎖に縛られたまま動けない自分の左手に目をやると、思わず息を呑んだ。

(これ、ニクシム神と同じ光…!? って言うかこのブレスレット、マダム・モンスターと同じだ。さっき僕は、こいつに操られてたんだな)

 この推測は正解だった。焦る十縷の顔に、マダムは手を伸ばしながら語り掛けた。

「さあ、憎心力を高めるのじゃ。其方の中に眠る、悪を憎む心を呼び醒ませ」

 マダムの言葉を聞くと、十縷は気が遠くなるような感覚に襲われた。催眠術でも掛けられているのだろうか? 立った姿勢こそ維持しているが、意識は遠のいていった。


 気付いた時、十縷は別の場所に居た。ただ広いだけで何もなく、足元には靄が立ち込める独特な空間に。彼の横には、マダムが立っていた。

(これは夢か? あのブレスレットを通じて、僕の心に干渉してるのか?)

 本能的に、これが現実ではないと察した十縷。すると隣のマダムは、肉声を聞いた訳でもないのにこの疑問に答えた。

「さよう。わらわは其方の意識に干渉しておる。無粋な真似かもしれんが、まあ許せ」

 十縷の想像は正解だった。
 十縷はすかさず「無粋なら止めろよ」と言ったが、マダムはその言葉に頓着せず、静かに語り始めた。

「過去を変えたかった。あの惨劇を、どうしても無かったことにしたかった」

 マダムは漫然と何もない前方を見ていた。何となく十縷もその方に目をやると、彼は再び驚かされた。何も無かった筈のそこに、スクリーンに投影されたような映像が見えたからだ。

『あーっ、壊れたぁ』

 その映像とは、鮮やかな水色のドレスを着た少女が金のペンダントを振り回し、家具らしき物に当てて破壊する光景だった。ペンダントを壊した少女は余り狼狽えておらず、傍らに居た別の少女がその代わりに息を呑んでいた。

『大変です! 大切な家宝のペンダントが…!』

 傍らに居た少女の黒いドレスは継ぎ接ぎで、後ろ髪をツインテールに纏めていた。なお壊れたペンダントはゲジョーが付けているものと同型だと、視覚情報に強い十縷は気付いていた。

 何はさておき、黒いドレスの少女は壊れたペンダントを持って何処かへと走っていった。そして映像は瞬時に切り替わり、継ぎ接ぎだらけのドレスを着た少女は綺麗な服を着た中年男性に壊れたペンダントを差し出していた。

『お嬢様が…。最近、お嬢様は度が過ぎるかと…』

『何だと! 娘を誹謗中傷するのか!? お前は人として最低だ!!』

 ペンダントが壊れた件を報告したこの少女は、その場で男性に剣で斬られてしまった。言いがかりをつけられて。この展開に十縷は思わず息を呑んだ。

「何でだ? この子がどうして殺される? 違うだろ?」

 この少女が殺された理由が十縷には理解できなかった。マダムは隣で溜息を吐く。

「当時のスカルプタは酷い身分制の社会でな。支配階級の者たちが下位の階級の者たちを虐げていた。人は誰しも平等だの、使用人たちへの感謝を忘れぬなど、薄っぺらい事を抜かしておったがな。実際には、下位の者はろくな報酬も無くこき使われ、少しでも気入らない点があれば殺され…。今のようなことは、当たり前じゃった…。まあ、今の地球でも似たようなことはあるようじゃがな。ゲジョーからそう聞いておる」

 十縷は思わずマダムの方を向き、話に聞き入った。壮絶なスカルプタの情勢に、十縷は悲しみか怒りか、いろいろな感情を抱いた。そしてマダムは話を続けた。

「妾は過去を変えたかった。あの使用人の娘が殺されないよう、過去を変えようとした。その為に、伝説のダークネストーンと交信してみたのじゃが…。妾には無理じゃった。しかし過去を変えられぬなら、せめて未来は変えたい。妾はスカルプタの支配階級の者たちを皆殺しにし、下位階級の者たちを解放した」


 マダムの視線の方向に投影された映像は切り替わった。石造りの建物が並ぶ街を多量のウラームが襲撃し、人々が逃げ惑う光景に。ウラームは綺麗な服を着た者たちのみを狙い、鉈で斬っていた。
 そして…。先の少女を殺した男性とペンダントを壊した少女は、石造りの壁際に追い詰められていた。彼らの前には、当時のマダムが立ちはだかっていた。

『其方、正気か? 夫と娘を殺す気なのか!?』

『それがどうしたぁっ!! 其方らのしたことは、断じて許されん!!』

 映像のマダムは怒声を上げつつ、前方に翳した掌から黒紫の火炎を勢いよく放射した。男性と少女はこの炎に巻かれ、絶叫しながら焼け死んだ。

(だから、自分の星を滅ぼしたんだな。知らなかった…)

 マダムが自分の生まれた星を襲った理由を知り、十縷は呆然となった。
 そんな十縷に、マダムは落ち着いた口調を維持したまま語る。

「本当は過去を変えたかった。しかし、それが叶わなかったから、未来を変えることにしたのじゃ。妾には出来なかった…」

 マダムは先程と同じことを言ったが、十縷には理解できない。過去を変えたかったとはどういうことか?



 十縷が首を傾げていると、二人の前方に投影される映像はまた変わった。今度は全く違う場所のようだ。

「これは……ジュエランドか? ニクシム神と想造神が戦ってるのか?」

 岩肌の荒野で、空中に浮遊する巨大な岩と、五色の宝石で創られた巨人が対峙していた。巨大な岩はニクシム神そのもの。巨人はホウセキングに似ているが少し異なり、過去の想造神だろうことは容易に察することができた。

(リヨモ姫が話してた、太古の昔にジュエランドで起こった内戦だな。これはニクシム神そのものの記憶か?)

 十縷は持ち合わせの知識と映像を結び付けた。彼は、想造神の方が勝利したと聞いていたが、映像はそれとはかなり異なった。空中のニクシム神が放った青黒い光線が想造神に炸裂し、なんと想造神は石が劈開へきかいするように割れてしまったのだ。色の異なる部分ごと、五つに。そして同時に、中からはジュエランド人と思しき者たちも弾き出された。

「あれ? 昔のシャイン戦隊、負けそうじゃん。どうやって勝ったの?」

 思わず呟いた十縷の質問に答えるように、映像は進行した。

『王の役割は民を守ること。命に代えても、ジュエランドは必ず守り抜く』

 弾き出された五人のうち、トルコ石のような肌をした者がそう言った。顔はリヨモに近いものがあり、発言の内容からも彼が当時のジュエランド王だと推察できた。
 当時の王は、なんと左手首に巻いたホウセキブレスと思しき赤い宝石を備えたブレスレットを外し、両手を上に翳した。ニクシム神が浮遊する、空の方へと。
 すると当時の王の体から、ニクシム神と同様に青黒い霞のような光が生じ始め、それはニクシム神の方へと伸びて行った。ニクシム神も同じ光を発し、当時の王の方へと伸ばす。そして両者の光は空中で繋がり、まるで一本の糸のようになった。

「え!? ジュエランドの王様が、ニクシム神と交信した!?」

 これは話とは違う、想像を絶する光景だった。そして次の瞬間には、十縷は更に驚くこととなった。空に丸い穴が開き、その穴にニクシム神と当時の王が吸い込まれていったのだ。映像は彼らを追って穴を潜り抜ける。すると次の瞬間、ニクシム神と当時の王は小惑星の表面に不時着していた。

(当時のジュエランドの王は、ニクシム神を封印してたって聞いてたけど…。本当は、この小惑星に転送したってことなのか?)

 映像を見て、そう思った十縷。すると隣のマダムは頷いた。

「さよう。しかも、現代のこの地へとな。ニクシム神は時を超えたのだ」

 十縷は思わず目を見開いた。なんと、ニクシム神は過去から現在へとタイムスリップしたらしい。
 ニクシム神に刻まれた記憶は、十縷の認識とは異なる点が多々あった。驚きを隠せない十縷に、マダムは静かな口調で語り続けた。


次回へ続く!


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