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社員戦隊ホウセキ V/第119話;理解し合える可能性は?

前回


 六月四日の金曜日、十縷がザイガによってニクシム神と交信させられ、苛怨かえん戦士せんしに変貌してしまった。

 その後、光里は愛作の指示で帰宅したが、なんとゲジョーが光里の住む女子寮に訪れた。
 これだけでも驚きだが、更に驚くべきことをゲジョーは口走った。

「お前もニクシムに入れ。そして共に戦おう。それが一番いい」

 このゲジョーの一言は、光里に息を呑ませた。
 この会話を通信で聞いていたリヨモも、堪らず鉄を叩くような音を鳴らしてしまう。
 二人を驚かせたゲジョーは真っ直ぐ光里の顔を見ながら、強く思っていた。

(信じては貰えんかもしれん。しかし理解してくれ! これが最良の判断なんだ! お前のような者は、こんな汚れた場所に居てはいけないんだ!)

 ゲジョーは真剣だった。肉声にしなかった心の声は、視線に籠めた。
 この思いは、しっかり光里に届いていた。

(これ、この子の意志だ。ザイガやマダムに言われたんじゃない。この子、本当に私をニクシムに入れたいんだ)

 ゲジョーは純粋な善意で、自分をニクシムに勧誘している。ゲジョーの視線から、光里はその気持ちを感じ取ったが、それでもゲジョーの問い掛けに即答できなかった。
 光里の部屋は緊迫した沈黙に包まれる。聞こえる音は、傍らに置いた光里のブレスから漏れる、リヨモの感情の音だけだ。その音は主に鉄を叩くような音だったが、湯の沸くような音も混ざっていた。

 そんな中、言葉を発して沈黙を破ったのは、感情の音を響かせていたリヨモだった。

『ふざけたことを申すな。ひか…緑の戦士を、お前たちの仲間に? 有り得ぬ。この者は、お前たちのような暴力集団には絶対に入らぬ』

 ブレスが届けた文言には感情は籠らないが、背景に響く音が充分にその気持ちを伝えている。光里をニクシムに招こうとしているゲジョーに、リヨモは猛烈な怒りを抱いていることが、充分に伝わって来た。
 すると、これまでリヨモの言葉を全て聞き流していたゲジョーが反論した。

「無能者は黙っていろ。己は何もできず、寄せ集めの地球人に戦わせているだけの分際で。文句があるなら、ここまで来い」

 離れた位置のブレスに向かって、ゲジョーは挑発な言葉を発した。更にゲジョーは、リヨモが反論するよりも先に行動も起こした。

「これがお前のイマージュエルか…。ほら、開けてやったぞ。少し窮屈だが、通れなくはなかろう」

 ゲジョーは天井を呆然と見上げたかと思うと、座ったままの姿勢で宙を叩き、景色を割って七色の穴を作った。匍匐前進で辛うじて通れそうなサイズの穴を。

 その時、寿得神社の離れでもリヨモの近くで景色が割れ、同様の小さな穴ができた。

(この子、今はニクシム神と交信できないんでよね? ペンダントの小さいイマージュエルだけで、こんなことができるの?)

 この時、光里の驚きの意味合いが変わった。ゲジョーがさり気なく見せた術士としての技量の高さは、光里の目を見開かせるに充分だった。
 光里と同様にリヨモも驚いたらしく、ブレスを介して聞こえる感情の音は、鉄を叩くような音が大きくなった。
 相手が驚いて言葉を返さないので、ゲジョーは先に喋った。

「私が気に入らないのなら、こっちに来て私を拘束するなりしてみろ。どうした? 来ないのか? 流石に、自分では私を屈服させられないと判断できる程度の知能は持ち合わせているようだな」

 ゲジョーは舌戦でも強かった。
 この辛辣な言葉はリヨモの心をそれなりに抉り、ブレスから聞こえる音は雨のような音に変わった。
 思わず光里は息を呑んだが、ゲジョーは気が大きくなっているのか、挑発を続けた。

「何の能も無いのに優遇される立場にあり、気位ばかり高い。ザイガ将軍が仰っていた通り、お前は本当に最悪だな。そうやって陰に隠れているのなら、おとなしく息を潜めていろ。もう王女などではなく、無能な異星人の難民に成り下がったという事実も忘れるな」

 おそらくリヨモは、ゲジョーの最も厭う人種なのだろう。刺々しい言葉の数々が、それを如実に物語っていた。そして無能と連呼されたリヨモは、ゲジョーの言葉を真に受けて傷ついていた。

(この者の言っていることに誤りはない。確かにワタクシは何もできず、陰に隠れているだけ。光里ちゃんたちをニクシムの本拠地に連れて行くこともできない。この者は、ゾウオやウラームを地球に連れて来れるのに…)

 リヨモにとって辛かったのは、ゲジョーの能力が自分よりも確実に高いことだった。だから、無能呼ばわりされても反論できない。そしてゲジョーの最後の一言が、あの嫌な記憶を呼び醒ます。

(ワタクシは本当に、無能な異星人の難民…。光里ちゃんたち以外の地球人からすれば、ワタクシは異形でしかない。あの巫女たちが言ったように…)

 その記憶とは、地球に亡命したばかりの頃、寿得神社で巫女のバイトしていた二人の若い女性が自分を見て、「化け物だ!」と絶叫した時の記憶だ。あのことを思い出すと、リヨモは自ずと深い悲しみに襲われる。
 光里はブレスから聞こえる感情の音から、それを読み取った。

「ちょっとあんた…! 調子に乗って、言いたい放題言わないで。リヨモちゃんは無能じゃない。私たちをいろいろ支えてくれてる。戦うだけが全てじゃないんだから」

 光里はまず、ゲジョーの発言を責めた後、ブレスが置いてある机に向かった。そして、ブレス越しにリヨモに告げる。

「ごめん、嫌な思いさせて。貴方を知らない人が言ったことなんか、気にしなくてもいい。だから、無理しないで」

 光里の言葉を受けて、ブレスから聞こえる音に今度は鈴のような音も混じった。それを確認すると、光里は「また連絡する」と告げて通信を切った。
 光里が通信を切ると、ゲジョーが景色に開けた穴は揺らぎ、そのまま元の景色に戻った。

「戦えん、後方支援もできん、精神も弱い。本当に何の能も無い奴だな」

 リヨモを心底貶す様子で、ゲジョーは荒い鼻息と共にそう吐き捨てた。
 勿論、光里はこの言葉を聞き逃さなかった。ゲジョーの方を振り返り、鋭い視線を彼女に送る。
 それまで威勢の良かったゲジョーだが、光里のこの視線で我に返ったのか、その顔から余裕が消えた。
 そんなゲジョーに、光里は語った。

「さっき、星と星の間を行き来するのがどれだけ難しいか聞いたばっかりだからさ…。その難しいことを毎日やってる貴方は、本当に凄いと思う。多分、術士としての素養に恵まれてて、努力もしたんだと思う。だけど今のは駄目だよ。単にリヨモちゃんを否定したかっただけじゃん。正当な批判じゃない。駄目だよ」

 光里はとても理性的に、諭すような口ぶりでゲジョーに言った。ゲジョーは怒りをぶつけられると身構えていたので、この対応が意外で目を点にしていた。
 そして光里は、この調子で話を続ける。

「それと異星人の難民とか言うの、絶対にめて。事実だけど、それはあの子にとって一番辛いことなの。貴方も異星人だけど、姿が私たちと同じだから地球に居ても怪しまれないよね? でも、リヨモちゃんは違うじゃん。あの子がどんな思いして地球で暮らしてるのか、想像できるよね? だから、あれだけはめて欲しい」

 理性的かつ理路整然と、光里はゲジョーを諭した。先まで尖っていたゲジョーだが、話を聞いていると自ずと目に涙が浮かび、唇も噛み締め始めた。

「さっきは調子に乗り過ぎた。申し訳ない。マ・カ・リヨモにも言っておいてくれ」

 驚くほど素直に、ゲジョーは先の発言を謝罪した。それを聞くと、光里は「解ってくれたならいいよ」と言って微笑んだ。
 その顔を見て、ゲジョーは思った。

(何なんだ、こいつは? マダムとは全然違うのに、どうして似ているんだ?)

 今の光里に、ゲジョーはマダム・モンスターに近いものを感じていた。
 加えて、不思議な感覚にも襲われていた。実際に、ゲジョーはリヨモを心底厭っていた。ザイガから話を聞き、最悪な人物だと思っていた。だから先刻、口喧嘩で打ち負かして、僅かな喜びを感じていた。

 だが何故だろう?

 光里に諭されると不思議とその感情は消え、自然と口から謝罪の言葉が漏れた。今まで全く頭に無かった言葉が。何とも不可解だが不快感は無く、むしろ安心感すら覚えている。本当に不思議だった。


 さて、騒動が一段落したところで、また光里は話を切り出した。

「本当はジュールがどうしてるのか聞き出したいんだけど、立場上言えないこともあるよね? だから、質問を変える。リヨモちゃんの前だと、なかなか聞けないこともあるしね」

 光里の言葉は意味深だった。リヨモの前では聞けないこととは? ゲジョーが思わず身構える一方、光里は落ち着いた様子で訊ねた。

「貴方、寿得神社に来た時、【オ・ヨ・タエネ】とか【フロウミン】とか言ってたよね? あれって何のこと? ザイガがクーデターを起こした原因なの?」

 光里が訊ねたのは、先日寿得神社にて、ゲジョーが半ば怒りながらリヨモや新杜兄妹に言った言葉。

不労ふろうみんの保護、いや優遇だったか? 不条理も甚だしいな!」
「お前こそ、オ・ヨ・タエネの件を知っているのか?」

  

【フロウミン】と【オ・ヨ・タエネ】。光里の知らない単語だったが、やたらと鮮明に聞こえた。これらは何か重要なことなのだろうと、根拠も無く思えた。
 しかし、ニクシムがジュエランドを侵攻するに至った原因にも関わりそうな話なので、リヨモの居る前では訊き辛かったし、ましてやリヨモには訊けなかった。
 それでもずっと気になっていたので、この機を利用して質問したのだ。

 問われたゲジョーは、呆気に取られたのか目が点になった。そして暫くすると、些細なことがツボに填まった女子高生のように、高い声で笑い始めた。

「まさか、本当に何も知らないで戦わされていたとはな…。良いだろう。この際だ。教えてやる。不労民のことも、オ・ヨ・タエネのことも」

 素直に謝ったつい先程とは打って変わって、また高飛車な態度になったゲジョー。独特な含み笑いを見せながら、こう付け加えた。

「しっかり理解しろ。マ・カ・リヨモの父、マ・スラオンがどれだけ悪辣だったのか。ジュエランドがどれだけ酷い星だったのか」

 そしてゲジョーは語り始めた。不労民、そしてオ・ヨ・タエネについて。


次回へ続く!

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