社員戦隊ホウセキ V/第94話;ザイガ出陣
前回
五月三十日の日曜日。この日、正午までは平和だった。日曜日なので、社員戦隊の面々は寿得神社の杜にて定例の訓練を行う。午前中は平穏に事が進み、正午になったら頭を布で覆い、サングラスを掛けたリヨモが現れた。
「皆様、正午です。休憩と致しましょう」
いつも通り、リヨモの言葉が合図で訓練は一旦休止して昼食となる。しかし今日は普段と違う点があった。
「リヨモちゃん。あれ、持って来た?」
最初にリヨモの方へ駆け寄った光里は、弁当を受け取るより先にそう耳打ちした。「勿論」とリヨモは小声で返す。その次に、リヨモは和都と十縷に弁当を渡したが、この際にリヨモは二人に頭を下げた。
「あのワットさん、ジュールさん。この度は折り入って一つお願いがあるのですが」
リヨモは緊張しているのか、耳鳴りのような音を鳴らしていた。加えてこの丁寧語なので、どんな重大な話なのかと、十縷と和都は思わず身構えたが…。
内容はすぐ明らかとなった。昨夜、リヨモが光里に訊ねていた、彫刻の真珠部分に塗る色の話だ。それが解ると一気に肩の力が抜け、むしろ昼食の時間は普段より話に花が咲くこととなった。
「これ、和風ミロのヴィーナスでしょうか? 素敵ですわね!」
話に一番食いついてきたのは、この中で最も教養深い伊禰だった。そして、普段は余り雑談には加わらない時雨も、今日は何故か食いつきが良い。
「見事な出来ですね、姫。我が社の催事場にも、その手の作り物はいくらかありますが、その中に置いても遜色は無い出来です。そうだよな、ジュール、ワット」
時雨はこの作品がさぞ気に入ったのか、やたらとリヨモを持ち上げる。さて、肝心の十縷と和都だが、二人はリヨモの疑問に答えるべく、かなり考えていた。
「確かに、姫が仰ることは解るんですがね。だったらそもそも、貝の裏面を青くするとか、着物を十二単みたいにして色とりどりにするとか、色味を増やすならそっちのような気がするんですよね」
訓練中は外していた眼鏡を装着した和都は、作品を凝視しつつそう述べた。十縷はその意見に頷きつつ、自身のコメントも述べる。
「僕もほぼ同感です。ただ、今の白装束を活かすなら、真珠に見えなくなるけど、宝石は青か緑なのかな? って思いますね。これ、陶器づくりにして、貝の縁を金にして、宝石をエメラルドとかにしたら、カッコ良さげじゃないですか?」
次々と案が出る二人に、リヨモだけでなく、光里も感心して頷いていた。
「やっぱジュエリー作りが仕事の人は凄いわ。私とはコメントの質が違う。二人に聞いて良かったね」
初めは十縷と和都に対して、最後はリヨモに対して、光里は言った。「本当に勉強になります」と、リヨモはこれに頷く。
なのだがリヨモよりも、何故か伊禰の方がインスピレーションを刺激されたようで、話を膨らませてきた。
「話は違うのですが、なんか凄く思いましたのが…。真珠の結婚指環が真珠貝みたいな容れ物に入っていましたら、凄く興奮しません? 貝をパカっと開けましたら、青い布の中に真珠の指環が入っているって」
一同は伊禰が言った物を想像し、思わず感嘆する。
「それ、良いっスね。しまったぁ…。姐さんお姉さんの結婚指環にその容れ物使えば良かった…。ジューンブライドだったし。うわぁぁぁ…」
そして和都の感嘆は嘆きに変わった。それをすかさず、十縷と伊禰が宥めようとする。伊禰は頭の回転が速く、話がいろいろ広がる。
「まあまあ、その手の注文はこの先まだまだある筈ですし。きっと時雨君がご自分のお客様に、それを勧めてくださいますわね。ねっ!」
和都の慰めにさりげなく時雨も動員しようとする伊禰。唐突に振られた時雨は半ば動転し、ついでに振り向いた伊禰の表情が猛烈に好みだったので、思考はそちらの方に割かれ、まともな返答は出せなかった。
理由はともあれ、この場は笑いに包まれる。とても平和で楽しい一コマだったが、その中心に居る筈のリヨモは何故かふと、視点が妙に客観的になった。
(ジュエランドに居た頃は、これが普通だった…。本当だったらワタクシは来年、愛作さんの娘さんの琳さんと、こんな風に交流していた筈で…)
今、こうして彼らと居られることは幸せで平穏だ。しかし本当に幸せで平穏だったなら、自分はこの場に居なかった。もしかしたら、そうでなかった方が互いに幸せだったのでは?
急にリヨモはそんな風に思えてきた。それはやがて、雨のような音という形で現れる。
(え? 泣いてるの?)
その音は小さく、伊禰たちの笑い声に掻き消されそうになっていて、光里が辛うじて気付いただけだった。光里はすぐリヨモに声を掛けようと思ったが、それは果たされなかった。
と言うか、それどころではなくなった。
『ニクシムが現れた! お前ら、今は訓練中か? すぐに出撃してくれ』
いきなり各位のホウセキブレスが腕時計の擬態を解き、眩い光と共に切迫した愛作の声を伝えてきた。これで場の雰囲気は一転。一同の表情も一瞬で強張った。
「すぐ映像を出します。場所は……」
リヨモもすぐに気持ちを切り替えて、泣くのを止めた。彼女は頭巾とサングラスを取り、現地の映像を出す為にティアラを外そうとしたが、その必要は無かった。今回の相手は随分と丁寧で、自分から連絡してきてくれたからだ。
「うわっ!? 何だ、この映像!!」
リヨモがティアラを外すよりも先に、ホウセキブレスは空中に映像を投影した。これに声を上げたのは十縷だけだったが、全員が少なからず驚いた。リヨモも鉄を叩くような音を鳴らした。
一同を驚かせた映像は、ホウセキVに似た様相の戦士のものだった。顔しか映っていないが、基調は黒。額には金で縁取られた紫の宝石が備えられている。目許はゴーグルのようになっていて、左側だけに目のような薄紫の装飾があり、白く発光していた。
「ザイガ…」
ホウセキブレスが投影した映像を見て、リヨモは堪らず呟いた。その声は全員の耳に確かに届き、五人とも同時に思った。
(こいつがザイガ。ジュエランド王家を抜け出してニクシムに加わり、ジュエランドを滅ぼした…)
ついに現れた因縁の相手。自ずと一同の表情は険しさを増した。そんな中、映像の中でザイガはヘルメットを脱ぎ、素顔を晒した。黒耀石のような肌に、金糸のような短髪、そして琥珀のような目をした、その顔を。
『地球のシャイン戦隊よ。私はニクシムの将軍、ザイガだ。青の戦士以外は初めて話すな。青の戦士にも、まだ顔を見せたことは無かったか』
素顔を見せたザイガは、徐に喋り出した。その口調は音の羅列といった方が的確な程、抑揚が無く感情も籠っていない。宝石で創られた工芸品のような顔に加えて、この独特な喋り方は明らかにジュエランド人で、この人物こそがザイガなのだと五人とも確信した。五人を緊迫させたザイガは、そのまま喋り続ける。
『今回はお主らと取引がしたい。ジュエランドの無能な王女、マ・カ・リヨモの身柄をこちらに引き渡して欲しい。従わないのなら、それなりの強攻策に打って出る』
ザイガが言い出したことは、取引と言うよりは脅迫だった。
「強攻策とは、一体何をするつもりだ?」
すかさず隊長の時雨がそう訊ねた。するとザイガは「ゲジョー」と言い、その次の瞬間には映像が切り替わった。
「これ、普宙の刑務所ですわね。空に浮いているのは、イマージュエル? マ・ツ・ザイガの物でしょうか?」
切り替わった映像の場所は伊禰が特定した通り、広い刑務所だった。それを見下ろすように、巨大な直方体の黒耀石が宙に浮遊している。この黒耀石がザイガのイマージュエルだという予想は、リヨモが「そうです」と即答したことで正しい判明した。
さて、ザイガは話を続ける。
『マ・カ・リヨモを引き渡さないなら、この施設を破壊する。尤もゲジョーの話では、ここには罪人しか居ないようだから、煮ようが焼こうが構わんかも知れんが』
脅迫の内容は解り易いものだった。殆ど予想通りだったが、それでも一同は息を呑んだ。そして、リヨモは怒りを露わにした。
「ザイガよ。ジュエランドを滅ぼし、次は地球までも…。何処までも其方の好きになると思うでない」
リヨモは湯の沸くような音を上げながら、一番近くに居た光里のブレスを通じて、ザイガに怒りの言葉を送った。そしてこれに光里も続く。
「そうよ。あんたなんかの言うこと、誰も聞かないから! リヨモちゃんだって渡さないし、刑務所だって壊させないから!」
光里は勝手に、社員戦隊を代表してそんなことを言ってしまった。尤も、全員が殆ど同じことを思っていたから問題は無かったが。するとザイガ、僅かに鈴のような音を漏らしつつ、この言葉に返した。
『お主は…緑の戦士? それとも紫の戦士か? まあ、どちらでも良い。どの道、交渉決裂ということで良いな』
ザイガがそう言うと、黒のイマージュエルは黒紫の光を放射しつつ高度を下げる。イマージュエルは地上に達した時、その形を戦車のように変えていた。火縄銃の大筒に似た大砲を二本備え、所々に金の装飾を施した、芸術品のような戦車に。
『見よ。我が宝世機、オブシディアン・チャリオッツの力を』
宝世機に変形したザイガのイマージュエルは、二本の大砲から黒紫の光弾を発射した。刑務所の棟に向けて。二発の光弾はそれぞれ一棟ずつ、刑務所の建物に直撃した。この砲撃で建物は半壊し、一帯はたちまち悲鳴に包まれた。
「いかん…。今すぐ宝世機で普宙の刑務所に急行するぞ!」
この様を見て、社員戦隊が黙っている筈が無い。時雨がそう言うと、即座に五人とも変身。そして各自のイマージュエルを呼んでその中に乗り込むと、空を割ってザイガが暴れる現地へと急行した。
イマージュエルに乗って出撃した社員戦隊を見届けると、リヨモは彼らの後方支援をするべく、神社の離れへと駆けていった。
次回へ続く!
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