社員戦隊ホウセキV/第51話;伝えるべきこと、訊きたかったこと
前回
念力ゾウオ、念力ヅメガを撃破した翌日、五月四日の火曜日。
十縷はいつも通り五時起きで、和都との自主トレに臨んだ。そして寮の食堂が開く頃に自主トレを終え、食堂に一番乗りする。
朝食の場で十縷は和都に訊ねた。
「ワットさんが祐徳先生に反対しなかったの、正直意外です。 “ 師匠と杯を酌み交わすのは、弟子の務めですから ” とか祐徳先生が言った時、ワットさんなら “ 姐さん、大概にしてください! ” とか言い出すかと思ったんですけど」
問われた和都は、面倒臭そうに溜息を吐いた。
十縷の口真似が微妙に下手だったからではない。十縷に話すべきなのか否か、悩んでいたからだ。
しかしその悩みは数秒で、和都は説明することにした。
「あの理由は多分でっち上げで、本当は昨日のうちに話は殆ど決まってたんだ」
ぶっきらぼうに放たれた和都の言葉に、十縷は驚いた。
一体、何があったのか? 話は昨日、戦いを終えて香洛苑遊園地から寿得神社の離れに帰投した時に遡る。
「お前と神明の練習、姫が見てて俺たちに映像を送ってたの、知ってるよな? で、お前と神明のやり取り見てたら、姫と姐さんがはしゃぎ出してな……。あの二人は、良いカップルになるって。で、念力ゾウオを倒せたら、お前と神明をデートさせようって……」
和都の表情の理由など、いろいろな謎が明らかとなった。十縷は納得できたが、正直なところかなり呆れた。
(リヨモ姫と祐徳先生、少女漫画の読み過ぎ? 軽過ぎでしょう……! 多分、祐徳先生が悪ノリして、ワットさんと隊長は止められなくなったんだな……)
その時の様子を、十縷は容易に想像できた。伊禰はともかく、リヨモがそんなことを言ったのは意外で、生温かい笑いしか出なかった。
和都はついでに、伊禰もリヨモもラブコメの少女漫画が好きで、ヲタク友達みたいな関係であるという情報まで追加した。
更に和都は、こんなことまで知っていた。
「そう言えばお前、ちゃんと社長に言えよ。実業団陸上連盟に、ニクシムが出た時の対応がどうのって話。神明に約束したんだろう? 社長、今日は即売会に自分の客が来ないから自由で、三時過ぎに寿得神社にみえるみたいだから。まあその話、本当は副社長にするべきだけど、まだ副社長とは無理だろ?」
朝食を食べ終わってトレイを返却する時、和都は十縷にそう言った。この話も和都に言われるまで忘れていた十縷。こんな形で思い出させられて、素直に驚いた。
(これもリヨモ姫だね。二人だけのつもりだったけど、ブレス越しに聞いてたよね……)
十縷は寛大で「傍受するな!」と怒らず、むしろ約束を思い出させてくれた上に、情報提供までしてくれた和都に感謝していた。
時計の針が二時五十分を回ったところで、十縷は和都に言われた通り寿得神社に向かった。社長と会うので、スーツは大袈裟だがそれなりに余所行きの服装に替えて、十縷は寮を発った。
寿得神社に向かう途中、どう話を切り出そうか十縷は悩んでいたが、それは取り越し苦労だった。
「おお、熱田。奇遇だな。こんな所で会うなんて」
なんと、歩いている途中で愛作と出会ったからだ。
今日はオフだからかオレンジのポロシャツを着ていた愛作くは、隣に薄いピンクのワンピースを着た女性を連れていた。愛作と同世代と思しき小奇麗な女性だった。
「あら、この子が千秋ちゃんの言ってた、新人のエロ助君? 見た目は普通ね」
女性は愛作と親し気で、副社長を下の名前で呼んでいた。しかも、十縷のことを知っているらしい。想定外の展開に十縷が目を丸くしていると、愛作が説明してくれた。
「初対面だったな。この人は俺の妻、花枝だ。今日はいろいろ両親に話すことがあって、二人で来たんだ。で、お前は俺に用事があるんだろう? 面倒だから一緒に来い。人が多い方が面白い」
伊禰やリヨモは何処まで手を回していたのか、愛作は十縷の用事を知っているらしい。その上で、彼を自分の家族会議のようなものに付き合わせようとしていた。
(え? 社長と奥さんと、そしてご両親って言うか先代社長夫妻と一緒に!? なんか、凄い緊張するな……)
この展開に十縷は少し慄いていたが、断りはしなかった。
十縷は社長夫妻に連れられ、寿得神社の鳥居を潜った。進入したのは離れやイマージュエルを匿う小山ではなく、本殿近くにある広めの建物だ。
おそらく、ここが宮司夫妻宅なのだろうと、十縷は一瞬で理解した。玄関に入ると、すぐに一人の老女が出迎えてくれた。
「愛作、花枝ちゃん、いらっしゃい。で、この子は新人のレッド君だね。姫とグリーンちゃんはさっきまで居たけど、もう帰ったよ」
喋り方で、この老女が愛作の母だと十縷は瞬時に理解したが、それ以上にいろいろと驚かされた。
(レッド君とかグリーンちゃんって……。この人、社員戦隊のこと知ってる訳? んで、さっきまで光里ちゃん、ここに来てたの?)
疑問が頭の中に渦巻いている中、十縷は誘導されるまま社長夫妻と共に奥の部屋へと向かう。そして、歩いている途中で一つの疑問は自己解決した。
(まあ、新杜家ってずっとジュエランドと交流してたんだもんね。知ってて当然か)
と、先代社長夫人と思われる老女が社員戦隊を知っていることは納得し、その頃に彼は客間と思しき部屋に到着していた。
老女は来客を残して部屋を離れ、十縷と現社長夫妻がこの部屋に残った。
かくして、この三人でちゃぶ台を囲む。愛作とはもう何度も会っているが、今回は夫人が居るので十縷は普段より緊張していた。
「んで、熱田。そろそろ話せよ。俺に用があるんだろう?」
三人になった時、最初に口を開いたのは愛作だった。
十縷は一瞬ハッとしたが、すぐに息を整えて用件を語り出した。光里との重要な約束を。
「あの……。この前、実業団の陸上大会の時にゾウオが出ましたけど……。あの時、ゾウオが近くに出たのに、すぐ試合を止めなかったの、駄目だと思ったんです。だから、光里ちゃんも出撃するべきか、試合に出るべきか悩んだ訳で……。だから、実業団陸上連盟に言って欲しいんです。ニクシムが出た場合の対応について、ちゃんとしたマニュアル的なものを作るように」
緊張していた割に、十縷は滑らかに考えを言葉にできた。夫人である花枝の前で、ゾウオやニクシムなどの専門用語を出したのは少し失敗かと話してから思ったが、それが取り越し苦労だと気付くのは後の話。
そんなことより、聞き手の愛作は十縷の話にしっかりと耳を傾け、深く頷いていた。
「了解。確かに、お前の言う通りだ。まあでも、短距離走部の監督は千秋…副社長だからな。副社長にしっかり伝えとくよ」
愛作は既に十縷が何を言うのか知っていたのか、簡単に話は通ったようだった。一先ず、胸を撫で下ろす十縷。
そんな彼に、社長夫人の花枝がふと話し掛けた。
「でも貴方、大変よね。会社に入ったばっかりで、急に怪物と戦わされて……。普通の仕事だって、まだ解かんないことだらけなのに……」
この語り口から、花枝が社員戦隊についてある程度の知識があることが明らかとなった。社長夫人からの思わぬ切り出しに、十縷は少し戸惑う。
(社長、確実に社員戦隊のこと話してるでしょ! 部外秘なのに、話して良いの? それとも、新杜家に嫁いだ時点でジュエランドのこととか知るから、特別扱い?)
と心の中でツッコミを入れつつ、思い切って十縷は花枝に話を合わせた。
「そうちゃあ、そうですね。ですけど周りの人が良いから、何とかやれてます。社長もお優しいですし。大変ですけど、この会社で良かったなぁって、思いますよ」
リップサービス的な発言をした十縷。社長の手前なので、そういう意図がゼロではないと言ったら嘘かもしれないが、それでもこの言葉は紛れもない十縷の真意だ。
和都や伊禰、社林部長、光里、そして時雨に社長にリヨモ。これまで十縷は、多くの人たちからの支援を受けていた。その恩恵を、彼は決して忘れていない。
そんな胸中を彼の言葉から読み解き、花枝と愛作は微笑みながら頷く。
雰囲気が良くなってきたところで、十縷は続けた。
「お蔭様で仕事も慣れて来たつもりなんですけど……。ですけど僕、よくよく考えたら、まだ知らないことがいろいろあるんですよ。この際、いろいろ訊いても良いですか?」
十縷は思い切って、諸々の質問を新杜家の面々にぶつけることにした。社長夫妻は動じず、「どうぞ」と受け付ける。そして十縷はすぐに訊ねた。
「ニクシムには、ジュエランド王家出身のマ・ツ・ザイガって奴が居るみたいですけど、そいつは一体、何者なんですか? そいつ、ニクシムに入って自分の国を滅ぼしたのか、それとも国がニクシムに落とされたから寝返ったのか……。凄く気になるんですよ」
単刀直入に、十縷は質問した。一昨日に初めてその名を聞いた、かの人物のことを。
十縷の口からその名が出ると、新杜夫妻は明確に表情を暗くし、返答もすぐにはなかった。
「そう言えば、お前には話してなかったな……」
十数秒してから、愛作が言い辛そうに語り始めた。
次回へ続く!
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