見出し画像

理系女と文系男/第4話;乙女チックなガード

中間テストの最終日。全てのテストが終わった後、ケイとシュー君が私を迎えに来た。
それからタケ君とも合流して、私たちは先生に会いに行った。

「今日の数A、失敗したなぁ。もう、最悪だぁ」
「タケもかよ? 俺も死んだ。もう私大文系で数学は捨てようぜ」

職員室に向かう道筋、ケイとタケ君は文筆部の話ではなく、さっき終わったばかりのテストについて会話していた。

私とシュー君はそんな二人の後ろを歩く。シュー君は一夜漬けで臨んだのか、欠伸ばっかりしていた。私はその横を、呆然と歩いていた。

ふとケイが後ろを振り返って、話し掛けてきた。

「もしかして、まりかまで数A死んだのか?」

私の表情を見て、ケイはそう訊ねてきた。この問にはイラっとした。

「は? そんな訳ないでしょう。あんなの、普通にやってればできるって」

私は苛立ちに任せて、やや粗い語気でそう言った。私がこんな感じで話すのは普通なので、ケイは大して動じない。また前を向いて、ボヤいた。

「だよなー。まりかが理系でコケる訳ないかぁー。脳の構造が違うっぽいもんなー」

このケイのボヤきに、タケ君が同調する。そして欠伸ばかりしているシュー君も、ようやくこの話に絡んできた。

「って言うか、俺たちは計画的にコツコツやれないんだよ。まりかと違って」

シュー君の発言は、彼がいつもテスト前日に焦って一夜漬けしていることを暗に物語っていた。そして、そんな彼の発言にケイとタケ君は頷く。

こんな感じで私は上げられまくっていたのだが、この話に絡んでいく精神的な余裕が無かった。と言うのも、私はテストなんかよりも、この先に控えた先生との対面の方がよっぽど不安だった。

(女子、私だけだから目立つよね。このスカート…)

私が心配していたのは、短くしてしまったスカートのことだ。明らかな校則違反だ。
他にも仲間がいれば紛れられて目立たないから文句を言われにくいが、この面子だとそうもいかない。
厳しい先生だったら、確実に文句を言われるだろう。私は、これから会う先生に叱られる想像ばかりしていた。


こんな阿呆な会話をしながら歩いているうちに、私たちは職員室に着いた。

職員室に入った私たちは、タケ君を先頭に先生の席を目指す。
すると向こうから私たちの存在に気付いたようだ。一人の先生が立ち上がって、私たちに呼び掛けた。

「文筆部? ちょっと待ってて」

若い先生だった。見た感じ、まだ二十代だろう。その顔を見て、私は安堵した。

(新しい先生か。なんか優しそう!)

その先生に厳格な雰囲気は無く、爽やかな印象のある人だった。
スカートのことを厳しく言われる確率が下がった…なんて外見だけで安心していた私は、この数分後にドン引きすることになるのだった。


先生は、やっていた仕事を一段落つけてから待たせていた私たちを職員室の外に誘導し、職員室の向かいにある小さな応接室に連れて行った。

私の期待通り、この先生は私のスカート丈に文句を言わなかったのだが、別の意味でヤバい人だった。

「おっ。ちゃんとスカート短いね。感心じゃん」

応接室に入る時、先生は私にそう囁いた。

(は? この人、そっちかよ!?)

私は背筋が凍るような感覚に襲われた。


応接室は刑事ドラマの取調室に似ていて、小さな机を挟んで私たちは先生と話すことになった。
椅子は二つずつ対面に設置されていた。先生は自分が陣取る側の椅子を一つ、私たちの側に移動させ、四つ目の椅子として部屋の片隅にあったパイプ椅子を追加で設置した。

かくして私たち四人と先生は対面して話すことになったのだけど…。

(え? 私、ここなの? この人、絶対に狙ってるでしょ!)

普通に座れば、机が妨げになって、相手の足元は見えない筈だった。
でも机の長辺の長さは、椅子三つ分しかなかった。四つ目のパイプ椅子は、机から張り出す形で設置された。つまり四つ目のパイプ椅子に座ったら、足元はガードされない。

その四つ目に座ることになったのが、他でもない私だ。

(めっちゃ見てるし! これなら叱られた方がマシだって!!)

私が座る時、明確に先生の視線は私の足の方に伸びていた。

私はちゃんと膝を閉じた。ふとももとスカートの裾の間にできてしまう三角形の穴は、重ねた両掌を添えることで塞いだ。

(調子に乗って、短くするんじゃなかった!!)

とても乙女チックな姿勢でガードを固めざるを得なかった私は、スカートを短くしたことを後悔した。


こんな感じで先生との面談は始まった。まずそれぞれ自己紹介をした後、先生は事前にタケ君が提出していただろう部の方針について書かれたプリントを机の上に置き、いろいろと話した。

私は乙女チックな姿勢を崩さず、このエロい先生の視線を警戒して、ずっと先生の顔を見ていた。
だけど、もしかしたら警戒は不要だったのかもしれない。徐々にそう思えてきた。

(この人、多重人格? めっちゃ真面目じゃん!!)

私がそう思う程、話が本題に入ると先生は人が変わった。視線はプリントと私たちの顔にしか向かなくなった。

「俺が最初に思ったのはさ、文芸部があるんだから、文芸部に入ったら駄目なの?ってこと。新しい部を作るんだから、既存の部ではできないことをしないとさ…」

先のセクハラ発言からは想像できない真面目さを見せた先生のことを、私は「見直した」なんて思っていた。

それでも念のため、私は警戒を続けた。
足を開くなど言語道断!    乙女チックなガードを解くことなく、先生の視線を気にしていたのだけど…。
まさか、この乙女チックなガードが変な形で功を奏するとは、夢にも思わなかった。


話が一通り終わり、面談はお開きになると思われたその時だった。

先生は苛立ちを露わにして、私たちに言った。

「この話の間、ちゃんと俺の方見て聞いてたの、部長さんと女の子だけだったね。案の内容が良くても、そういう態度だと印象がガラっと悪くなるんだよな」

やたら自然な流れで、先生はお説教に移行した。
徹夜明けで欠伸を連発していたシュー君と、人の目を見て話すのが苦手で頻繁に視線を逸らしていたケイが、先生を怒らせたらしかった。

「取り敢えず、活動内容をもう一度考え直してきて」

先生はそう言って、応接室を後にするべく椅子から立ち上がった。
その際に私の横を通り過ぎたのだけど、その際に先生は耳打ちするように言った。

「君が一番、姿勢が一番良かったよ。話も真剣に聞いてくれてたし」

エロい視線を警戒する眼差しと乙女チックなガードを、先生は見事に誤解していた。
完全な結果オーライで、私は誉められたんだけど…。

こんな私が言うのはなんだけど、私はこいつにフツフツと怒りがこみ上げてきた。

(ケイ! 言い出しっぺのクセに何してんの!?)

そいつは私の左側にいた。ケイだ。
私が左側を見た時、彼は退屈そうに下を向いていた。

自分が新しい部を作りたいと言い出したくせに、先生に猛烈な悪印象を与えたケイ。
私はこの怒りを、ケイにぶつけずにはいられなかった。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?