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社員戦隊ホウセキV/第6話;ホウセキチェンジ

前回


 朱く染まり始めた空の下、時雨たち四人は寿得神社の杜の中を突き進む。同行を命じられた十縷は、取り敢えず彼らに続く。その途中、時雨が思い出したように十縷に伝えた。

「一般人に素性がバレないよう、作戦中は色で呼び合うことになってる。俺たちの色はさっき、自己紹介で話したな。お前はレッドと呼ばれるから、そのうち慣れてくれ」

 伝えられたのは、これから特殊部隊で活躍する上で必要な情報だった。時雨は明らかに、十縷の入隊は確定という前提で話していた。十縷は「拒否権は無いんですか?」と思ったが、とても言える雰囲気ではなかった。

(さすがに戦わされることは無いんだよね…)

 十縷は走りながら、そう思って自分を納得させた。

 走ること数分、一行は寿得神社の本殿の裏側にある駐車場に辿り着いた。この駐車場は車が百台近く駐められるくらい広大だが、もう夕刻なので車は数台しか駐まっていない。そのうちの一台であるキャブコン型の白いキャンピングカーに、一行は駆け寄った。これが彼らの足なのだと、十縷はすぐに理解した。

(これに乗って行くの? ヒーロー的じゃないんだね……)

 十縷は派手な特殊車輌で出動することを想像していたが、現れたのは市販の車輛。十縷はこのことに少し幻滅した。隊長の時雨が懐からこの車の鍵を出し、ボタンを押して開錠した。四人はすぐに乗り込み、呆然としている十縷に時雨と和都が「早く乗れ」と促した。


 ハンドルは和都が握り、助手席には時雨が座る。十縷は女性陣と共に、居室部分に陣取った。全員が着座すると、キャンピングカーは寿得神社の駐車場から出撃した。車が道路を走り出すと、時雨は左腕の腕時計をホウセキブレスの形にして、青い宝石部分に向かって喋り始めた。

「こちらブルー。司令、応答願います。宝暦八年四月一日、午後五時三十一分、寿得神社を出ました。現地の被害状況など、宜しくお願いします」

 その様子を後ろから見ていた十縷は、一瞬だけ「何をしてるんだ?」と首を傾げたが、すぐにこれが通信なのだと認識した。時雨のブレスから愛作の声が聞こえてきたからだ。

『場所は佐浦さうら中学・高校。出たのはウラーム。10体は下らないな。運動部の生徒を中心に被害が出ている。警察や救急隊はまだ駆けつけてない』

 ブレス越しの愛作の声は意外に通り、居室の十縷たちの耳にも届いた。新たな専門用語に十縷は首を傾げたが、それには頓着せず周囲は事を運ぶ。

『皆さんのブレスに、現場の光景をお送りします』

 次に時雨のブレスから聞こえてきたのは、音の羅列のような喋り方をする女性の声。マ・カ・リヨモだ。その声が聞こえた次の瞬間、十縷は堪らず驚いて声を上げてしまった。

「すげっ!? これ、ホログラム!? この腕輪、何でもできるじゃん……」

 状況は十縷が言った通り。ブレスの宝石部分がいきなり光り、空中に現地の光景と思しき映像を投影し出したのだ。しかも通信していた時雨だけでなく、運転中の和都を除く全員のブレスが作動したのだ。ところで先輩方は慣れた様子で、動じていなかった。

「初めは驚きますわよね。映像まで届くんですもの。このブレス、便利ですのよ」

 驚いている十縷に、正面の伊禰が微笑みながら解説してくれた。
    彼女の話によると、愛作が交信する橙色のイマージュエルがニクシムの存在を探知する能力を持っているらしい。そして、マ・カ・リヨモは無色透明のイマージュエルと交信でき、橙色のイマージュエルとリンクさせてニクシムが出現した付近の光景を映し出すことができるようだ。

「この車もイマージュエルを積んでいましてね。原理は解らないのですが、渋滞があっても何故かスムーズに進めて、凄い短時間で目的地に着けますのよ」

 そんな調子で、伊禰はいろいろと解説してくれた。しかし、その内容は現実離れし過ぎている。十縷は「そうですか」としか返せなかった。

(とにかく、これが現場の映像か……。ドロドロ怪物、酷いな……)

 十縷はブレスが空中に投影する映像をまじまじと見据え、顔を歪めた。映像には、同じ姿をした複数体の人型の異形が映っていた。表皮は石のように硬そうで褐色をしており、白い線上の模様が這い回る蚯蚓の様に刻まれている。模様はHgやCrなどの元素記号に見えなくもない。顔は甲殻類に似ており、黒く丸い球体の眼と、複雑な歯を持つ横開きの口が特徴的。そして、鉈のような武器を持っている。これがウラームという異形の外観だ。

(本当に人間を襲うのか……。人間を憎んでるのか? 怒ってるみたいだ)

 映像の中で、異形たちは鉈のような武器を振り回し、夕暮れの運動場を逃げ惑う高校生たちを、手当たり次第に襲っていた。斬られた者たちは苦しみながら倒れ、悲鳴を上げる。この惨状を見て、十縷は身震いが止まらなくなった。

「生徒さんたちが校舎の中に逃げ込みますから、ウラームたちもそれを追って雪崩れ込んでいますわね。逆に、学校の外に出ていくウラームは居なさそうですわね」

 震えている十縷とは対照的に、先輩方四人は冷静だ。映像を眺めながら、伊禰が現状を述べる。

「殺された者は居なさそうだな。例によって、傷めつけるだけ。可能ならマゼンタに彼らの治療を頼みたいが、ウラームが多いから難しそうだな。こっちは救急隊任せか……」

 時雨の方は被害者に目を向け、どう対応すべきなのかを検討していた。


 伊禰が説明した通り、キャンピングカーはごく短時間で現場に到着した。車外から人々の悲鳴が聞こえてくる。そんな惨状と化してしまった学校の正門をキャンピングカーはくぐり、正門から最も近い棟の前に駐車した。

     車を停めると、時雨と和都は居室へと移動してきて、伊禰と光里も立ち上がった。このまま打ち合わせという雰囲気が感じられたので、十縷も彼らに合わせて立ち上がる。すると、その途端に時雨は言った。

「レッド。お前はまだ何の訓練も受けていないから、当然だが戦闘には参加しなくていい。姫が送ってくださる映像をブレスで受信して、戦いを見ていてくれ。それが、特殊部隊としてのお前の初仕事だ。それと、車の外には一歩も出るな。出たら死ぬと思え」

 切れ長の目で淡々と話されると、十縷は自ずと直立不動になった。そして、返事も「はい」しか出なかった。十縷への伝達の後、時雨は全体の役割分担を決める。

「ウラームは全て、運動場から移動して体育館と校舎に入ったようだ。教室のような狭所だと長い剣は不利だから、校舎の方はマゼンタとグリーンに頼みたい。俺とイエローは体育館の方に行く」

 時雨の案に異論を唱える者はおらず、伊禰たち三人からはすぐに「了解」と返ってきた。大雑把だが方針は定まった。すると後は実行するのみと、一同は次の動きに移る。

「ホウセキチェンジ!」

 時雨たち四人は、唐突にブレスを装着した腕を前方に突き出すと同時に、妙な単語を叫んだ。その奇行に十縷は堪らず驚いたが、本当の驚きはここからだ。

「おおっ……! 本当にピカピカ軍団なんだ……!」

 四人のブレスに備わった宝石は眩く発光し、その光で持ち主を包む。その眩しさに十縷は一瞬だけ目を閉じたが、再び目を開くと彼らの様相は変わっていた。

     手首にホウセキブレスを巻いている点は目を閉じる前と同じだが、他の部分は全く違う。リクルートスーツを模した黒が基調の全身スーツが、彼らの体を包み込んでいた。
   下は男性がズボン様で女性がスカート様となっている。目を惹くのは、黒いヘルメットに備えられた宝石のようなゴーグル。青、ピンク、黄、緑と個人ごとに色が異なるのは勿論、形も各位で大きく異なっている。
     このゴーグルと、胸元に覗くカッターシャツのような部分、そして腰に巻かれたベルトのバックルが各位の色となっており、黒の占める割合が高いスーツの中で各位のコードネームに説得力を持たせていた。

「宝暦八年四月一日、午後五時四十二分、戦闘開始!」

 青いゴーグルの戦士が時雨の声で、そう言った。他のメンバーはそれに続いて掛け声を上げる。それを合図に、彼らはキャンピングカーの外へと駆け出していった。

 十縷は勿論、時雨に言われた通り外には出ない。車の中に残り、ブレスの宝石が映し出す映像を凝視する。変身した四人が車外に出ると、映像は生徒たちを襲うウラームから現場へと走る四人に切り替わった。それを見守る十縷の心拍数は、確実に増加していた。


次回へ続く!


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