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社員戦隊ホウセキ V/第30話;握力の限界

前回


    四月十二日の月曜日、午前九時頃に東京は多可駄婆駅の近辺にゾウオが出現した。今日の仕事を始めようとしていた十縷たち社員戦隊は、この知らせを受けてすぐ現地へ急行した。


 移動中、社員戦隊は作戦を次のように決定した。
 まず、マゼンタ・イエロー・レッドの三名が扇風ゾウオを引き付け、自分たちの方に風を起こさせる。
 三人が風攻撃に耐えている間に、別行動のブルー・グリーンの二名が後ろから迫る。ブルーが射撃で扇風ゾウオを怯ませた後、グリーンが俊足で跳び掛かって扇を強奪。更には破壊する。
 最後は風から解放されたマゼンタたち三名も加わり、一気に畳みかける……と。


 それから程なくして、社員戦隊の一行は付近のパーキングメーターにキャンピングカーを駐め、二手に別れて現場へと走った。

『ゾウオが三叉路の交差点に入ります。マゼンタ班、飛び出してください』

 ブレスからリヨモの声が響く。離れでティアラが映す映像を見て、合図を出したのだ。その声を受けて、マゼンタたち三人は走り出す。

「ゾウオ! そこまでですわよ!!」

 Y字路の交差点の右へ進む道の方から、彼らは姿を見せた。逃げ惑う人々を避けつつ、彼らと逆向きに走って。自分たちの存在を強調するように、中央のマゼンタは叫んだ。
 その声は、Y字路の分岐点に達していた扇風ゾウオに右を振り向かせた。

「お前らがシャイン戦隊か!? ぶっ飛ばしてやる!!」

 多少の人混みに紛れても、宝石で彩った全身スーツの三人は目立つ。扇風ゾウオは迷わず、彼らに向けて扇を振った。暴風が巻き起こり、その先に居た者たち全員が捕まる。

 一般人は強過ぎる追い風を受けて進行方向に吹っ飛ばされ、マゼンタたち三人は向かい風を受けて元来た道を幾分か戻された。
 それでも彼らは踏ん張り、何とか同じ位置に留まる。そして、レッドとイエローはホルスターからガンモードのホウセキアタッカーを取り出し、射撃を試みようとする。しかし、それを許す程相手は甘くなかった。

「耐えたか……。それなら、少し強くしよう」

 扇風ゾウオがそう呟くと、扇から生じる風は明らかに強くなった。
 これには三人とも堪らず体勢を崩した。レッドとイエローは銃を前に向けられなくなり、仕方なくホウセキアタッカーをソードモードに変形させて路面に突き刺した。これにしがみつき、吹っ飛ばされないようにする為だ。
 武器を持たないマゼンタは二人より後ろまで転がされたが、何とか街灯にしがみついて堪えた。

「まだ耐えるか? でも、近くからならどうだ?」

 扇風ゾウオは扇を振り続けながら、三人に歩み寄った。距離が近づくと必然的に風は強くなり、三人は苦しむ。
 対する扇風ゾウオは少しずつ距離を詰め、「いつまで耐えられるかな?」と三人を嘲笑った。

(奴はこっちに気を取られてる……。作戦通り、上手くいってる!)

 マゼンタたち三人の心の声は、殆ど一致していた。彼らの任務は陽動なので、この風に耐えればいい。ひたすら耐え、別動隊のブルーとグリーンの奇襲を待つだけだ。今のところ、この作戦は上手く進んでいた。


 別行動のブルーとグリーンは、Y字路の左へ進む道を逆走していた。扇風ゾウオがY字路の右へ進む道に進入し、マゼンタ班と交戦しているという情報は入っている。彼らもまた、このまま作戦は成功すると思っていた。

 しかし相手も甘くはなかった。

(三人だけ? 青と緑はどうした?)

 そう思ったのは扇風ゾウオではなく、ゲジョーだ。彼女はY字路の縦の道で、右の道に進んだ扇風ゾウオを後ろから見ていた。そして疑問を抱くや、すぐ左に進む道に目をやった。

(ほう……。赤と黄と紫は囮か。考えたな)

 ゲジョーは見た。三叉路の分岐点で、ブルーとグリーンが左の道に姿を隠しながら、右に進む道を見ているのを。奇襲の機会を窺っているのは明らかだった。

「貴様らの好きにはさせんぞ」

 それに気付くとゲジョーは動く。右手はスマホによる撮影を続けたまま、左手を後方に振った。

 その拳が宙を叩くと蜘蛛の巣状の皹が走り、ガラスのように割れる。たちまち虹色の光が渦巻く穴が生じ、そこから多数のウラームが湧いて出てきた。

『ブルー、グリーン! ウラームが出たぞ!』

 ウラームの出現を最初に察知したのは愛作。その存在を指環が察知し、警告灯のような光を発したのだ。

 その通信を全て聞き取るより先に、ブルーも音と匂いでそれを察知した。そして二人が振り向くと、多数のウラームが信号無視をして向こうの歩道からこちらに迫って来るのが見えた。

『さっきスカートが捲れてた女の子です。あの子がウラームを呼び出しました』

 愛作の指環が光ると同時に、リヨモのティアラもその光景を投影していた。そのことが伝達された時、既にウラームたちは横断歩道を渡り切っていた。
 ブルーとグリーンは扇風ゾウオへの奇襲を中断し、迫るウラームに対応せざるを得なくなる。二人はホウセキアタッカーをソードモードにして、鉈を振り回して襲って来るウラームと剣戟を繰り広げた。

「こちらブルー。ウラームの襲撃を受けた。暫く、そちらには向かえない」

 ブルーは戦いながら、この現状をブレス越しにマゼンタ班にその旨を伝える。

 ウラームの数を考えると、全てを倒すのに数分は要するだろう。メットの下で、ブルーとグリーンは顔を顰めていた。

 ゲジョーは少し離れた位置から、この光景を淡々と撮影し続けていた。


 かくしてブルー班による扇風ゾウオへの奇襲はお預けとなり、マゼンタ班は風に苦しめられ続けることとなった。

 彼らに少しずつ接近した扇風ゾウオは、前方のレッドとイエローまであと5m程度の所で足を止めた。

(もっと寄れよ……! そうすりゃ、隙見て反撃できそうなのに……!)

 おそらく扇風ゾウオは、強い風を当てることができ、かつ反撃を受けにくい最適な距離を選択したのだろう。
    知略の回る相手にイエローは舌を打つ。

「悪い想像をなさらないで! 気合で耐え抜きますわよ! どんな時でも、十縷じゅうるの望みに縋れるんですものね!」

 街灯にしがみつくマゼンタは、レッドとイエローを鼓舞するように叫ぶ。十縷の言葉も引用して。その声は強風に負けず、前方の二人の耳に届いた。
   その声にイエローは頷いたが、レッドは違った。

(そうは言いますけど……。僕、貴方より前ですから、もっと風が強いんですよ……。しかも、昨日の疲れも残ってる……。伊勢さんみたいなパワーも無い……)

 今のレッドは、悪いことしか考えられなかった。地に差した剣を握る手も、激しく悲鳴を上げる。そしてレッドは、ついに心の中で呟いた。

(もう、握力の限界だ……)

 そう思った途端、レッドの指は剣の柄を離した。
 レッドの体は落ち葉も同然に、軽々と後方に吹っ飛ばされる。彼は瞬時に隣のイエローの視界から消え、後方のマゼンタを通り過ぎて更に転がされる。その先には、運悪く蓋を失ったマンホールがあった。申し合わせたようにレッドはこの穴から地下に転げ落ち、一同の視界から消え去った。

「レッド!!」

 イエローとマゼンタは思わず絶叫する。しかし、自分たちも強風に捕まっている今、彼を助けに行くことはできない。マンホールに落ちたレッドの身を案じつつ、彼をそこに突き落とした扇風ゾウオを睨みつけるくらいしかできなかった。

「いいザマだな! 次はどっちだ? あんま無理すんな。疲れて来ただろ?」

 レッドを吹っ飛ばした扇風ゾウオは、満足げに高笑いする。イエローとマゼンタも防戦一方なので、勝ったも同然と浮かれているようだった。


 ゲジョーの撮影する映像は、ニクシムの本拠地である小惑星に届けられる。
 マダムたち三将軍はニクシム神の祭壇のある部屋にて、銅鏡に映るその映像に食い入っていた。

「新しいゾウオ、なかなか腕が立つのう。単純な能力だが、あの地球のシャイン戦隊が手も足も出せんとは」

 今のところ扇風ゾウオが優位なので、マダムはご満悦と言った様子だ。それにザイガも続く。

「扇風ゾウオは自分の能力を理解している。青の戦士と緑の戦士に気付いて、ウラームを呼んだゲジョーの判断も良い。有能だ」

 ザイガは鈴のような音を鳴らし、扇風ゾウオとゲジョーの戦果を称えていた。
 しかしスケイリーは素直に喜べず、銅鏡から目を逸らして舌打ちしていた。ザイガは振り返り、そんなスケイリーの様子を把握すると共に、ニクシム神が放つ光も確認した。

(まだまだ少ないが、焦らず少しずつ。確実に恐怖や苦しみは集められている)

 ザイガの顔は石像のようで変わらないが、何処かほくそ笑んでいるようにも見えた。


次回へ続く!

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