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社員戦隊ホウセキ V/第53話;救済すべき星

前回


 念力ゾウオと念力ヅメガの敗北を見届けた後、ゲジョーは小惑星に帰還した。

 そして理不尽にも念力ゾウオに負わされた傷をマダムに治療されながら、考えていた。念力ゾウオに襲われた自分に寄り添った光里に、マダムに似た雰囲気を感じたことについて。

(あいつがマダムと同じくらい慈悲深いとでも言うのか? 邪悪な地球人がか!?)

 ゲジョーは過去の記憶を掘り起こし、地球人について考え始めていた。

 地球は日本の時間で昨年の八月だった。ゲジョーが地球を調査する命を受けたのは。
 当時、将軍になって名を改めたばかりのスケイリーに声を掛けられた。

「ザイガ将軍は、逃げ出したジュエランド王家の生き残りを殺してぇみたいでな。その生き残りが地球とかいう星に逃げ込んでるらしくて、そこに攻め込みてぇって、ずっとマダム・モンスターに言ってるんだ。でもジュエランド王家の生き残りは小娘一匹だから、マダム・モンスターは興味が無いらしくてな」

 ニクシム神の祭壇のある部屋へと続く洞穴を進む途中、スケイリーはゲジョーに愚痴っぽく言っていた。
 どうやら、マダムとザイガは揉めているらしい。それはそうと、どうしてゲジョーに用件があるのか?
 ゲジョーが首を傾げる中、スケイリーは話を続けた。

「だけど、急にマダム・モンスターの気が変わってな。地球がお前の居たグラッシャみたいに酷い星なら、救わなきゃいけねえって。だから、酷い星なのかどうかを調べる必要があるんだと」

 ここまで聞いて、ゲジョーは訊ねた。

「まさか、その調査を私に?」

 問われたスケイリーは、即答で「そうだ」と言った。思わずゲジョーは目を丸くした。

 そんな会話をしていると、気付けばニクシム神の祭壇がある部屋まで辿り着いていた。そこにはマダムとザイガが居た。
 そこで改めて話を聞いたのだが、ゲジョーは思った。

「そのような重大な任務、私で宜しいのでしょうか? 間違いで、罪なき星を滅ぼすようなことになったら……」

 地球を救済すべきか否か。そんな重大な任務を自分が担って良いのか? マダムの方が適任なのでは? ゲジョーにはそう思えて仕方が無かった。
 この疑問に対しては、マダムが眉間に皺を寄せながら答えた。

「確かに、わらわがやるべき事かと思ったが……。しかし、妾はスカルプタやジュエランドを見守られなければならぬ。ここを長く空けるのは難しい。じゃから、其方そなたに頼むしかないと、考えた次第じゃ」

 ニクシムが支配者を打倒した各星では、今まさに新たな社会が成り立とうとしている。そこでまた、横暴な支配者が現れては元も子もない。という理由で、マダムはこれらの星を見守っていた。
 だから何光年も離れた地球に行き、不在期間を作りたくないとのことだった。

「解りました。その任務、心して務めたいと思います」

 ゲジョーはマダムとザイガの前に跪き、そう宣言した。
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 かくしてゲジョーは地球へ赴くことになったのだが、遠い星への移動はかなり高度な技術な上に、大きな問題があった。

 ザイガがジュエランドから寿得神社へ行っていた頃は、寿得神社のイマージュエルと自分たちのイマージュエルを共鳴させていた。しかし、寿得神社のイマージュエルは憎心力を弾くので、ニクシム神を寿得神社のイマージュエルと共鳴させることは不可能。だから別の石を使う必要があった。

 そんな都合の良い石があるのか…と思われたが、意外にも地球には多数のダークネストーンが存在していると、ザイガは語った。地球でそれらは祟り石などと呼ばれて畏れられていることも。

「多数のダークネストーンが存在しているということは、虐げられた者の嘆きが多いということなのじゃろうか? この時点で、地球は悪しき星なのかもしれん……」

 その情報を聞き、マダムは怪訝そうに呟いていた。
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 数日後、ゲジョーは本当に地球へ発つこととなった。ニクシム神を祀る部屋で、三将軍がゲジョーを見送る。
 出発の直前に、マダムはゲジョーの両肩に両手を掛けた。

「危険を感じたら、すぐ戻って来るのじゃ。連絡も頻繁に入れよ」

 掛けた言葉は、過保護な母親のような心配事だった。これを受けてゲジョーは反抗期の娘とは真逆に、この言葉を嬉しく受け止めて表情を凛々しくした。

「ありがとうございます。それでは行って参ります」

 ゲジョーは三将軍に深々と頭を下げた。それから踵を返し、目を閉じて地球にあるダークネストーンを探る。

(これだ。かなり弱く感じるのは、遠いからだ。これが地球だ)

 意外にあっさりとダークネストーンの気配を感知できた。目星が付くと、ゲジョーはすぐに空を叩いて七色の光が渦巻く穴を開け、いざゲジョーは地球へと踏み出した。
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    この日から、ゲジョーは地球と小惑星・ニクシムを行き来するようになった。この時、ゴスロリ調のスカルプタの装束は目立ち過ぎることに気付き、たまたますれ違った女子高生の制服をコピーし、地球ではその恰好で活動することにした。



 頻繁に図書館を訪れて、蔵書を片っ端から読んでいき、とにかく地球について知ろうとした。

 実際に歩き回って、地球の様子を目で見ることも怠らなかったのだが、ここでかなり酷いものを目にした。

(これは自動車という物だったか? 確かに速く動けるが、間違って当たったら死んでしまうぞ。よく、こんな物をこんなに沢山走らせるものだ……)

 まず驚いたのは自動車。歩道と車道に分かれているものの、車の速さにゲジョーは純粋な恐怖を感じた。

 そんなことを思って信号を待っていると、更に驚愕の事態が起きた。
    隣の交差点で、一台の車が赤信号なのに猛スピードで突っ込んできたのだ。横断歩道を渡っていた人々が、その車によって何人も跳ね飛ばされた。車は中央分離帯に激突し、それを破壊して自身も止まった。
    遠方だったが、ゲジョーの目にはその光景がくっきりと見えた。

(やはり自動車とやらは、危険だ……。少し間違えたら、こんなことになるのに……それなのに、どうして何台もこんなものが走っているのだ?)

 ゲジョーは車に対する恐怖心を更なるものにした。
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 ある夜は、たまたま【酔っ払い】という人種に絡まれて厄介なことになり、【警察官】という者たちに助けてもらった。

「この辺は呑み屋も多いし、路上で呑んでる連中も多いからさ。夜に女の子が一人で出歩くのは危ないよ」

【交番】という建物の中で、警察官は助けたゲジョーにそう言った。ゲジョーは彼の言葉が少し気になった。

(呑んでいるとは、おそらく酒という液体のことか? 脳の機能を低下させ、理性を失わせるという。先の者は、酒を呑んで理性を失っていたのか?)

 ゲジョーはまず、【呑む】などの言葉の意味を文脈と知識から類推した。その上で、彼女は思った。

(この者、酒を呑んだ者が居るから気を付けろと私に言ったが、筋が違わないか? あのような者が居ることが、問題なのではないか?)

 ゲジョーが気になったのはこの点だ。
    警察官は「ああいう奴がいるのは仕方ない」という前提で、その上で自分の身を守るようゲジョーに話した。
    だが、【そういう奴】を【仕方ない】で流して良いのか? そう思ったゲジョーは、すぐそれを言葉にした。

「何故、あのような者たちを平気で道端に放つのだ? 周囲を危険に晒しているのに。呑み屋とやらは、それを知っていて酒とやらを売っているのか? だとしたら、私に警戒を促すよりも、呑み屋とやらを規制する方が先決ではないのか?」

 言われた警察官は、暫く硬直していた。

「気持ちは解るけどね。でも、呑み屋の人の生活もあるからね。勿論、ああいう酔っ払いは駄目だよ。だけどさ、酒をこの世から無くせとか、吞み屋を潰せとかってのは極論じゃない? 節度を守って呑めば、問題ない訳だし」

 警察官の答は、一般的な日本人としては模範解答だった。しかし、地球人ではないゲジョーは納得できない。

(節度を守る? それを個人に委ねて良いのか? 現に、あんな者がいるのに。呑み屋を潰してはならないだと? 周囲に害を及ぼしていると、認識しているのにか? 周囲への害より、己の利益や愉悦を優先するのか!? 吞み屋とやらが他の道で生きていけば、事は簡単に解決するというのに……)

 ゲジョーはこれを肉声にはしなかった。おそらくこの警察官には通じないと、直感的に悟ったからだ。
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 その後、図書館でバックナンバーの古い新聞も読み漁り、更に地球の悪い面を知った。

(飲酒運転という行為をする者もいるのか? 車は人間を殺せる道具なのに、よくも酔った状態で乗れるものだ。それに、酒に酔って暴力を振るう者も多いのか。しかし、酒を売っている者たちが責められることはない。車を止めようという声も無い)

 飲酒事故の記事は多かった。事故の原因となり得る液体が平然と売り捌かれていることをゲジョーは悍ましく思い、顔を歪めた。

 また、こんな情報も得た。

(カミツキガメやブラックバスは、他所者扱いされて殺されているのだな。ジュエランドのカムゾンやギルバスに近い? いや、もっと酷い。人間たちの手で他所から連れて来られたのに、迷惑者扱いされて殺されているのか!)

 外来生物に関する情報を見た時、ゲジョーは同情を通り越して怒りすら覚えた。人間の都合で殺されているだけでも酷いのに、その原因は人間が作ったものなのだから更に酷い。ジュエランドのカムゾンらよりも酷い仕打ちに遭っている。
 ゲジョーはそう感じた。
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 約一ヶ月かけてゲジョーは地球を調査し、その結果を三将軍に報告した。
 報告を受けたマダムは考えを改め、地球はジュエランドやグラッシャと同じく、弱者救済結社・ニクシムの救済対象となった。

   

 去年の地球で調査を振り返っていたゲジョーは、少しずつ表情が険しくなっていた。それこそ、彼女を治療するマダムに心配される程度には。

「何か悩んでおるのか? 念力ゾウオに攻撃されたことではないな」

 マダムはゲジョーの心中を的確に察していた。取り繕っても仕方ないので、ゲジョーは素直に話した。

「はい。……念力ゾウオに攻撃された時、緑の戦士に介抱されました。その時の緑の戦士が、まるでマダムのように思えまして……。以前、スケイリー将軍が戦闘中に  “   緑の戦士がマダムに似ている  ”   と仰いましたが、今の私も同じことを思っています」

 包み隠さず、自分の胸中を語ったゲジョー。マダムはそれをしっかり聞き、悩むように首を傾げた。

「しかし腑に落ちません。悪しき地球人とマダムが似ているなど」

 ゲジョーが地球人、というか地球人の築いた社会に抱いた悪印象は深い。
 マダムはゲジョーの困惑を受けて少し唸り声を上げたが、すぐに考えがまとまったようだ。

「まあな。妾も、其方の報告を聞き、地球を救済するべきだと感じた。しかし全ての地球人の全ての面が邪悪、ではないのだろう。誰しも、優しい面と醜い面を持ち併せている。其方はこの度、たまたま緑の戦士の優しい面を目の当たりにした。おそらく、そういう話だろう」

 まずマダムは一般論を語った。ゲジョーはマダムを見上げて、一言一言に深く頷く。
 そして、マダムは続けた。

「だが、緑の戦士がマ・カ・リヨモに仕えていることは事実。ザイガの話では、マ・カ・リヨモはジュエランドの悪王、マ・スラオンの悪しき思想に染まり、腐った考え方しかできんとのことだ。そのような者に仕えている時点で、緑の戦士は断じて善人ではあり得ん。少しばかり良い面が見えたからとて、惑わされるな」

 あくまでも、彼女は悪。マダムはそれを強調した。
 ゲジョーはその話を一言一句確かに受け止め、しっかりと己の脳裏に刻んだ。

「畏まりました。絶対に惑わされません。奴は、悪しき者に仕える我らが敵。虐げられる者たちを救うという私たちの目的を忘れず、任務に専念します」

 マダムの顔を見上げて、ゲジョーは力強く言った。その熱い視線をマダムは確かに受け止め、頷きながらゲジョーの頭をそっと撫でた。
 ゲジョーの顔は綻んだ。

(この温かさこそが本当の愛。私はそれを知っている。絶対に惑わされない!!)

 心の中で、ゲジョーは何度もそう叫んだのだった。


次回へ続く!

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