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叶とわ子・外伝/第二話;妖精

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

    この作品は、pekomoguさん原作の『心の雛』のスピンオフ作品です。

【心の雛】の原作マガジン

https://note.com/pekomogu/m/me0868ad877bd


 妖精の血や涙を医療資源として活用する。上層部がこの方針を打ち出したのは、今から約十年前のこと。奥野心がまだ大学生だった頃だ。この頃、叶とわ子は既に第一線で活躍しており、心の病の業界で若き名医として名を轟かせていた。


 約十五年前から数年間に亘り、大国が戦争を行っていた。日本も大国を支援する為、土木作業員という名目で多数の人民を戦場に送り込んでいた。救援物質という名目で、多くの企業が戦場で使われる製品を量産する体制に入った。

 その結果、身体を欠損するレベルの重傷を負った者や、精神を蝕まれてしまった者を大量に抱えることになってしまった。戦争が終わっても、この大量の患者たちへの対応という大きく重い宿題が残ってしまったのだ。


 しかし、戦争に参加して得たものは患者だけではなかった。


 戦闘地域の中に、存在を周知されていない生物が生息している小さな集落があった。

 形は人間に酷似しているが、体長はオレンジ1個分程度。背中には、蜻蛉などを思わせる透明な脈翅を4枚有している。主食は花の蜜。そんな生物だった。

 その集落には人間が作った花畑が広がっており、翅を持つ小さな人型生物はそこで食糧である花の蜜を確保していた。その返礼として、人型生物は人間に傷病者が出た場合に、血や涙を提供していた。
    この生物の血はどんな傷をも瞬時に治し、この生物の涙は肉体の病なら瞬時に治すと言わしめる程、有用な薬だったからである。

 この小さな生物は妖精シルフと呼ばれていた。

 この集落では、人間と妖精が共存していたのだ。

 しかし、この集落にも戦禍は容赦なく襲い掛かった。
 色とりどりの花で覆われた大地は焦土と化し、多くの人々が命を奪われた。勿論、妖精も人間の戦禍の煽りを受けて、多くの者が命を奪われた。

 そして上層部に妖精の存在と、医療資源としての有用性を知られることとなってしまった。


*  *  *


 戦争が終わって間もないうちに、妖精を医療資源として活用する為、上層部は有識者会議を開いた。

 会議には様々な分野の第一線で活躍する者たちが招かれた。心の病の業界からは、叶とわ子を含めて二人の医師が招かれた。
 もう一人の医師は、叶とわ子のように心に触れる性質たちは持たないものの、薬を使わずに心を整える『カイロプラクティック』の医師だった。浅黒い肌に、筋骨隆々という言葉が相応しい体格をした、厳つい男性だった。


 会議は生態学の学者の説明から始まった。

「我が国にも『人魚の肉を食らうと不老不死になれる』、『河童が軟膏を提供した』のような伝承があることから、当該地域のように薬の原料となり得る未確認生物が存在した可能性は充分にあると考えておりました。そして民俗学の深町先生の協力のもと、そのような未確認生物が生息している可能性がある地域を調査した結果、我が国にも当該地域で妖精シルフと呼ばれていたものの類縁種と考えられる生物が発見されました」

 説明と共に、広い会議室に設けられた大きなスクリーンに、画像が映し出された。高山草原と思しき場所で、花蜂のように花の周囲を飛翔している妖精の動画が。
 人形やCGを使った捏造動画ではないと誰もが思う程、綺麗な画像だった。

 会議室は動響どよめきに包まれた。その動響きが止まぬ中、生態学の学者は説明を続けた。

「数日間に亘る調査の結果、妖精は非常に凶暴で、相利そうり共生きょうせいの難しい生物であることが判明しました」

 非常に凶暴という語句に、動響きの音量は自ずと上がった。

 しかし妖精が凶暴とは、どういうことか? 生態学の学者はこのように語っていた。

 妖精は超能力を使える。人間の中にも稀にそのような者はいるが、おそらく妖精はそのような能力を持った個体が多いか、はたまた全ての個体がその能力を使える。

 能力は念動力に分類されるもの。妖精の自重より遥かに重い石や、場合によっては人間をも動かすことができる。

 捕獲しようとした者の一人が念動力に捕まり、崖の下に突き落とされ、殺されてしまった。

 言語は有しておらず、「チィィィィッ!」という鳴き声しか発しない。
 意思疎通は困難で、当該地域のように共生関係を築くことは不可能だろう。

 人を殺せるほど強力な念動力を使えることを考慮すると、施設での養殖も困難だろう。

 そうなると、妖精を医療資源として利用する為には、生息地で野生の個体を猟によって確保するしかない。

  

 報告の内容は、この数年後に奥野心が保護し、ひなと命名した妖精からは考えられないものだったが、生態学の学者は嘘を吐いていた訳ではない。
 話したことは全て真実だった。


 今回、調査した地域には、『翅の生えた小人をすり潰すと、万能の薬が得られる』という伝承があった。この伝承は事実で、この地域では古くから妖精狩りが行われており、今日まで細々と続いていたのだ。

 結果、この地域の妖精は人間を過度に恐れるようになっていた。戦禍に見舞われた地域とは、全く事情が違ったのだ。


 しかし、そんな背景を現代人…しかもこの地域に所縁の無い者たちは知らない。

 かくして、調査団が発見した妖精を捕獲しようとした時、その妖精は殺されると思い、調査団の一人を遠ざけようとして強力な魔法を発動したのだが…。
 運んでしまった場所が悪過ぎて、最悪の結果を招いてしまったのである。

 この妖精は魔法を発動する為に、翅を四枚とも犠牲にした。飛べなくなったこの妖精は、術を掛けられなかった調査団の者がその場で踏みつけ、命を奪われた。
 そして亡骸はサンプルとして確保された。



 そして会議のマイクは、薬理学の学者へと引き継がれた。

「生態学の先野先生のチームが持ち帰った妖精の死骸、及び周囲に飛び散っていた妖精の分泌物と思われる青色の粉末を、背部に裂傷を負ったラット、及び肺炎球菌に感染させたラットに投与しました」

 この学者の話によると、妖精と共存していた地域の伝承と同じく、妖精の血液は裂傷などに有効。分泌物と思われる青い粉末は感染症に有効とのことだった。
 会議室のスクリーンに画像を映しながら説明がなされたが、調査研究の為の科学実験の経験がある者からすれば、随分と雑で不充分な報告だった。

 なのだが、そのまま話は昆虫学者に引き継がれた。

「ラットの感染症に有効だった青い粉末状の分泌物は、妖精の視覚器付近の腺から分泌されるものであることが判明しました。位置的には、私たちの涙腺と同じ位置です。おそらくありの仲間が分泌する【警報フェロモン】と同様の物質で、本来は外敵に襲われた時、仲間に危険を知らせる為の物質かと推察されます」

 先から語られている『妖精の青い分泌物と思われる粉末』とは、妖精が流した涙が結晶化した物である。

 おそらく、最初に調査団の者を殺してしまった個体は、人間の団体と遭遇した恐怖から涙を流してしまったのだろう。

 しかし、既に『妖精は危険生物』という前提で研究が進んでいたので、この粉末は感情が形を得た涙だという説は度外視されていた。



 妖精とは強い念動力が使える危険生物で、意思疎通も不可能。人間のような知性や感情など持たない。
 この前提で、昆虫学者は語った。

「妖精ははちもくに属する一部の昆虫と同様に、社会性を持っている可能性が高いです。なので巣を見つけ出し、その場で狩るのが最も有効かと考えられます」

 この学者は、次の理由でその場で狩ることを推していた。

 妖精は念動力が使えるので、捕獲して製薬工場などに輸送した場合、輸送途中で妖精に攻撃され、死傷者が出るリスクが高い。だからその場で殺して、採血した方が良い。

 また、巣など妖精が密集している場所で作業を行えば、仲間に危険を知らせる物質と考えられる青い粉末状の分泌物を分泌する可能性が高い。

   


 更にその後、上層部の広報官が説明した。

「これから生態学の先野先生の主導で、国内における妖精の生息域の調査を進めて頂きます。それと並行して、魔法力学の宜路のりみち先生には妖精の捕獲装置の研究を進めて頂きます。これらは決定事項です。なお、妖精の存在は国民には周知させない方向で進めていきます」

 国民に妖精の存在を知らせないのは、『密輸や違法取引など、反社会組織の収益になる活動に繋がらないようにする為』との理由からだった。


 ここまでの話を聞いて、叶とわ子は考えていた。

 妖精という生物から得られる薬は、国が抱えた現状をほぼ確実に打開する特効薬になると。その為に、妖精を狩るのは致し方ないと。



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