見出し画像

 【詩】水晶の朝

    訪れはいつも不意にやって来る
 準備も出来ず
 冷たい身体
 硬くなっている身体
 変わらない表情
 動かない身体

 氷点下の部屋
 灯る蛍光灯
 停車中のパトカー
 救急車はなく
 降り続く雪

 開け放たれたドア
 見えない顔
 行き来する警官
 回る赤色灯
 激しさを増す雪

 警官の声
 聞き取れない声と
 聞こえて来る泣き声

 救急車が到着する
 運び込まれるストレッチャー
 指が剝がれなくなる程に
 冷たいドアと肌
 車の中だけが暖かく
 途端に涙が溢れ出す
 
 雪は止むことなく降り続いている

 零下の風の中を過ぎていく車
 白い息と鼻を啜る音
 雪を踏み締める音
 灰色の冷たくなった古い建物
 コンクリートの壁にはね返る声
 暖房の効いていない署内のロビー
 同じ制服の署員が
 無表情で歩いて過ぎて行く
 革が破れているソファ
 響く人の声と靴音
 書かなければならない書類
 答えなければならない質問
 繰り返される同じ制服の
 警官たちの説明

 凍る道
 滑る階段
 向かう地下階
 部屋の中の蝋燭と香の匂い
 変わらない顔に手を触れる
 止まらない涙
 溢れ出す涙
 漏れ続ける嗚咽
 響き渡る泣き声と悲鳴
 冷たい顔
 動かない身体
 落ちていく涙が温かい

 雪はずっと降り続いている
 氷に変わっていく雪が
 降り続いている
 その雪が音を消す

 蛍光灯の光
 絶えぬ香の匂いと煙
 蝋燭の明かり
 集う黒い服の人達
 積まれた座布団
 届いた花の数と匂い
 掛紙に包まれた菓子折り
 変わることのない笑顔の写真
 来客の靴で埋まる玄関
 一足足りない靴
 使っていない部屋に灯る明かり
 正座する来訪客
 涙を流す女たち

 泣き声と低い話し声
 茶碗の水と缶の飲み物
 混じり合う部屋一杯の
 香と花の匂い

 乾く唇と肌
 重たくなっている身体
 耳に入らない他人の声
 
 障子を開け部屋の窓を開ける
 冷たい三月の風
 外では雪が降っている
 外では雪が降り続いている
 いつまでも雪が降っている
 
 雪明りが外を照らす
 人々の話し声が聞こえなくなる
 静かにゆっくりと消えていく
 人々の姿が白く薄くなっていく

 目の前に現れる
 涙を流す天使たちが
 上着をお前に羽織らせる
 
 落ちた涙が雪を溶かし
 溶けた雪から立ち昇る
 愛しい女 妹よ
 
 仕舞い仕度をした
 雪の光を浴びて浮かび上がる
 水晶の女
 
 白く長く薄く襟のない着物に
 身を包まれたお前

 光を反射する
 雪片を
 パンをくわえて部屋の中を走り回っていた猫が
 跳び上がり
 捕まえようとしている中で

 凍る窓の外には
 足跡の付いた雪の上を
 毛糸の帽子を被った
 エプロン姿の数人の保育士
 そして園児たち

 青い空と浮かんでいる雲の前で
 黒い夜は処女のままでしかなく 
 園児たちの笑い声は
 冷たい闇を           
 決して親御には話さない

 寒さと一人きりの夜は
 母の愛の前では無力だろう
 忘れていたあの時代のキーホルダーを
 サッカリンの香りが拾い
 洗ったばかりの下着と
 鏡台の上の化粧品の瓶に
 文字が刻まれる
 
 鏡に映る太陽の声が
 夜を照らす星の光と
 指輪を交換する時に

 闇の中の太陽の階段は
 白い光を自ら放つ
 星の磁力と手を繋ぐ

 雪は止み
 ドアが開き
 濡れた泣き声を上げている
 産まれて来た子供
 
 赤子に近付いて行く鼻先と 
 口元へ近付く乳房

 母乳のガウンを着た母と子に
 人々の息で舞い上がった
 千羽鶴が伴立ち
 境界が光と混じり合って
 溶けていく

 声が響き
 呼吸の温度と抱擁する

 雪がまた降り始める
 夜は明ける
 雪が煌めく
 白鳥が
 太陽の頭上を
 飛んでいる
 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?