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「ツ」ルノの恩返し

 私には夢がある。それはつるの剛士の邪悪な災厄を私が取り去ること。

 私はユズ。都立の女子校に通う16歳。つるの剛士のことを知ったのは保育園の頃。ヘキサゴンを見ていたらひょいとつるのが出てきた。その時はなんとも思わなかったけど、その晩ある夢を見たの。

 夢のなかでお婆ちゃんが語りかけてきたの。
「つるの剛士の災厄を取り去るのはユズ、お前の役目じゃ。つるのの災厄を取り除いた時、お前にゃ幸福が訪れる。」

 その日から私はつるのを救うことだけを考えて生きてきた。私がつるのの災厄を取り除く前につるのが死んじゃわないか心配で、毎日TwitterやInstagram、所属事務所ホームページ等、安否を確認できるものには四六時中目を通してきた。でも、お婆ちゃんの夢を見てから数日後「つるのを救うのは運命のようなものだ」ともお婆ちゃんは言っていたことを思い出したから、こっちからつるのの方に出向くことはせずにはや10年ちょい、ついにその時が来た。

 お婆ちゃんの家に行くために新潟へ向かった。国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。トンネルの出口の横で、つるのがシャイニングのジャック・ニコルソンよろしく目をカッピラいたまま雪まみれで凍結していた。つるのを担いで急いでお婆ちゃん家まで運んでストーブで温めると、つるのは解凍され、つらつらと話し出した。

「新潟まで、新潟まで来たんだ。それは旅客機、そうボーイングやエアバスとかの飛行機の重さに似た、俺には『のしかかる』や『荷重』と言った点で、人生史、つるの剛士史と言った方がいいかもしれない。新潟という符牒の持つ軽快さとは真逆の響きが僕をシャイニングのジャック・ニコルソン状態へと駆り立てたんだよ。それはまるで片足を引き摺ったトムソンガゼルを見た時のチーターの肢体へ伝播する神経の電流のように、抗えない本能の客観的速度だよ。お茶とそれに合うお菓子はないかい?」

 つるの、図々しい奴。腹立ったから出涸らしの茶と賞味期限切れのビスコを出した。するとつるのが

「ほう、茶に、ビスコですか。なかなかおつですねぇこれは。これはこれで、うん。『アリ』というやつです。茶の渋みとビスコのクリーム、ここですよ、ここ。クッキーにサンドされているこの白いの。これが合うんですね~。ヴァランタン=ルイ=ジョルジュ=ウジェーヌ=マルセル・プルーストは彼の著作「ルイーズと茶菓子たち」でこう著しました。『グラース銃の美しさは、その驚異的な威力や豪奢な装飾にではなく、射撃後の黒色火薬の芳醇な香りにこそフランスの歴史的、伝承的、そして悪魔的な黒血に似た循環を宿している。』と。そのような文学的歴史!があったからこそ、今こうしてあなたのお婆さまの家で茶とビスコを胃に流しとるんじゃけ。おぉ?お前わかっとるんか?クソガキ。」

とか言い出したから、もう私うざったくてつるのの左頬をぶった。

 するとつるのの頭から紫色の煙が出てきてつるのは正気に戻った。

「あれ、俺何やってたんだろ。こんなことしてる場合じゃない。俺は東大の理三に合格しなきゃいけないんだ。早く帰ろ。」

 つるのの前頭葉から噴出した紫煙をプルーストが見たらなんと形容するのだろうかしら。
 こうしてつるのの災厄を私が救済することができた。察するにつるのは受験勉強をしていた高校三年生あたりでその邪悪に取り憑かれていたらしい。これでヘキサゴンなんかで珍回答を連発していたのも納得できる。でも、「俺は東大の理三に合格しなきゃ」とか言ってる時、チラッとドヤ顔でウチの目見てきたから、うざったいのは元来の性格かしら。

 つるのと一緒に東京に帰り、東京駅でつるのと別れた。つるのからしたら私なんて赤の他人だし私もつるのがうざったかったから特に会話もなかった。途中、電車の中で大声で泣きながら屁ェこいたもんだから、こいつに羞恥心はないのかと訝った。

 次の日気晴らしにショベルカーで裏山を掘ってたら徳川埋蔵金が出てきて大金持ちになってとりあえず高級タワマンに引っ越したら隣の部屋が佐藤健で嬉しい。


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