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「シュレイルの心臓を撃ち抜く者よ。」第1話

《あらすじ》
【世界最強のヴァンパイア:ヴィゲート・ヴァン・シュレイル】は世界の『真理』を獲得したことにより全能となった。しかし『真理』に手を出したことにより神々の怒りを買ったことで『真理』の中に幽閉され、ペナルティを与えられる。それは平凡な女子高生【三野里 香澄】と命を共有するというもの。
———どちらかが死ねば、もう片方も死ぬ———
シュレイルにできた最大の弱点を狙うべく、ヴァンパイアハンターや様々な怪異が香澄の命を奪いに襲いにくる。香澄はそれらを迎え撃ち、自らに課せられたペナルティを解くために『真理』に囚われたシュレイルを探す旅に出る。

高校の一室。
静かな美術室で、一人、キャンバスに向かい真剣に筆を動かす女子生徒がいた。
「香澄!」
快活そうなショートカットの少女が、静まり返る部室の出入り口で、大声を張り上げ三野里 香澄を呼ぶ。イヤフォンをしていた香澄はその声に驚き、振り返る。
「びっくりした…どうしたの…麗」
市川 麗は香澄の背に回り、彼女の描いていた風景画を覗き込んだ。
「……さすが美大志望。うまいねぇ」
麗は感嘆の声を出し、香澄はそれを見て満更でもない表情を浮かべながらキャンバスに向き直る。
「それより香澄、次、体育だから着替えに行こう」
「そっか、体育だった。行こ」
香澄は筆を筆洗液につけると、立ち上がった。

高校の更衣室。
「あれ香澄。胸のトコ、どーしたの?」
インナー姿の香澄の胸の中央には、赤黒いアザが浮かんでいた。何かの模様に見えなくもない。
「うーん、わかんないんだよね……先週から、ずっと痛むの」
香澄は胸に手を当てる。熱を帯び、わずかに痛みが走る。
「………もしかして香澄。ついに彼氏が…?」
「ち、違うから!」
顔を赤らめ、麗の下賎な視線を否定する。
「わたしは絵にしか興味ないし…彼氏なんてっ…」

香澄は自分のこれまでを思い浮かべる。同級生が和気あいあいと充実した学校生活を送るのを横目に、香澄は大きなキャンバスを脇に抱え美術室と教室を往復した。芸術だけが自分を表現できる唯一の世界であり、自分が安らげる場所であると思っていた。
それはかつて見た美しい天使の絵が心の中にあり、自分も同じような『世界の見え方を一変させるような絵画』を描きたいと思っているからである。
「まだまだ、わたしの力じゃダメなんだ…もっと上手くならないと」
自分の実力を思い知る香澄だからこそ、絵を描くこと以外に時間を割く気持ちになれなかったのだ。
描き続けないといけない、と改めて決意する香澄の傍で麗はため息をつく。
「そんなんだからウチしか友達がいないんじゃないの?」
「……それは、そう」
麗の言葉に胸を痛める香澄であった。


一方、とある廃墟らしき場所。
恰幅の良い体型にシワのないスーツを身に纏った数人の男たちが、向かいあう。
「…見つかったのか」
一人の男がタバコを投げ捨て、別の男に話しかける。
「いや、まだだ」
「噂は本当なのか?」
「ああ。教団からの直属の伝令だ。これ以上、信憑性が高い確かな情報はねぇよ」
「だとしたら……もう、あの怪物に太刀打ちできる奴はいないことになるな。教団が匙を投げたってことだろ……」
沈黙の中、一人の男がそれを打ち破る。
「いや、どうやらそうではないらしい」
「どういうことだ」
訝しげに見つめる男に向かって、含みを持たせた笑いを向ける。
「あの怪物…ヴィゲート・ヴァン・シュレイルは『真理』に手を出し全能の力を得た…だが、そのペナルティは予想以上に重かったのさ」


香澄は自分が寝ぼけているのかと思った。
朝、自室で目覚めるとカラスが一羽、ベッドサイドに座っている。言葉通り足を正面に投げ出して、ぬいぐるみのように座ってこちらを眺めている。
「……カラス?」
「………」
カラスは身動き一つせず、こちらを見続ける。
「……夢?」
「………」
香澄は目を擦り、もう一度存在を確認すると、カラスに手を伸ばす。
指がカラスの腹に当たり、わずかに毛羽立つ。
「気安く触るな」
カラスの口が開き、声が発せられる。間違いなく人の声だ。
「…!!カラスがしゃべった!」
カラスは香澄のベッドに降り立つ。
「私はシュレイル様の眷属…ハールだ」
ハールは流暢な日本語で香澄に語りかける。
「小娘、お前に言伝がある」
「は、はい」
「我が主人ヴィゲート・ヴァン・シュレイル様が『真理』を手にされた」
「ゔぃげ……だれ?」
「ヴィゲート・ヴァン・シュレイル様。現世において世界最強のヴァンパイアであるお方だ」
あまりにも現実離れした内容に困惑する香澄であったが、人間の言葉を話すカラスを前に言いたいことを呑み込む。
「……それで、そのヴァンパイア様が、私に何の用?」
「我が主人はペナルティを受けた」
ハールは神妙な顔つき(そう見える)で語る。
「ペナルティ?」
「世界の真髄『真理』を手にしたが、それが神々の怒りを買った。我が主人にはペナルティが下された——————【共依存】だ」
「……【共依存】」
ハールは、こちらを見ながら言う。
「お前にシュレイル様の命がかかっている」

「どうしたの香澄」
麗が香澄のぼーっとした顔を見て、声をかける。いつもと様子が違う香澄を不審に思ったらしい。
「何でもないよ」
微笑みながら否定する香澄であったが、頭の中はハールの話でいっぱいであった。


(香澄の回想①)
香澄はハールから、話を聞いていた。
「いいか、香澄。よく聞け」
「シュレイル様は世界の真髄である『真理』を手にしたことにより、怪異を超える存在となった。しかし、それにより最大の弱点も同時に与えられることとなった。それが【共依存】だ」
「———【共依存】とは、ある特定の人物と命を共有しなければいけない罰」
思わず香澄は尋ねる。
「………『命を共有する』って何?」
「そのままだ。どちらかが死ねば、もう片方も死ぬ」
ハールは続けた。
「世界最強ヴァンパイアであるシュレイル様に初めてできた最大の弱点がお前だ———香澄」

そのことを思い出しながら、香澄は胸を押さえていた。胸のアザは奇妙な模様のようになっている。

(香澄の回想②)
「……本当に私なの?」
「胸元にアザができているだろう。それは、シュレイル様と命を共にしている証だ」
「じゃあ、わたし、もうすぐ死ぬの?」
ハールはクルリと首を傾げる。
「……なぜそう思う?」
「だって、そのヴァンパイアは『真理』とかいうものに捕らえられて神々に罰せられているんでしょ?そのうち殺されるんじゃ…」
「シュレイル様は不老不死で全能のお方だ。神々であっても簡単に殺せる相手ではない」
それを聞いて安堵する香澄であったが、そのことを察してかハールは声をくぐもらせる。

「問題は貴様だぞ」


美術室で、香澄はモヤモヤとした感情を抱えながら描くが、思うように筆が進まない。
「ダメダメ、集中しないと」
香澄は自分に喝を入れキャンバスを見る。そして筆をキャンバスに置こうとした時。
「ん?」
風景画の中央に、人らしきものが描かれていることに気が付く。それは間違いなく自分が描いた絵だ。絵の描きぶりが、自分のタッチと同じだからだ。しかし香澄には記憶がない。元の写真を確認するが、そこにも人影はない。
「———わたしが描いたの?」
その人物を注視する。小さいが、黒の長髪で西洋人のような顔立ちを横に向けている。目は描かれていないが、口元には不敵な笑みを浮かべている。
「……もしかして、これが…シュレイル……」
「『様』をつけろ、愚か者」
窓から声がする。ハールが窓枠に止まっていた。
「あんた、ついてきたの!?」
慌てて周りを見渡す。誰もいないことを確認し、ハールに近づく。
「学校には来ないでって言ったじゃん…」
「お前のことはどうとも思っていないが、シュレイル様の命がかかっている以上、伝えないわけにはいかない」

「奴らが来たぞ」

スーツ姿の男たちが校門の前に立つ。
「ここか」
男たちはゆっくりと進み始める。
「な、なんだ君たちは」
不審な人物の前に立ちはだかる中年の教師に、男は躊躇することなく拳銃の引き金を引いた。発砲音と共に、周囲からは一斉に悲鳴が上がる。
「おい。逃げられたら、どうするんだよ……」
「全員殺せばいい」
男たちは香澄を探していた。


(香澄の回想③)
「わたし?」
ハールの忠告に香澄は思わず問い返す。
「これから、お前はありとあらゆる怪異やヴァンパイアハンターたちの標的となる」
「……え?」
「世界最強と名を馳せたヴァンパイアだ、敵も多い。ましてや『真理』を手にした今、シュレイル様を殺せば『真理』を自分のものにできると思っている勘違い野郎も多く存在する」
「じゃあ…わたし……」
「何としても逃げ切れ…シュレイル様の命がかかっている」

銃声と悲鳴が学校を包む。
逃げ惑う生徒と、困惑する教師たちを他所にスーツ姿の男たちは進み続けた。
「場所は?」
「3階の美術室だ」
「うるせー奴らだな…建物ごと爆破すれば一発だったのによ」
「駄目だ。ヴィゲートは『真理』を手にしている……殺すのは話を聞いてからだ」
そう言いながら、先頭の男は銃を女子生徒に向けて撃つ。
「……今のが目標だった可能性はないのか」
「女には紋章がある。ヴィゲート・ヴァン・シュレイルの紋章が刻まれているはずだ」

「こっちだ、香澄」
ハールに先導されながら香澄は逃げていた。ハールの尾には、香澄の胸にあるアザと同じ紋章が浮かんでいる。
「はぁはぁはぁ」
走る香澄であったが元々、体力のある方ではない。すぐに息を切らし、やがて足が止まる。
「ちょ…ちょっと、待って…」
「ここまで情けないやつとは」
ハールは廊下で旋回すると人間の姿になる。背が高く、黒髪で生気のない端正な顔立ちである。
「行くぞ」
「え、ちょっと」
ハールは香澄を肩に担ぐと、走り出す。
「降ろしてよ!」
揺れる視界に気分を悪くし、思わずそう叫ぶ。しかし、その瞬間ハールの背後に目をやり、視線の先で男たちを捉える。自分達を追っている男が銃を向けて迫っている姿だ。
「見つけた」
男たちはそう口にすると人間とは思ないほどのスピードでこちらに迫ってくる。
「ねぇ!急いで!」
香澄が叫ぶと、ハールもスピードを上げて校舎を走り抜けていく。
「待て!」
男が発砲し、その弾丸がハールの腹部を撃ち抜く。
「っ…!」
ハールは転倒し、投げ出された香澄は廊下の壁に頭を打つ。朦朧とする意識と狭まっていく視界の中、徐々に近づいてくる男たちの姿が迫っていた。


目が閉じられ、暗闇が訪れた。
香澄は気が付けば、暗闇の中央に立っていた。ゆっくりと、辺りを見回す。
「……どこ?」
先ほどまであった学校も全てが消えていた。
「起きたか」
その低く腹の底に響くような男の声を聞いた時、激しい鼓動が心臓を打つ。
ドクンドクンと、血液が沸騰するかのように熱く燃えているような感覚がある。
「何……」
静謐な暗闇の中、正面には一人の男が長い足を組むようにして椅子に座っていた。
顔は見えない。姿もはっきりとしない。唯一わかるのは二つの眼球がこちらを射抜くように見ていることだけだった。暗闇に細く、鋭い目だけが浮いている。
「………」
男は香澄から目を離さなかった。ただ静かに、こちらを監視するようだ。
「あなたがシュレイル…様なの?」(思わず、様をつける香澄)
「………」
男は何も言わなかった。
「……ねぇ」
「………」
男はそれでも何も言わなかった。
「……ハールが言ってたの。あなたが『真理』から解放されればわたしへのペナルティも解けるって…」
「ああ」
男は端的にそう口にした。香澄の心臓がひどく脈打つ。
「……なら協力する」
「必要ない」
男は即座に否定した。
「わたしが死ねば、あなたも死ぬんでしょ?」
「ああ」
男の目にはどのような感情も見えなかった。
しかし、香澄はその言葉に怒りを感じた。なぜ、自分が巻き込まれ、命の危険に晒されながら必死に逃げているというのに、この男は諦めようとしているのか。
「わたしは嫌。絶対にあなたを解放してわたし達にかかった呪いを解く………だから、叶ったらわたしの願いを聞いて」
「……言ってみろ」
香澄は降ろしていた視線を上げ、男を見定める。
「ヴィゲート・ヴァン・シュレイルの肖像画をわたしに描かせてほしい」
「………」
「あなたが世界最強の力を持つヴァンパイアだと言うのなら、わたしは芸術の力であなたをキャンバスにおさめる」
香澄は鼓舞するように手を握りしめる。
「あなたを描いてわたしが世界最強の芸術家となる」
一瞬の静寂の後、男は大声で笑い出した。
「千年万年侵されなかったこの美貌。お前の筆に描けると言うのか」
「描ける!……描いてみせる」
男はゆっくりと口を開く
「そうか。ならば俺の元へ来い」
男は消えた。


「香澄、もういい」
ハールの声がする。
香澄の意識が戻り始めると、周囲の様子がはっきりとしてくる。
「……え?」
香澄の周りには、男たちが倒れている。
「きゃああ!」
慌てて後退りする香澄であったが、その背後にもスーツの男が血を流して倒れていた。
「覚えてないのか?」
ハールは撃たれた腹部を抑えながら苦しそうに尋ねる。


(過去)
香澄が意識を失っている間、香澄の肉体は勝手に動いていた。
「おい、お前……」
気絶していたはずの香澄の体が、ムクリと起き上がるのを不信に見つめる、男だったが香澄は無言のまま、自分の手を握ったりひらいたりする様子を眺めている。
「香澄、逃げろ!」
ハールの大声が廊下に響き渡るが、香澄は気にする様子もない。慌てて立ちあがろうとするハールよりも先に、香澄の方が動いていた。
そこから先は、香澄が男たちを蹂躙する番であった。
「……くそっ、シュレイルか!」
「おい!撃て撃て撃て!」
男たちは銃を乱射し続けたが、香澄は静かに自分の手を見つめたまま、高速で全ての弾丸をかわしていく。弾丸は一つとして香澄に当たらない。男たちはあっという間に、香澄によってなぎ倒されていった。
そして、最後は香澄も立ったまま気絶したのである。


「……わたしの体にシュレイル様がいたの?」
「いや違う」
ハールは腹部の怪我の手当てをしながら、それを否定した。
「あんな野蛮な戦い方をシュレイル様はしない……ただの力の暴走だ」
「…力?」
「香澄に紋章を通じて分け与えられたシュレイル様の力だ」
「そう……なんだ」
香澄は思わず、胸に触れる。確かに紋章が疼いている。
「シュレイル様が分け与えた心臓だ。大切に扱うんだな」
「……分け与えた心臓」
「シュレイル様は何も説明しなかったのか?」
ハールは呆れた様子で香澄を見る。
「私たち眷属はシュレイル様の肉体を分け与えられて力を得ている。俺であればシュレイル様の髪の毛だ……」
「じゃあ……わたしは…」
「シュレイル様の心臓を持つ者だ。
……あるいはペナルティによって、分け与えざるを得なかったのかもしれないがな……」
ずっと緊張しているだけだと思っていたが、鼓動の速さは確かに違和感があった。
「とはいえ、香澄。お前にシュレイル様の能力はほとんど扱えない」
どれだけ強い力を得ようと、元が弱い人間であればその力を生かすことはできないとハールは言う。

「お前が今回勝てたのは、奴らがただの人間だったからだ」
ハールは男たちを顎で指しながら付け加える。

「これから香澄は人間以外のありとあらゆる怪異たちから狙われ続けることになる。シュレイル様の幽閉されている『真理』を目指すのであれば、戦闘力のない香澄では無理だ」

「シュレイル様が分け与えた力を持つ眷属を探し出しシュレイル様を『真理』から奪還する。それが『心臓』を持つお前の使命だ」


お読みいただきありがとうございました。コメントにアドバイスなどいただけましたら参考にさせていただきます。(…大変嬉しいです!)どうぞよろしくお願いいたします。

アベ ヒサノジョウ

第2話


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