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泳ぐ

実家では臆面もなく放屁できて、それでひと笑い起こせたり、近所の田んぼの中にある墓石がぽつんと建っている景色とか、その周辺の田んぼに波打つ泥の轍とか、雨風に晒されたせいで褪せた〈川で遊ぶと危ないよ〉の看板とか、七年前から変わらない風情に現在の自分の抱えたしがらみや鬱屈を二重写しにして眺めてみた。その映像は今でも変わらない風景の中に溶け込めず、圧迫するような形のない焦りがちくちくと内臓をつつき回す。
「老けたな」父が云った。テレビ画面を見ていた。昔、アイドルとして活躍していた女性タレントが通販番組で包丁を紹介していたのだった。
『すっごい切れ味です! 信じられない!』大袈裟な声を出す彼女の見開かれた目を見ていると、咎められているような、責め立てられている様な気分になる。
「ポンは、いつまでいんの」どうでもいいみたいな口調で父が云う。父は昔から僕を名前ではなくポンと呼んだ。
「九日の昼までいるよ」と僕は返した。

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