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若者の意見文は意見文じゃない?小論文を書く準備って何?(1)獲るべき主張

塾で小論文の添削をしているとき、ついつい思ってしまうことがある。
それは高校生の意見文が「意見文」ではないことだ。

意見文という言葉を聞いて、どのような文章構成があるか予想つくだろうか。まぁ大半の人がわかると思うが、
自分の主張→何故そのような主張をするのか→結論と言った形が無難である。

これは高校生でも理解していることは多い。

ただ、その意見は筆者に迎合しているだけで
「私は〜ということに賛成します。なぜなら私は〜」と言った形で、読書感想文に近いようにも思える。(読書感想文は読書感想文そのものの問題を取り上げたくなるが今は必要ないためカット)

最近見た生徒の例であれば、「私は外国語学習は〜の能力であることに賛成します」というような最悪賛成文もあった。これは言い換えれば「ハンバーガーはマクドナルドであることに賛成する」と言ってることは同じだ。

つまり、賛成しているテーゼがカスなのだ。

まぁカステーゼを挙げるとキリがない。
このように現代の高校生(進学校や読解能力に長けた高校生を覗いた相対的に一般的な高校生)は、意見文を述べることが苦手、または「弱い」のだ。

では、どのようにすればカステーゼからの解放になるのか。
それは筆者の主張に対して
「私はどう思うか」を述べることだと思う。

先の例で言えば、
「外国語学習は〜であると筆者は述べるが、私はこの主張を疑問視する。」とか
「外国語学習は〜であるという筆者の主張は、外国語学習ではなく母語理解にも通ずる考えだと私は考える」とか
こういった感じで「私は〜だと思う」と考えることを述べるだけで自分の意見文として成立する。

つまり、賛成反対ではなく「私は〜と思う」といった言葉があるだけで意見文の構成要素を手に入れるのだ。

では具体例などの根拠付けはどうするか、それはそのうち気が向いたら書くとする。

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