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まほろば流麗譚

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#創作大賞2024

天空凧揚げ合戦 13(完)

「儂が欲しかった物は貰った。」

「ああ?」

「お主の左手に握られた、これよ。」

半蔵はその手にした、秋月草太の左拳を見せた。

「な!」

慌てて見ると、草太の左手には拳が無かった。
血は流れてはいない。
斬撃があまりも早く鋭かったのだ。
まだ身体も脳も自身の異変に気付いてはいない。

「この珠よ。」

半蔵は拳を無理に開き、珠だけを取り投げ捨てた。

「この野郎!俺の手を!」

顔を真っ赤

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天空凧揚げ合戦 12

動けば動く程、天狗が布に包まれていく。

「やったぜ!落ちやがる!」

「天狗が、、落ちる、、」

勇也と共に雪がその姿を見つめている。
あの天狗が、、兄貴の仇の天狗が落ちる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「舐めるなよ!伊賀者共があー!!」

月夜に何者かが吠えた。
何かが飛ぶ音がする。
木々の間から幾つかの呻き声がした。
そんな声がした枝のひとつに人影が立った。

「俺

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天空凧揚げ合戦 11

林道の出口が近づくと、大きな松の木がほぼ平行に並んでいる。
その松を過ぎると、巨大な蛇の腹の中みたいな道が終わる。

そこを抜ける事は、江戸から吐き出される事だ。
暗闇から広い世界に投げ出される事だ。
身の安全の欠片も無い、戦さ後の世の中。
食うに食えず彷徨う者たちの根城。

だが雪はその世界に光があるのを知っていた。
あんなに辛くて江戸に来たのに、木々に遮られていた光が溢れると喜びを感じた。

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天空凧揚げ合戦 10

雪の左から風が煽る。
天狗は少し後ろから、ゆったりと団扇を振り風を送ってくる。
団扇を振りその身体をクルリと回し、次に右に跳ね同じ事を繰り返す。

「馬鹿にしやがって、、雪の積もった山を走ってきた
 あたしが、こんなもんで転ぶもんかあ!」

天狗が少し距離を詰めてきた。
雪が蹌踉けないのが面白くないのだろう。

なら団扇を強く振ればいい。
やはり飛びながら強い風を起こすには、様々都合があるのだ。

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天空凧揚げ合戦 9

「今、俺らは見えてねぇのかあ!?」

「おうよ、勇さん。伊賀忍びの隠れ蓑は、天狗の目も
 誤魔化せた。」

勇也と手下たちは馬に乗っていた。
正確には馬を操る侍の後ろにちょこんと座っていた。
その手には少し太い糸があり、皆凧を持っていた。

「この糸にも工夫があってな。」

「分かるぜ、鉄っあん。透けてて見ねぇや。」

「天狗からしたら余裕で大凧を追っかけてたら、急に
 後ろに凧が沢山浮き上がって

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天空凧揚げ合戦 8

夜風が頬に心地良かった。
雪は腰に括られた縄をもう一度確かめていた。
この縄の先には大きな凧が繋がっている。

話はこうだ。
雪は全力疾走をして、この凧を揚げる。
この林道を見ているであろう天狗は、挑発に乗り雪を追ってくるだろう。

そこを林道の出口の木に登っている伊賀忍びが、網を張り捉えようと言うのだ。

雪は呆気にとられた。
そんな馬鹿馬鹿しい事に、あの残忍な天狗が引っ掛かるのか?と。

だが

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天空凧揚げ合戦 7

「落ち着いたかい、お雪ちゃん?」

中山鉄斎は握り飯を食ったら、すぐそこまで届け物があると出て行った。

「恥ずかしいところを見せたね。

 でも、あたしはさ。

 やっぱり天狗をこの手で。」

握り飯を食った雪の顔色は戻っていた。

「握り飯、美味かったろぉよ?」

「あ、、ああ、美味かった。」

「だろぅ!?美代の握り飯は絶品なんだ!」

勇也は屈託なく笑った。
その顔を見ていると、雪は何だか

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天空凧揚げ合戦 6

「なあ、お雪さん。あんた、どうやって仇を討つつも
 りなんだい?」

「どうって、、何だってやってだよ。天狗を殺せるな
 ら何だってやる。」

「、、殺すかぁ。人の格好をしてるもんを殺すと、胸
 の辺りにしこりが出来るぜぇ。」

雪は身体をピクリとさせた。
だが、、、それでも天狗は許せない。
雪は拳に力を込めて中山鉄斎を睨みつけた。

「なあ、あんた刀や槍が使えるのかい?それとも喧嘩
 が滅法強ぇ

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天空凧揚げ合戦 5

伊賀忍びが目眩しを施した籠は、天狗の目を欺けた。
こいつはひとつ収穫に違いない。

「旦那ぁ、生きてますかねぇ。」

鉄斎が思案する中、艶のある声が急死に一生を得た柳生宗矩に掛かっていた。

「分かって聞いておろうが、澪。」

「あらまぁ、だったら早く起き上がって下さいな。」

鎧武者がその身を僅かに動かすが、手足をバタつかせるのも儘ならぬ様子。

「起きれんのだ、、」

「あらまぁ、、」

そん

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天空凧揚げ合戦 4

月は光り星は瞬く。
風ひとつ無い静けさに包まれし夜に、江戸城から一騎の馬が走り出た。
その背には、さながら合戦へと向かうが如し鎧武者を乗せている。

江戸の外れの林を抜け、いずれは街道として整備されいく道へと向かう。

この頃はまだ、江戸から他国への道は荒れた狭い大地に過ぎない。

馬や余程に足腰の強い者でなければ、見事に走り切るのは辛い。

いやしかし、馬といえども何やら苦しげに見える。
その背

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天空凧揚げ合戦 3

「だからよお、鉄っあん。
 また知恵を貸してくんねぇか!」

中山鉄斎は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
勇也が天狗退治の話をしに来たのだ。

そう天狗。
柳生屋敷で鉄斎が頭を悩ませていたのも天狗だ。

勇也が天狗退治をしようとしている。
この男は物の怪に縁でもあるのかねぇ。

「分かった、分かった、話は分かった。
 でもよぉ勇さん。今度は河童の時とは違うぜ。
 天狗は殺しに来てるんだろう?

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天空凧揚げ合戦 2

その場に居た連中が一斉に、この女を見た。
身体に無駄な肉が全く付いていない。
黒の股引きに羽織を腰帯で締めている。
その羽織の胸だけがこんもりと盛り上がっている。
身体にピタリと巻き付けて、全てに無駄が無かった。

「はあぁー」

「ちょっと勇也!ダラシない顔しないで!」

「ん!あんたが勇也かい?」

おまけに声もいい。
まるで鈴が鳴る様だ。

「お!? お、おうよ!
 俺があんたの捜してる、勇

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天空凧揚げ合戦 1

少しだけ涼しい風が吹くようになった気がする。
日中の熱を夜が吸い上げてくれてるのかもしれない。

秋月草太は手のひらにある朱い珠を見た。
この珠の中だけは熱を奪われてはいない。

ドクドクと朱が広がり狭まる。
その度に新たな熱を感じる。

「化け物の心の臓みたいなもんか。面白いもんだよな
 あ。まあ何でもいいんだ、俺の力にさえなりゃあ。
 握り潰されたくなけりゃあ、ちゃんと働けよ。」

秋月の家は

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胡瓜畑攻防戦 13(完)

「ああ、やっぱ仕事終わりは冷やし胡瓜だなあ。」

夏の宵闇の風を頬に浴びながら、勇也はしみじみと言った。

「お美代ちゃんの作った胡瓜なら尚更、だろ?
 勇さん。」

「止めろよ、信さん!」

「頭、照れてらあーよ」

信幸のうどん屋台にドッと笑いが起きる。

「何だあーテメェらまで!」

「だってよぉー頭ったらなあ。」

「そうだよ、怪我なんざとっくに治ったのに。」

勇也の顔が赤く火照る。

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