天空凧揚げ合戦 2

その場に居た連中が一斉に、この女を見た。
身体に無駄な肉が全く付いていない。
黒の股引きに羽織を腰帯で締めている。
その羽織の胸だけがこんもりと盛り上がっている。
身体にピタリと巻き付けて、全てに無駄が無かった。

「はあぁー」

「ちょっと勇也!ダラシない顔しないで!」

「ん!あんたが勇也かい?」

おまけに声もいい。
まるで鈴が鳴る様だ。

「お!? お、おうよ!
 俺があんたの捜してる、勇也だぜ。」

伸びた鼻の下をしまいながら、粋に名乗ってみた。
美代が苦い顔をしているのは、この際気付かない。

「あんたを捜してたんだ。」

「何だい、何だい。何だってこの俺を?」

明らかに喜んでいる。
良くない事を考えている。

「噂を聞いたのさ。」

「はあー!俺がいい男だってのが、町の噂にまでなっ
 たってかい!いやあーそれ程でもぉ、、あるかな!
 なあ、聞いたか?美代。」

「馬鹿!お調子者!」

美代が勇也の二の腕をつねった。

「痛っ!美代!」

「あんたが河童を退治したって噂、本当かい?」

「へっ?」
「えっ?」

勇也と美代が同時に言った。

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「あはは、そうよね!勇也の噂なんて。」

「何だよ!河童退治だって悪い噂じゃねぇや!」

「誰がいい男だってえ?あー可笑しい!」

美代は勝ち誇った様に笑う。

「あのさ、、話し続けてもいいかい?」

女は湧き上がる笑いの渦を掻き分けてきた。

「あーああ、ごめんなさい。どうぞ。」

「河童退治は本当なのかい?」

不貞腐れた勇也が答える。

「ああ、本当だぜ!
 命懸けで、この美代の為に頑張ったってのによ
 お! それなのによぉ。」

「はい、はい、機嫌直して。
 後で一杯お酌してあげるから。
 ちゃんとこの人の話聞いて。」

「本当なんだな?」

「本当よ。勇也は河童の皿を割ったの。」

「そうか。本当か。
 だったら、あたしに力を貸してくれないか!
 頼む!」

女が頭を下げた。その声に力が籠った。
並々ならぬ意志の強さみたいなものが。

勇也も美代も釣られて真顔になっていた。

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「天狗!?」

「そうだ。あたしは公儀の飛脚だ。
 江戸から他国への書簡を走って届けるのが役目。」

「走って!?だから引き締まってるのね。」

「最初は馬で書簡を届けようとしたんだ。
 だけど、城から出た馬は江戸を出るまでに襲われ
 た。」

「天狗にかい?」

「そう。天狗は空から襲う。空から見ている。
 だから今度は人が自分の小屋から走って出れば、公 
 儀のお役目とはバレまいとなったんだが。」

「バレたんだな。」

「ああ、バレた。
 お役目を受けたあたしの兄貴が、、天狗に。」

「お兄さんが、、」

「あたしは仇を討ちたい!
 そんな時にあんたの噂を聞いた。
 河童も天狗も物の怪に違いない。
 あんたなら、助けになってくれるかもしれない。

 その一心であんたを捜していたんだ。」

確かに物の怪には違いないだろう。
しかし勇也は物の怪に詳しい訳でもない。
物の怪に強みがある訳でもない。
しかも天狗ってのは空を飛ぶんだよなあ。
河童の時みたいに動きが鈍いのとは違うんじゃねえか?

勇也の頭の中にそんな事が次々浮かんだ。
あーこりゃあ、力を貸すっていってもなあ。
正直そう思った。

「身体を真っ二つにされて帰ってきた兄貴を見た。

 あたしは悔しい。
 たった一人の身内だ。
 雪深い村から二人で江戸に来たんだ。
 これでまともに飯が食える。

 本当に嬉しかったのに、こんな事に、、」

美代は思った。
勇也は迷ってる。
それにそんな相手と勇也がやり合うのも、正直嫌だ。

でも、この人はなあ。
こういう話には滅法弱い。
だから、きっと、、

「許せねぇな、天狗!
 おう!分かった!
 俺に何が出来るか分からねぇが、
 力貸すぜ!

 河童退治の時にいた仲間にも、俺が頼む!
 だから、仇討ってみせようぜ!」

ああ、やっぱり。


つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/n050491d43ff6

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