マガジンのカバー画像

残陽

23
運営しているクリエイター

2023年12月の記事一覧

残陽 10

あれから随分と時が過ぎた。
信幸と紫乃は切り麦の屋台に追われ
気付いたら時が過ぎたと感じていた。

最初から上手くはゆくまいと懸念していたが
それは杞憂に終わった。
毎夜の様に勇也や仲間たちが客を連れてきていた。
毎日が忙しい中で終わる。
用意する切り麦の量も
日に日に増えた。
信幸には
それはあまりにも幸せだった。

段々と江戸が開けていく。
色々と便利な町に変わっていく。
下り醤油に鰹節が手に

もっとみる

残陽 9

「妻の紫乃で御座います。」

夕刻、信幸の小屋を訪れた
勇也と仲間、鉄斎を美しい女房が出迎えた。

「はあーこいつあ別嬪さんだあ!」
「こんな綺麗な人、初めて見ただなやあ。」
「おい!手前ぇら、不躾だろが!
 大変失礼しました。」
「いえいえ。
 何やら国本を思い出せました。
 主人の為に色々とありがとうございます。」

勇也も美人に弱い。
その美人に頭を下げられると
むず痒くなる。

「やめて下

もっとみる

残陽 8

「こいつあーすげぇな!」
「これを作ってくださるのか?」
「まあ、勇さんならやっちゃうやねえ。」
「へへ。任せろ!」

信幸は勇也に誘われ、中山鉄斎の鍛冶屋に来ていた。
鉄斎の引いた図面を見せられ、正直驚いた。
屋台には大八車の車輪が付き、支えを広げて小さな店になる様になっていた。

「切り麦が売れる様になったら
 目の前で打って見せるのもいい。
 だからしっかり支えられる様に作ったぜぇい。」

もっとみる

残陽 7

沈みゆく陽が目に入った。
江戸でも夕陽は綺麗だった。
この赤が自分を繋ぎ止めてくれて
今日まで生きてこられたんだ。
なのに、、、
俺は何処で間違えたんだろう。
薄れいく意識の中で
紫乃の体温を感じながら
信幸は最後に思っていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「勇さんよお。
 相変わらずだなあ。」
「あんたに作れねえもんわ、ねえ!」
「あはは、そう言われちゃあ、ねえ。」

もっとみる

残陽 6

信幸は覚悟が必要だと思った。
もはやまた戦さ場に立ちたいという気持ちは無い。
ただ紫乃と生きていければいい。
人足仕事の出来ぬ自分は
もうこれしか無いのだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「板だって?」 
「何処か要らぬ板など、手に入る場所は無いだろうか
 と思い、尋ねさせていただいた。」

信幸は以前厄介になった人足の若頭だった男を尋ねて聞いた。

「そんなもん何に使うで

もっとみる

残陽 5

信幸と紫乃は夫婦になった。
公には慎之介は戦さでの死となっている。
その場を見た者は、皆討ち死にした。
田原邸に集った連中は、正幸に連れ添っていた。
だから信幸が慎之介を殺した事を知っているのは
紫乃だけである。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「紫乃、苦労を掛けて済まぬ。」
「信幸様は剣一筋で御座いました。
 力仕事が合わぬのは、必定で御座いますよ。」

二人は国を出た。

もっとみる

残陽 4

紫乃は信幸や兄•慎之介が木刀を打ち合う姿を見るのが好きだった。
男たちは技と術を磨き、命の価値を捜している。
戦さは落ち着いていた。
この国の土地は一通り分けられていた。
だが戦国の空気は終わりの匂いをさせなかった。
いつか。
いつかきっと戦さは起きる。
男たちは、そこに賭けていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そこに賭けていた信幸が
今自分の前で手をつき頭を下げていた。

もっとみる

残陽 3

戦さが終わり国に帰り、死んだ者たちの弔いをした。
信幸は生きて帰っては来たが、その顔は死んだ様に見えた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あんなに無数の尖った物が、自分に向かってくるなんて思ってはいなかった。
矢が空を駆け、それが済むと槍が固まりになって押し寄せた。
その光景はとても恐ろしかった。
だが馬の上の信幸は高を括っていた。
自分にまでは届かない。
拮抗した後、押し返

もっとみる

残陽 2

時が過ぎ戦さは始まった。
信幸の藩も出陣をした。
天下分け目の大戦であった。
小藩であればある程、この参戦に意味を持った。
出柄があれば
目に映る戦績があれば
加増は夢では無くなる。

信幸の父
現•田原家当主、田原正幸はこの戦さを終え家督を信幸に譲ろうと考えていた。
早い隠居だが、若い力に託す事を良しと出来る品格を持っていた。
つまりは夢を見ていたのだ。

あの赤い夕陽の中で笑い合い、競い合う若

もっとみる

残陽 1

田舎ののどかな空気にも、戦乱の匂いは混じる。
いつか手柄を立て、己が家の名を響かせよう。
若い血は時代の空気の中に憤っている。
太閤様が亡くなられたのだ。
天下を狙う者が動き始める筈だ。

「戦」

大掛かりな戦さがあるに違いないのだ。
腕を鈍らせてはいけない。
勘を磨かねばならない。
匂いを嗅ぎ分けるのだ。
光明の匂いを。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「慎之介は手首が柔

もっとみる