残陽 7

沈みゆく陽が目に入った。
江戸でも夕陽は綺麗だった。
この赤が自分を繋ぎ止めてくれて
今日まで生きてこられたんだ。
なのに、、、
俺は何処で間違えたんだろう。
薄れいく意識の中で
紫乃の体温を感じながら
信幸は最後に思っていた。

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「勇さんよお。
 相変わらずだなあ。」
「あんたに作れねえもんわ、ねえ!」
「あはは、そう言われちゃあ、ねえ。」

勇也は友人の中山鉄斎を訪ねていた。
鉄斎は鍛冶屋である。
勇也の腰に差す鉄の棒も
この男が作ってくれた物だ。

「しかし屋台ねえ。」
「侍上がりだから、担いで歩けるもんかどうか。」
「だったら、大八車みたいに輪っかを付けるか。」
「おお!いいねー!」
「後は火だな。」
「だな。冷てぇのもいいが、俺は熱いのがいい。」
「七輪だな。」
「載っけて煮炊きか。」
「ちょいと間をくれ。図面引いてみるわ。」
「今は忙しくねえのかい?」

勇也は鍛冶場の奥にある、壊れた刀を見た。

「あーありゃあ趣味みてぇなもんだからよ。」
「そうかい。じゃあ頼むよ、鉄っつあん。」

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「切り麦で御座いますか?」

紫乃が聞いた。

「そうだ。夫婦二人で切り麦を売ろうと思う。」
「はい、、急なお話で。」
「済まぬ。俺はこれは天啓かと思えた。
 これなら俺にも出来るのではないかと。」
「確かに、、
 貴方様の打つ切り麦は好きで御座います。」
「どうだろう?」
「もうお決めになったのでしょう。」
「そうだが、、紫乃はどうかと。」
「分かりました。
 侍をお辞めになるのは賛成です。」
「そうか!有り難い。」

まだどこかで士官の道を持っていた。
だが同時に恐れてもいた。

「信幸様は、それで刀を?」

信幸の腰から刀が無くなっていた。

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「有り難い。しかし俺には銭が無い。
 皆で屋台を作っていただけても
 払える物が無いのだ。」

勇也にそう言う信幸は、情け無さに身を震わせた。
折角、事が上手く運びそうでも先立つ物が無い。

「あるじゃねぇか。」
「えっ?」
「あんた、侍を辞めるんだろ?
 だったら腰の刀は要らねぇよなあ。」
「はっ!」

信幸は父の形見として一本だけ刀を差してきた。
侍を辞めるという事なら、確かにこの刀は無用。
が、それは、父の死への後悔を忘れる事になるのではないのか?
父はずっと自分がやっていける様にと考えてくれた。

「どうしたい?
 あんたの覚悟は口だけかい?」

勇也の問いに信幸は応えた。

「この刀一本で皆への手間賃は賄えるのなら、
 俺は、、、それで願いたい。」
「分かった。だが少し足りねぇだろうから
 切り麦が出来たら、安く食わしてくれ。」

勇也はからりと笑った。
信幸は救われた様な気がした。
そして、もう後戻りは出来ない。
父上、申し訳御座いません。
と、心の内で思っていた。


つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/na644e5a4f4be

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