もう一つの世界、28 かっぱ と もやし 1/9
かっぱ と もやし 1/9
ぼくは、大山 仁、小学校五年生。
いろいろあって、お母ちゃんの田舎に一人で引っ越してきた。おばあちゃんは、喜んでくれたけど、ほんとゆうと、ぼくは大阪にいたかった。こっちにきたら、友だちはいてないし、まだ転校もしてないから、なんにもすることがない。しかたないから、おばあちゃんの家の近くにある尾母川の土手を、ぶらぶらあるいていた。川幅は三〇メートルぐらい、きれいな水がこちら側の土手のすぐ下を勢いよく流れてる。
―なんの魚やろ?
土手の上から川の底がみえる。泳いでる魚をながめてたら、突然、そいつが川の中からあらわれた。
「うわー、かっぱや。」
あたまにお皿をのせ、せなかに甲羅をせおっている。
びっくりや、大きな網をもってたら、ぜったいつかまえるのに。
かっぱもびっくりしていいよった。
「なんや、おまえ?」
「うわー、かっぱが、しゃべりよった。」
ぼくがおどろくと、かっぱが文句をいいよった。
「だれが、かっぱやねん。」
よくみると、お皿と思ったのは、丸い水中メガネのガラスが、ひかってただけや。背中の甲羅は、網かごの魚入れやった。
ぎゃくに、かっぱがきいてきよる。
「おまえこそ、だれや?」
だれやといわれても、ぼくはまだこの田舎にきたばかりや、なんにもわからへん。
なんていおうか考えてたら、かっぱがさきにいいよった。
「おまえこそ、もやしみたいやな。」
「もやし?」
「そうや、都会のもやしや。
ひょろひょろして、ぜんぜん日焼けしてないやないか。」
ぼくはむっとして、いい返してやった。
「かっぱにいわれとうないわ。」
かっぱはおこって、ぷいとよこをむくと、なにもいわずに、そのまま、またもぐっていきよった。ぼくは、あほみたいに土手の上から見送った。
ほんとうは、川で魚をとってるかっぱがうらやましかったし、友だちになりたかったけど、かっぱにみえたから、しょうがないやろ。
あーあ、それにしても暑いなあ。セミもうるさいし、日陰もない。ぼくは、また土手の上をぶらぶら歩きながら、おばあちゃんの家にひきかえした。
家の軒先でしごとしてたおばあちゃんが、さっそく声をかけてきた。
「ジン、どこにいってたんや?」
「散歩や。土手をぶらぶら歩いてたら、かっぱをみつけた。」
「かっぱ、ほんとか?」
「魚とってた。」
おばあちゃんは笑うと、
「それは、賢照寺のよこに住んでるケンちゃんとちがうか。たしかジンと同い年のはずや。この尾母川はアユがおるからな、小遣いかせぎにとってるんや。」
「ふーん。アユをとったら売れるんか。さすが田舎やなあ。」
ほんとうゆうと、こんなきれいな川で、遊びながら魚をとれるのが、ちょっとうらやましかった。
「かってにアユとって、ええんか?」
「あかん。漁業券買うか、漁業組合に知り合いがおらなあかん。ケンちゃんに、きいたろか?」
「ええわ。」
かっぱと友だちになるかどうかわからんし、まだ、この田舎で二年間も生活するかどうか、ぜんぜん実感がわいてけえへん。ひょっとしたら、もっとはやく大阪にもどれるかも、と淡い期待をだいてる。
しかたないやろ、きゅうにきまってしもて、あっというまに、おばあちゃんの家に住むことになったんや。来てまだ一週間しかたってないんやで。ほんま、泣きとなるわ。
次の日、ぼくは、おばあちゃんに連れられて、地元の小学校にいった。
おばあちゃんの家にきて一週間しかたってないのに、なにもわからんまま、今日から、地元の小学校に転校や。朝の早いうちはまだ涼しいから、蝉も鳴いてない。どこまでも田んぼはひろがり、山すその道沿いに、ぽつん、ぽつんと家がたってる。大阪とはえらいちがいや。おばあちゃんは、すたすたあるくけど、ぼくはおもい気持ちをひきずってあるいてた。
―いややなあ、いきとないなあ。緊張するなあ。
せめて、お母ちゃんがついてきてくれたらええんやけどなあ。お母ちゃんは大阪で仕事してる。『小学校を卒業するまで、2年間だけ田舎で暮らしてほしい。』といわれた。
お父ちゃんが仕事に失敗して、借金をこしらえたんは知ってる。お母ちゃんがそんなお父ちゃんと離婚して、パートの仕事をはじめたんも知ってる。 そやから、いややとよういわんかった。
「ええよ、ぼくはどこででも生きていけるから。」
強がりいうてしもうた。
でも一人になると、やっぱり淋しい。
小学校は門はあるけど塀がなかった。先生に挨拶すると、さっそく運動場に面したわたり廊下をとおって教室にむかった。広い運動場にも、フェンスがない。むこうの山すそまで田んぼがひろがってる。大阪のごみごみした景色とえらいちがいや。いやでも青い空が、緑の山が目に飛び込んでくる。
―緊張するなあ。どんな子がおるんやろ。
ぼくは、大きな先生の背中に隠れて教室にはいった。
みんながいっせいにこっちをみた。
―うわあ、負けたらあかん。
かわいい女の子のとなりの席がええねんけどなあ。それがだめやったら、せめて、後ろの、隅っこのほうの、めだたん席がええなあ。
ぼくがはいったとたん、教室がざわついた。先生が、大きな声をはりあげた。
「みんな静かに。今日から、みんなと一緒に勉強する大山 仁君。みんな仲良くな。」
えらい簡単なしょうかいやった。
なんかいわなあかん。
「大山 仁です。」ぺこりと頭を下げた。
そのとき、
「あっ、もやしや。」声が飛んできた。
みんな、くすくす笑ってる。
びっくりして顔を上げると、かっぱが窓際のいちばん後ろの席にいた。
「ちょうどええわ。山本の横の空いた席に座りなさい。」
かっぱは、山本というんや。
―最悪や。同じ五年生で、同じクラスで、おまけにかっぱの横の席や。
ぼくは、しぶしぶ一番後ろのかっぱの横の席にすわった。
すぐ国語の授業が始まった。まだ教科書をもってない。ぼんやり教室の中をながめてたら、北野先生が、声かけてきた。
「大山は、教科書もってなかったな。
山本、今日だけ教科書みせてやってくれ。」
北野先生は、気楽にたのんだけど、ぼくもかっぱも気まずいだけや。 かっぱが、ちょっと机を寄せ、ぼくもちょっと机を寄せたら、微妙なすきまがあいた。これがかっぱとぼくの、今の気まずい関係や。別に、嫌いとちがうけど、なんで初日からかっぱのとなりにすわって、いっしょに教科書みなあかんねん。
かっぱが、小さな声できいてきよった。
「おまえ、転校生やったんか。」
ぼくには、この言葉のいみがわかる。川で出合った時は、きっとこの田舎に遊びに来た都会のもやしやとおもわれてたんや。
「そうや。」
「家は、どこや?」
そのとき、先生の声がとんできた。
「山本、大山、うるさいぞ。はなしがあるんやったら、休憩時間にしなさい。」
ふたりとも、さっそく叱られた。
―最悪や!
休憩時間は、みんな遠巻きにぼくをみてる。だれも、ちかよってけえへん。
かっぱは、友達を連れてさっさと運動場に遊びにいきよった。ぼくは暇や。なんにもすることがない。しかたないから、こっそりもちこんだゲーム機を机の下にだすと、ゲームをはじめた。女の子たちが、こっちをみてひそひそ話をしてる。ゲーム機がめずらしいんかな。チャイムがなると、みんなあわてて席に着いた。
―あっ、もうちょっとで、1面クリアーできるのに。
かっぱが、気づいて、
「おまえ、ゲーム機もってきたんか。
木本にみられたやろ。ぜったい、先生にいわれるぞ。」
「木本ってだれや?」
「あそこの、黄色いTシャツの女の子や。」
「ああ、Tシャツの女の子か。さっきから、こっちみてた。」
「そうやろ、このクラスの学級委員長や。」
その時、先生がはいってきた。
「きりつ、れい、ちゃくせき。」
学級委員長が声をかけた。そしてすぐ、
「先生、大山君が学校にゲーム機をもってきています。」
大きなこえで、はきはき、つげぐちした。
かっぱが、小さな声でつぶやいた。
「ほらな。いうたやろ。」
くすくす笑ってる。
「大山、ほんとうか?」
ぼくは、びっくりしてこたえた。
「は、はい、暇やからちょっと遊んでました。」
「この小学校は、ゲーム機を持ってくるのは禁止になってる。明日からもってこんように。いいか。」
「はい。」
ぼくは、しょんぼり席についた。
―またおこられた、最悪や。
ゲームしてるときに、直接ゆうてくれたらええのに。
今日一日で、二回もおこられた。
初日からこれか、ほんまさきがおもいやられるわ。