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もぬけの城の伐り姫 第四話

 おさなの遊女屋を出て、次の街に向かった伐り姫達は、遊女屋に払うはずだった金をおさなに返されたため、その金で旅に必要なものを買ってくることにした。

深早「お買い物でしたら、深早にお任せ下さい!」
伐り姫「別に私も行くわよ?」
深早「いえ、ねぇ様は荷物も持ってくださいますし、旅の途中、何かあった時は、どうしてもねぇ様に頼る事になってしまいます。なのでこれ以上ご負担をかける訳にはございません! ねぇ様はそこの茶屋でお休みくださいまし!」
深影「僕も休憩を……」
深早「影は荷物持ちよ!」

 やり取りに乗じて休もうとしていた深影は腕を取られ、無理やり連れていかれた。
 結局、茶屋に残された伐り姫は深早の言う通り、休むことにする。

~~~

 深早達買い物に出かけてから、十分ほど、平穏な街に似つかわしくない何かが割れる音と、少女の叫び声が聞こえてきた。
 物々しい雰囲気に、村人たちは音のした方に顔を向け、何か何かと騒ぎ立てる。

???「オラァァァ! このガキがどうなっても良いのか!」

 観衆の視線の先には、男が年端も行かぬ少女を人質にとり、鉈を押し付け絶叫している。
 また、観衆の一番前、少女の母親らしき女が項垂れていた。

女「あぁ、うちの娘を返してぇ……」
切り姫「貴女の娘さん?」
女「お願いします、どうか、あの娘を助けて……」

 縋る様な母親から事情を聴き、観衆から前に踏み出し、刀を抜く。
 そんな伐り姫に野盗は反応するも、幸いな事に意識は、少女では無く、腰に引っ下げた巾着にあるようだった。
 大方、この巾着を盗み、見つかった故、少女を人質にとったのだろう。

野盗「おい! 来るんじゃねぇ!」

 野党が脅す様に、鉈を少女の首元から離し、伐り姫の方へ向ける。
 ただ一閃だった。
 一閃で鉈は弾き飛ばされ、はるか後方、桜の木に刺さる。野盗は衝撃で尻もちをついて這いつくばった。

伐り姫「疾く死ね」

 許せるはずがない、私欲の為に子供に刃を突き立てる様な人間。
 侮蔑の目を向け、刀を振り上げる。

???「待つんだ!」

 声のする方を振り返ると、黒髪短髪の、如何にも清く正しく爽やかな人間と言った様相の青年が立っていた。

???「我が名は一村剣之介! 正義の剣客をやっている! どうかその刀を収めてはくれぬだろうか?」

 剣之介と名乗った男は、腰を折り、刀を収めるよう頼み込んできた。周りの村人たちも何事かとざわざわと騒ぎ始め、一層集まって来る。
 これだけ大勢の前で切り伏せるのも心象が良くないと考えた伐り姫は、一旦彼の言う通り刀をしまい、村人たちに野盗を引き渡した。

~~~

 野盗を引き渡した後、観衆は散っていく。
 また普段の様子に戻った街は活動を再開する。
 剣之介と名乗る男は腰に手を当て、ニッカリと笑い、語り掛けてきた。

剣之介「良く留まってくれた!」
切り姫「どういうつもりだ?」

 人が少なくなったのを確認した後、野盗や賊などを許せない伐り姫としては、賊に温情をかける剣之介の言動に立腹し、街の外れを指さし付いてくるように促した。
 人がいない外れにて、再び問いただす。

切り姫「何故止めた? 子供を人質にとる様な屑、殺されて当然だろう」
剣之介「いくら相手が悪人だろうと、殺しは良くない事だ!」

 至極当然の事を堂々と叫ばれ、面食らう。
 そんな剣之介の様に苛立ち、無言のまま睨みつける。

剣之介「君こそ何故、そこまであの野盗を憎む?」
切り姫「私は、商人の娘だった。しかし、両親を賊に殺され、もぬけの城の城主様に救って貰った……」

 剣之介の問いに、伐り姫はため息をつきながら、両親の事やもぬけの城の事を話し始めた。
 自身がどれだけもぬけの城を大切に思っていたかも、どれほどのモノを城主に貰ったかも。そしてそれら全てを奪われたことも。
 身の上を洗いざらい話せば、同意してもらえると確信していた。

剣之介「それでも、復讐だなんて、間違っている!」

 だが、返って来たのは変わらず伐り姫を否定するような言葉だった。
 正論に、思わず激昂する。

切り姫「貴様に何がわかる!?」
剣之介「仮に復讐を遂げたとて、その子らが還るのか?」

 わかっている、彼の言っている事は至極真っ当だ。
 真っ当だからこそ、伐り姫の癇に障った。
 何より、自身の愛を否定されているようで腹が立った。
 言い返そうと睨み返すも、剣之介は続ける。

剣之介「それで君は、今幸せなのか?」
切り姫「っ……」

 真っすぐな剣之介に、思わず言葉を詰まらせる。
 自身の幸せ……。
 あの日以来、そんな事は考えたことも無かった。

切り姫「黙れ! 私は……私の生はもう終わったんだ! 二度も! それに、一体どうなる? もぬけの城の、理不尽に壊され、殺されたあの子達の魂はっ!」

 返すべき言葉が無くなった伐り姫は叫びながら、殺された家族達を思い返し、刀を抜いた。
 剣之介も慌てて刀を抜き、二人は打ち合い始める。
 両者の実力はほぼ互角だった。
 いや、実際の能力は自身の方が上なのだろう。何度か付け入る場面はあった。だが、感情の乱れからか、それとも善人を殺めるのを躊躇ってしまうのか、形勢は傾かなかった。
 かれこれ五分ほど打ち合っていると、

深影「伐り姫……様?」

 探しに来たのか、木陰から、美影が恐る恐る声をかけてくる。
 流石に美影の前で無為な伐り合いをしていられないと判断した伐り姫は、打ち合いを止めて刀を鞘にしまった。

切り姫「み、深影……どうしたの?」
深影「いえ、その、ねぇさんと伐り姫様を探していたら、刀の打ち合う音がして……。どう、なされた、のですか?」
伐り姫「いえ、たまたま出会った自称剣客と腕比べをしていただけよ。殺し合いでは無いわ」

 目を逸らし、誤魔化す伐り姫は剣之介の方に視線をやり、無言の圧力かける。

剣之介「はっはっは、そうだ少年。たまたま腕比べがしたくてな、この少女が引き受けてくれたのだ!」
切り姫「……子ども扱いするな」

 さほど年も変わらぬのに、少女などと宣われ、横目で睨む。

深影「ねぇさんも、探してます。切り姫様、戻りましょう」
切り姫「そうね、心配かけてごめんなさい」

 しかし、剣之介のおかげか深影は安堵したようで、伐り姫に戻る様に促す。流石の伐り姫も堪忍し、身をひるがえして深早が待つ街の方に向かった。

~~~

 街に戻ると茶屋付近で落ち着かない様子の深早が、先程救った少女とその母親と話していた。
 しかし、深早は伐り姫と美影に気づくなり足早に近づいてくる。

深早「ねぇ様! どちらへ行っていらしたんですか? 聞けばこれまた帯刀した男と物々しい雰囲気で街から出て行ったというではありませんか!」
切り姫「す、少し話をしていただけよ」

 どうやら深早は怒っているようで頬を膨らませ、詰めて来た。これではどちらが姉かわからぬなと、伐り姫は反省する。

少女「おねぇちゃん、ありがとう!」
少女の母親「本当に、なんとお礼を言えばいいか……。大層なものではないですが、ウチで売っている簪です。どうかお使いください」

 反省していると、少女とその母親が礼を述べて来た。手渡されたのは桜の花の装飾が施された美しい簪だった。

切り姫「い、いえ、そんな、頂けません」
少女の母親「そんな事仰らず、どうかお受け取り下さい」

 簪など、後生使うことは無いと思っていた伐り姫は一度断るも、少女の母親は懇願しているようで困り果ててしまう。

深早「ねぇ様、こういう時は有難く頂戴しておくべきですよ」

 深早が見かねて耳打ってくれたおかげで、伐り姫はその場をやり過ごすことができた。
 手を振る少女に、控えめに振り返し、別れた後に受け取った簪を見つめる。
 ここに至るまでに、賊の情報を得るべく、幾度か人助けはしてきたものの、それは悪漢憎しでやっていたものだった。故、感謝され、あまつさえこんなものを貰うなど予想だにしなかったのだ。
 こうやって人助けをして旅をするのも悪くないのではないか。
 そんな夢想が駆け巡る。
 けれど、貰った簪を眺めていると思い返す。

 もぬけの城でも春は桜が綺麗に咲いていた、と。皆で桜の木の下を駆け回ったり、団子を頬張ったりしたのだと。
 あの人はそれをいつも幸せそうな顔で見ていたなと。

 思い返してしまうと、同時にもうその光景は見られないのだと再認識させられ、心の内に怨嗟の焔が灯るのだった。

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