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もぬけの城の伐り姫 第六話

 真に討つべき敵が露わになったはいいものの、現実問題、今の伐り姫達でどうにかできる様な相手では無かった。圧倒的に戦力が足りないのである。
 幕府が黒幕である云々は置いておき、目下、城主の仇である賊央達を討つには、最低でも雷太の力は欲しいものだ。
 認めざるを得なかった。敏く、賢かった城主ならば、知らないはずがなかったという事を。わかっていたはずだ、城主は、傷つける為に刀を振るうような人では無いと。
そして、何より、自身は城主の様に清廉潔白な人間ではないと。
 伐り姫は、どんなに残虐だと罵られようと、復讐を成し遂げたいと考えていた。
 故、先日「甘い」と背を向けた、雷太の元へ向かった。
 上裸で鍛錬に励む雷太に腰を折る。

伐り姫「雷太……やっぱり私は、城主様が、甘かったとは思わない。けど、私は、奴らを殺す為ならどんな事だってする。だから、力を貸して」
雷太「……」

 改まって頭を下げる。雷太は自身が知っている、勝ち気で男勝りな伐り姫からは考えられない行動に、思わず固唾をのんだ。
 雷太自身、もぬけの城の事は良い思い出であり、彼らの事を想っていた。しかし、今の彼には里の長となり、忍びを率いなければならないという使命があった。

雷太「俺は、この里の長の候補だ。だからこそ、そう軽々と、私怨で動いたりできねぇ」
伐り姫「そう……ね。ごめんなさい、無理を言って」
雷太「だけど……まぁ、諜報とか、非番の際は手伝ってやらんでもない」

 目を逸らして吐き捨てる雷太に、伐り姫は「ありがとう」とだけ述べる。
 実際、雷太が戦力として数えられないとなると、これからの旅路、相当きついものになると予想された。しかし、もう、もぬけを出て、忍びとして任務を全うし生きている旧友に我儘を言うのは間違っている。
伐り姫は、そう考えられるくらいの道理はわきまえていた。

 後、雷太の心添えによって、錆かけていた刀や装備一式を新調、補修してもらい、里を後にする事にする。
 里の出口で伐り姫達を見送りながら、彼は語った。

雷太「悪かったな、その……力になってやれなくて」
伐り姫「いいえ、アナタには忍びとしてやることがあるんでしょう? なら、そちらの方を大事にしなきゃ」
雷太「まぁ、この里の近くを通ることがあったら寄っていけ。俺の部下たちに話は通しておいてやる。あとは、まぁ、あの絲とか言う狐面のくのいちも協力してくれるんだろう?」

 雷太が言うと、後ろの木陰が動揺したようにガサガサッと蠢いた。その様には、諜報に慣れていない伐り姫でも絲が隠れている事はわかった。

伐り姫「気づいていたの?」
雷太「そりゃあな、この里には色んな所から忍びが潜入に来てるが、あれは……蚕姫のとこの使いだろ? デカい街には同じ面を被ったガキをちょいちょい見かけるからな。ま、蚕姫が何者なのかは知らねぇけどよ」

 かなり的確な事を言い当てる雷太だが、蚕姫がおさなだという事は知らないらしい。それがおかしくて、思わず伐り姫一同笑ってしまう。

伐り姫「フフフ、アナタにもまたいつか教えてあげるわ」

 困惑する雷太を前に、一同、ひとしきり笑った後、深早が腰を折った。

深早「それでは雷太兄様、お世話になりました。」
雷太「おぅ、お前らも気をつけろよ。伐り姫がいるからそこらの輩に負けることはねぇと思うが、最近きな臭くなってきてるしな」
深影「ぶぅ……雷太兄さん、来ないのかぁ……」
雷太「そう拗ねんな、俺も任務であっちこっち回ってる。たまたま会う事もあるだろうよ。そん時に蚕姫が誰なのかも聞かせて貰おうじゃねぇか」
伐り姫「フフ、そうね」
雷太「フッ。とはいえ、一勝だな」
伐り姫「むぅ……」

 最後に痛い所を突かれ、唸るも、雷太はカラカラ笑い、送り出してくれた。
 確かに、もっと強くならねばならない。確かに雷太は強かったが、敵があれより弱いとも限らないのだ。
 伐り姫は言い聞かせ、逸る気持ちを抑えて刀の柄に触れた。

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 敵の正体、所在ともに明らかになったは良いものの、かなりの遠方である事。そして何より自身がまだ無力だという事は目下最大の問題であった。
 故、伐り姫は道すがら、護衛や人助けをして腕を磨いていると、絲が参じて語った。

絲「昨今、ここら一帯で夜中に最強の人斬りを名乗る男が暴れているようで、手が付けられないのだとか……」
伐り姫「人斬り?」
絲「無力化した者には、一帯の藩主からは報奨金も出ているようです。よろしければ戦ってはみませんか? 危険になった場合、絲が助太刀いたします故。逃げることに関して、忍びの右に出るものはおりませぬ」

 なるほど、願っても無い話だった。二つ返事で役場に潜り込み、依頼を受ける。
 受け取った人相書きを頼りに、夜中、人斬りを探すこととなった。
 新月の夜、真っ暗な街の中、丑の刻も過ぎた頃、半ばあきらめかけている時刻であった。門の上で隠れ身を使い、周囲を警戒する絲が口を開く。

絲「なかなか、見つかりませんね」
伐り姫「流石に一日で見つかることは無かった様ね」
深影「今日はもう、帰りましょうよぉ」
深早「男の癖にナヨナヨしてんじゃないわよ!」

 べそをかく深影を小突き、声を荒げる深早に思わず笑っていると、突如、進む先十丈程先から殺気を感じる。
目を見開いた。刀を抜いた男が立っていたからだ。
 すぐさま伐り姫は刀を抜く。一拍遅れて、絲も警戒した。

???「なんだ、女子か……」
伐り姫「っ……」
???「刀を持っているきに、侍か思っちゃわ」
伐り姫「女だからと甘く見るな」
???「なんだ? お前ら、伐り合えるのか?」

 無精ひげの男の質問に構えて応えて見せる。
 すると、気を良くしたのか、男は片方の目をかっ開き、饒舌に語り出した。

???「それはいい! 女子だてらに剣を振るうとは、それに、その構え、それなりに強いとみた。儂は以蔵、岡田以蔵ちゃぁ! 土佐の山爺の血を引くものじゃあ! いざ参る!」

 男は名乗りを上げると、襲い掛かって来る。
荒々しく素早い動きだった。何より、伐り姫本人ではなく、後路にいる深早達を狙っての横なぎだった。
 間一髪、でそれを防ぎ、帯刀している深影に叫び指示する。

伐り姫「深影! 刀を抜いて深早と十歩後ろに下がりなさい!」
深影「あ、え? あぅ」
伐り姫「良いから早く!」

 アワアワとおどける深影と、怯える深早を庇いながら二・三度刀を交える。

伐り姫「随分と姑息な手を使って、私一人に勝てないと? 臆病ものなのね?」
以蔵「儂は勝てりゃあええんじゃあ! その為なら崩しになる様なもんは全部切っちゃる」

 伐り姫の挑発などお構いなしに以蔵は後ろ後ろを狙ってくる。伐り姫はそれを凌ぐので精一杯だった。
 以蔵は確かに強いが、実際の実力は自身の方が上なはずなのに、守るためには防戦に回るしかなかった。
 伐り姫が歯噛みしていると、門の上、身を潜めていた絲が以蔵に向けてクナイを投擲した。以蔵は驚き、刀でクナイを弾く。しかし、その隙を見逃す伐り姫では無かった。大きく踏み込み、相手の刀の根元を圧し折る。
以蔵が怯んだところ、足を斬りつけ、蹴り飛ばした。

伐り姫「妖異の名をかたっているようだけれど、本当に人に仇なす物の怪ならここで切り伏せるわ」

 以蔵は先ほどの威勢はどこへやらで、軽い切り傷に、ぎゃあぎゃあと喚き怯えていた。

以蔵「卑怯じゃぞ! 一対一じゃなか!」
伐り姫「先に深早達を狙ってきたのはそちらでしょう?」
 伐り姫は、喚く以蔵を、氷の様な視線で見降ろした。
以蔵「ぐぅ……わかったっちゃぁ、もうこの辺で暴れるのはやめる。じゃから見逃してくれぇ!」

 みっともない姿に呆れていると、いつの間にか以蔵の後ろに回り込んだ絲が彼を捕縛する。

以蔵「やめろぉ! もう暴れとらんきに!」
伐り姫「呆れたものね……」
絲「アナタには捕縛命令が出ています。大人しくお縄に着きなさい」
以蔵「ぐぅ……」

 気付けば、朝焼けが照らしている刻だった。絲が唸り声をあげる以蔵を締めあげ、賞金を出している藩主の元へ連れていった。
 結局、以蔵は藩主に引き取られ、やいやいと叫びながら、故郷である土佐に送還されていった。

藩主「少女だてらに良くやってくれた。差し支えなければ、誰に師事しているか教えてくれぬか?」
伐り姫「もぬけの……」

 言いかけて、ふと止まる。壬生佐紀や雷太、絲が語っていた事だ。
 もぬけの城は幕府の意向で堕とされた。その生き残りがいるとなれば、目の前の藩主がどう思っているかはさておき、世間としては都合が悪いのではないか。ひいては、面倒な火の粉が身に降りかかるのではないかと考える。最悪、自身に降りかかる火の粉であれば伐り落とそうも、後の深早や深影にまで手が及ぶのは避けたかった。
 故、咳ばらいをし、言い直す。

伐り姫「名乗るほどの者では御座いません。ただ、充ても無く流離っている中、妹と弟を守るべく身に着けた剣舞でございます」
藩主「そうか、それは災難だったな。どれ、少しばかり乗せてやろう」

 藩主は豪快に笑って、報酬を手渡してくれた。
 いつの間にか、陽は昇り、暖かい日差しが頭を照らしていた。
 伐り姫は、俯き想いに耽る。
 深早達の存在は助かる。街ゆく人とコミュニケーションを取るのも深早だし、深影も頼りないものの、荷物を持ったり手伝いはしてくれる。二人共、大切だ。だからこそ、守らねばならい存在だった。
 今回は絲のおかげで何とかなったものの、今後も深早達を狙われてはたまったものではないと頭を唸らせる。
 伐り姫は、復讐を為すには、守るものが多すぎるのだった。

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