サピエンス全史 最高 (読書感想)

 ユヴァル・ノア・ハラリ氏というイスラエル人の歴史学者が著した「サピエンス全史」は、ホモ・サピエンスという人類を生物学・歴史学・科学の視点から捉え、人類がどのように繁栄していったのかを考察した作品で、世界中に衝撃を与えベストセラーとして名を馳せました。

 多くの人が手に取った一方で、内容は非常に密度が濃く2巻に分かれて発売されているので、上巻でギブアップしてしまう人もそれなりにいると思われます。実際に私も読了まで想像以上の時間を費やし、一時、残りはYouTubeに投稿されている解説動画で済ませようかと考えたこともあります。しかし、自分の力で読み切ることで本書の内容がより鮮明に脳内に刻み込まれますし、なにより達成感が最高に心地良いです。

 そして内容が濃いだけあって、読んでいてとにかく好奇心が止まりませんでした。その原因は、この作品が新鮮な知識を提供し世界を広げてくれたから、というよりも、元々自分が知っていた世界を全く異なる色で塗り替えられたから、といったものでしょうか。かつて学校で習った人類の歩みの歴史は、違った視点から捉えると全く異なる歩み方をしていると気付かされました。

 要約

 まず、人間(ホモサピエンス)の繁栄における最も重要な分岐点は、科学に出会った時、農業を始めた時より遥か昔、約10万年前の認知革命が起きた時で、これによって我々は虚構を信じる能力を獲得しました。具体的に言うと、ホモサピエンスは国家・貨幣・宗教のような、実際に形あるものとしては存在しない”概念”を信じる能力を手に入れたのです。事実、我々は所詮海に囲まれた細長い島に住んでいる生物であるにも関わらず、自らを日本に住む日本人だと名乗り、単なる紙切れを1万円の価値があるお金だと信じ、目で見たこともない空想上の超人的存在を神様と呼び崇めているではありませんか。これらは単なる概念に過ぎません。しかし、現代の様相を見て分かるように、この虚構を信じる能力は人間を巨大な集団で統合させることを可能にしました。例えば、オリンピックが開催されると我々は日本人として、一億人が一丸となって日本代表を応援しています。この能力は他の生物にはない極めて特殊なもので、人間は圧倒的な種としての数の暴力によって地球上のボスとして君臨するようになったのです。

 さて現代、我々は資本主義・人間至上主義というイデオロギーを信仰することで現代の豊かで発展した社会を築き、地球での人間の繁栄を維持しています。ここで本書が突きつけるテーマは、果たして人間は幸せになったのかという根源的な疑問です。確かに我々人類は繁栄しましたが、それは種としてであって、個人としてはどうでしょうか。農業を始めたことによって人類の数は爆発的に増えましたが、一部のエリート階級を除いて大多数は狩猟採集生活以上の過酷な労働を強いられることになりました。資本主義の発達によってテクノロジーが発達し豊かな生活を享受できるようになった一方で、人々の間の圧倒的経済格差を生み出しました。富裕層の人間でさえ、大金を手にしても飽くなき欲望に支配されています。我々は昔の人類より幸せになりましたか?そして、今我々は幸せですか?と、この作品は最後に我々に訴えかけるのでした。

感想

 まさかメインテーマが哲学的な問いだとは思わず面食らってしまいましたが、結局、人類の繁栄の終着点にあるのは幸福だとも考えさせられました。そして、幸福ですか?という問いに対して明確に回答できないことは、我々は今も幸福への道の途中を歩んでいることを示していると思われます。しかし、その結末が訪れる日はやってくるのでしょうか。幸せに対する欲求が途絶えるとは到底思えません。それは人類全体に限った話ではなく、個人単位でも実感できることです。例えば、今まで月5万円の給料でアルバイトをしていた学生が昇給によって月8万円貰えるようになったとします。昇給したその瞬間は幸福に満ちていると思われます。しかし月8万円の給料の生活が1年も続けば、きっとその学生は現状の報酬では満足できなくなっているでしょう。つまり、幸福とは変化によって訪れる一瞬の概念であって、過ぎ去った後に残るものはただ欲求のみであり、その変化がプラスであれマイナスであれ、一度それを経験すると幸福への欲求が発生し止まることはありません。このように考えると、真の幸福とは変化がないこと、すなわち”無”であるとも思えてきます。何もなければ変化する余地もなく、欲求への動機も存在しませんから。

 また、本書では何を幸福とするのかも、虚構であると述べています。幸福に絶対的な答えは存在しないということでしょうか。そもそも科学から言わせれば、幸福とは外的要因で発生するものでなく、体内に生じる快感に過ぎないようです。薬物で体内のホルモンや神経を刺激し続けることが真の幸せだということでしょうか。いよいよ幸福というものに惑わされ、脳がパンクしそうです。

 ただ、最後に私が言えることは、我々人類の歴史は、本書にも登場するような超ホモサピエンス的存在が終止符を打たない限り、絶えることなく続いていくだろう、ということです。また、幸福とは何かを考えるその瞬間を幸せだと考えない限り、我々は思考停止か死を選ぶことになるだろう、ということです。一瞬ごとに訪れる些細な出来事を幸福と思わないと、欲望に支配されたり鬱になってしまうでしょう。私としては、思考している瞬間を幸せだと思えないようだと、何も考えない方が幸せだと、あっという間に思考停止を是としてしまいそうです。私は思考停止人間が大嫌いです。故に私は絶えず思考し続け、日常にある幸福を大切に摘んでいきたいです。たとえそれが虚構だとしても、自分が生きる今この瞬間は幸福だと信じていたいものです。

 そして「サピエンス全史」は、私の脳を破壊寸前まで追い込んだので二度と読みたくない、だけどいつかまた読みたい、と思わせる不思議で壮大な物語でした。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?