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母親



 子供の頃、休むことなく家で動き続ける母親が鉄人にみえた。

家族の誰よりも早く起き、洗濯物をして干し、トントンとリズム良く野菜を切る音で、僕たち家族は目を覚ました。

昼間はパートをし、夕方に野菜、肉、おかしがパンパンに詰まった買い物袋を、両手に持って帰ってくる。そして、また台所で料理を作る姿を毎日見ていた。家事を1日も休むことなく毎日動いている母はパワフルで頑丈にみえた。

 そんな母が、病院に入院することになった。


 パジャマ姿で病室にいる母は、一瞬で患者の姿になった。実家でいる時とは一回り小さくみえる。細い腕に浮き出た血管、化粧もしておらず、ベッドから動けない母は普段より老けてみえた。

「めっちゃ患者やな。」と、思わず言ってしまった。「どういうことや。」と、母親は痛そうに苦笑いしていた。

 腰椎圧迫骨折。高齢者に多い病気で整形外科ではよくみる病気だ。

 ただ、母はまだ60代。40代から関節リウマチになり、いつもパワフルで笑顔が多かった母から、慢性的な痛みから、つらそうにしてくることが増えていた。

長期的なステロイド使用による副作用で骨粗鬆症になっていた。今回の骨折は転けた訳ではなく、特に原因もなく普通に生活をしてなっていた。

 主治医から母の病状説明をしたいとのことで、母の病室に集まった。何か嫌な予感がした。

 数枚のレントゲン写真をみせながら、

母の場合、腰の骨が潰れかけており、手術でピンを入れ固定した方がいい。手術をしないと他の骨も今後、連鎖的に骨折する可能性があるとの説明だった。

コルセットを巻いて、保存療法でいけると思っていた僕はそんなに悪いのかと驚いた。そして、当の本人も驚いた表情で、みるからに動揺していた。主治医は丁寧に手術について、説明をしてくれたが、母には細かい説明まで、頭に入る余裕はなさそうだった。

 手術するかしないか、数日で決定する必要がある。母は迷っていた。

「どうしたらいいと思う。もう死にたいわ。」と、冗談混じりの弱音を吐いた。

僕は長期的にみて手術した方がいいのではと思っていた。

 父親にどう思うか聞くと、「動けん状態で帰って来られても困るで。またすぐ骨折して入院になっても困しなぁ。手術した方がいいと思うけどなぁ。」と父は困った表情で話した。

 父は仕事中心の昭和人間で、定年まで家事をする方ではなかった。そんな父が入院前から、痛みで動けない母の介助や家事をしていた。
入院前からどうしたらいいかと相談の連絡を受けていた。

父の若い頃は、僕に相談や弱音なんて吐く人ではなかった。父にとって母の介護や家事は、戸惑いと苦労が多いことが伺えた。

 「痛いままでかなんし。手術受けるわ。」
と、母は覚悟を決めた顔をしていた。

 手術日当日、僕は仕事終わりに病室にいった。手術はすでに終わっており、心電図モニターや酸素投与等全身管だらけで、動ける状態ではなかった。

僕が「お疲れさん。」と言うと母親は苦笑いで「もう大変やわ。来てくれて、ありがとう」と、虚ろな表情で返事をした。
早くよくなりますようにと願うしかなかった。

 手術が終わると、リハビリが始まった。少しずつ動けるようになり、個室のトイレまで一人でいけるようになった。退院が少しずつ近づいている感じがして嬉しかった。

 手術から3週間程して、病状説明のため、再度父と自分は母の病室に集まった。

 主治医はレントゲンをみせながら、
「腰に入っているピンが抜けかかっています。このままではいけないのでもう一度手術する必要があります。」
 と少し困ったような表情で説明をした。
 手術のリスクや起こり得る事象として事前に説明は受けていた。が、実際にそれに当たると、なんで母に限って。と思うもの。母も信じられないという顔で落胆していた。

 そのままにしておくと、ピンが皮膚を突き破る危険性もあり、今回は再手術という選択しかなかった。

 「もう3回目はないで。最後。」と母は呟いた。
 次は絶対うまくいきますようにと願うしかなかった。

 2度目の手術は無事に成功した。

 ただ、また一からのリハビリ。腰の縦に入った2つの大きい傷は常に痛み、一日中するコルセットは動きづらそうだった。それでも、少しずつリハビリして何とかベッドの周囲を歩けるようになっていた。

 入院から5ヶ月後にやっと自宅へと退院となった。

 実家に帰ると、患者姿じゃない母がいた。コルセットを巻きながら杖をつき、ベッドの隣にはポータブルトイレが置いてあった。

昔の鉄人のようにみえていた面影はもうない。
ただ、両親が住み慣れた家で生活が送れていることが有り難い。
 
この光景が少しでも長く続くように願うばかり。


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