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ちっぽけな

英語でも日本語でも、
似たような言い回しはあるもので、
そこに国籍、言語を問わない、
人類の思考法の類似性を見ることができて、
大変面白いものでございます。
先日でございますが、
彼女がアニメのデスノートを観ておりまして、
僕は近くで観るでもなしに、
自然と入ってくる声を聞いていたのですが、
明かに‘’くさいな‘’と思う言い回しがありましたので、
stinky
と言ってみたところ、
what’s stinky?
と聞き返されてしまい、
言い回しがあからさまで、
なにかが起こることは明かだというようなことを、
彼女に伝えましたところ、
Ah we use ‘’fishy’’
と教えてくださいました。
魚を意味する‘’fish’’を元にした形容詞だそうで、
生魚の臭いからそれが使われているそうです。
意味するところの源は近しいものですよね。
同じ言語を共有していないにもかかわらず。
物事の起源は全ては明かにされておりませんが、
その事実が興味をそそられるものでございまして、
仮説であろうとも、
楽しく読めるものでございます。
日本語の起源は諸説あり、
明かにされておりませんが、
英語とは起源を異とするものであるようでございますので、
今回のような‘’くさい‘’と‘’fishy’’のような言語感覚は、
偶然に起こったものなのでしょうかね。
面白い。
また、これを書いている間、
ずっと目の前で睡魔と戦っているkittyは、
その姿、生活スタイル等々をほとんど変えずに、
果てしなく長い期間を代々受け継いできたと考えると、
驚かされるとともに、
これまでも、これからも、
人々に愛される存在でいるのだろうな、
確信のようなものが湧いてきます。
愛らしいたらないですからね。
さまざまな起源、歴史を考えると、
ありふれた言い回しではございますが、
ほんのちっぽけな自分自身に、
なにやら期待を抱いて生きるのも、
悪くはないかなと感じられます。
ほんのちっぽけな存在でしかないのですからね。
オーストラリアの文化を背景に持つ彼女と、
猫の歴史を持つkittyと、
二人と送る生活は楽しいものでございます。
有り難い。

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