IT推進党

 「国民のみなさんはすでにお気づきのことと思います。」
 IT推進党の党首であるU氏は、公共放送の政見説明番組で語りだした。
 「我が国における2017年度の時間当たりの労働生産性は、OECD加盟国36 カ国中20位でした。最上位諸国の半分以下という状況です。
   我が国は幕末から維新にかけて、その勤勉さと柔軟性を最大限に発揮 し、短期間に国際社会への台頭を果たしました。また、国民にとって大変不幸な世界大戦とその敗戦をうけ、その焦土からも短期間に復興をとげ、高度成長を果たし、先進国に仲間入りを果たしてきました。」
 U氏は、演台に用意されている水差しからのコップの水を注ぐと、軽く口 をつけた。
 「しかし、バブル経済崩壊の後、未だに閉塞感が漂うのはなぜでしょう。
 大企業が次々とリストラを断行した結果、正規従業員の数も減少。所得水準も引き下がる一方、労働時間も決して短いわけではありまぜん。
 そう、その最大の原因は『非効率』だからです。」
 U氏はボードを取り出し、政府行政機関でのIT利活用度の国際比較をグ ラフを使って説明した。
 「選挙の方法ひとつをとってみても、未だに投票用紙でしか手段がない こと。また、議場での投票が法案賛否の木札投票で、時間がかかることに加えて、誰がどう投票したかがデータで残らない。ゆえに公表もされていないこと。これだけITが進化し、ネットワークとセキュリティ技術が発達した今、選挙制度や国会議会運営が議会創成期から一切変わっていないことが最大の非効率であります。
  また、地方行政も各都道府県の単位や場合によっては市区町村の単位で、それぞれにITシステムを個別に導入していること。これはIT業界の構造的な問題に起因しているのですが、我が国行政システムを一本化し、全国に個別サービスを提供することぐらいは、今すぐにでも実現できるソフトウェア技術も、必要な性能のサーバも、個人認証セキュリティ技術もあります。
 これらの技術がなぜ活用されずに、都道府県市区町村がそれぞれ個別に情報システムを構築しているのでしょうか?」
 U氏はボードを差し替えた。
 「そうです。ITを活用するためにはシナリオが必要です。
  このシナリオを基本計画(マスタープラン)として立案して、それを実現し、実行していくスキルが必要なのです。これは在野の民間企業も同じことではあるのですが・・・・まずは国政レベルから変えていかねば、 いくら総務省や経済産業省が掛け声をかけても、IT活用のレベルはあがらず、労働生産性も向上しません。そのためにも・・・・・」
 IT推進党の党本部はネット上に存在している。
 U氏をはじめIT推進党のメンバは、その革新性から国内外の様々な諜報機関やテロ組織から命を狙われるリスクがあるため、主な活動は完全にネットワーク上に限定している。
 党本部システムは、A.I.を活用したセキュリティで保護された、国内では 最高レベルの技術で守られており、U氏をはじめとする党員は、世界中どこからでも接続可能であり、党内業務をはじめすべての活動はネットワーク上で完結させている。もちろん、対外的なパーティーや党員でのコンパもあるが、それらもすべて多拠点ネットTVである。政見放送の番組コンテンツも、 IT推進党の本部で作成したものを放送機関に提供した。
 しかし、国政に参加するためには、どうしても国会議事堂に行かねばならない。 U氏をはじめIT推進党も、国会および各委員会に出席するためには、東京都千代田区永田町の建物に出かける必要がある。
 IT推進党の党員の中には、ボディーガードをつける党員もあったが、 ボディガードもろとも爆弾で吹き飛ばされたこともあって、IT推進党はネットワーク経由での議会参加を認めさせるための法案を提出しているが、議席の過半数を握る与党連合の反対にあっている。
 そこでU氏は、協力してくれる野党議員の運転手になりすましたり、時には清掃業者社員に紛れ込んだり、食堂納入物資の荷物の中に隠れたりと、 
 「同じルートを二度は使わない」対策を駆使していた。
 今日のU氏は、国議事堂警備を警備する衛視に紛れ込んで議会に向かうとしていた。ハリウッドの特殊メイク技術を持った支援者の協力で、顔カタチだけでなく、体格体系もU氏本人のそれとはかけ離れた様相に変装しているので、誰がどう見てもU氏には見えない。
 U氏は、衛視の見回り交代のタイミングで国会議事堂内に入ろうと、国会議事堂正門前で立哨していた。
 しばらくすると、正門の前を腰の曲がった老婆が通りかかった。
 頭から毛糸で編んだ頭巾をかぶり、日本製らしき手押し車を押しながら、正門の前を横切ろうとしているようだ。
 ふと、正門前で衛視に化けているU氏の前までくると、その老婆は顔も上げずにU氏に声をかけた。
 「こんにちは。今日もいい天気ですね。」
 U氏は黙ったまま、職務遂行を装うべく、前方を凝視し続けた。
 老婆は静かに続けた。
 「散歩に出かけてまいりましたが少し疲れてしまって。。。
  この近くでバスに乗れるところはどこになりましょうな?」
 U氏はなおも声を出さず、あちらですよと言わんばかりに恭しく、左手方向を指し示した。老婆も曲がった腰から低く頭をさげると
 「どうも御親切にありがとうございました」
 と丁寧に答えた。
 U氏も思わず
 「どういたしまして」
 と答えてしまった。
 老婆の手押し車から「ピー」っという警告音が発生した。
 「おやおや、声紋までは変えなかったようだね。」
 U氏は「まずい」と思ったが遅かった。
 激しい爆発音とともに、老婆もろとも手押し車が爆発した。
 老婆の首が正門前に転がったが、機械仕掛けだったようで、その首からは機械部品がこぼれていた。
 一方のU氏は。。。。
 「あー、びっくりした。これだからお年寄りと子供には気を付けないといけないんだよね。このあたりの甘さは反省だな。」
 爆発をうけた特殊メイクはボロボロにはなったが、メイクと変装の下には防弾防爆素材で覆われていたため、銃や刀類だけでなく砲弾での攻撃には耐えうる装備を施していた。
 「これも支援者ネットワークのおかけだ。」
 正門前には衛視と警察の特殊部隊:SATが駆け付け、爆発物の現場検証と、さらなる攻撃に備えるべく装甲板でのブロックを作っている。
 U氏は、
 「これなら大丈夫だな」
 と、特殊メイクをはぎ取りながら、国会議事堂の方へ悠々と歩いて行った。
 「おい、失敗じゃないか。ピンピンしてこちらに来るぞ。」
 部屋の窓から成り行きの一部始終を見ていた某党幹部が吐き捨てるように怒鳴った。部屋の中央には、重厚なソファーとテーブルがあり、その正面中央の席では、葉巻をくわえながらソファーに深く身体を預けた人物がいた。
 「はっはっはっ、そう簡単にはいかないと思っていたよ。
  奴もバカではないからね。」
 「しかし、高い金を払ってこれじゃあ。。。。」
 「まあ、あわてなさんな。ああいった連中にもプライドというものがあって、受けた限りは成功するまでやってくれるだろうからね。それよりも、問題は今日の審議だな。奴がいるとなると。。。。少し面倒だ。」
 「いつものように最後は数で押し切るしかないですね。」
 「だといいがね。最近は党内にも反対分子が増えているからねぇ。 何よりも世論だよ。ネット上でサクラを投入していくら炎上させても、奴らの方がネット上での組織力も対応力も上だ。このをチカラをバックに、法案を通しかねないからねぇ。いずれにせよデータの改竄捏造と、舌先三寸で廃案に持ち込むしかないがね。それが我々の戦法戦術であり、我が国の秩序を維持してきた歴史だ。それはこれまでも、これからも変わらない。」
 その人物は葉巻を灰皿に押し付けると、おもむろに立ち上がると、議場に向けて部屋を出て行った。
 しかし、この爆発事件は、このままでは済まなかった。
 国内外のメディアで一斉に報道されると同時に、爆発物の部品をIT推進党の支援メンバーが協力者を経由して入手し、その部品のブロックチェーンを解析することで、某国の大手IT製造メーカーが浮かび上がった。
 報道機関では、その具体的な企業名は公開されなかったが、ネット上では完全に公知となり、某メーカー製品の不買運動が広がった結果、某メーカーの株価は暴落し、今ではファンドによる再生プランが採択されようとしている。
 一方、その依頼者についても、ネット上でのトラフィック情報を解析する支援メンバーが、某政党の事件関与を突き止めた。結果的には、某党党首の辞職をもって終止符をうち、内閣総辞職を受けた国政選挙が実施されようとしている。
 IT推進党の政権放送が続いている。
 「おそらく、みなさんがおかしいなと思うこと。こうだったらいいなと思うこと。プロセスを変えることで、それを引き寄せることができる技術を我々はすでに持っているはずです。問題は、プロセスを変えるための勇気と、信じられるシナリオが必要なのです。
 我が国には、二宮尊徳翁が残された、報徳思想があります。経済と道徳を融和し、私利私欲に走ることなく社会に貢献すれば、いずれ自らに還元されると説かれています。
 我々は、技術をさらに活用していくともに、さらに学びを深めていく必要があり、我が党は、国民のみなささんの共に、その道の歩みを続けていくことを・・・・・」

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