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『アダルトグッズ店が僕の青春だった』 その④「黄昏の一服」

閑話休題。


今回は、俺が実際にバイトしていたアダルトグッズ店で経験した話ではあるが、そこまでアダルトグッズ店に関連する話はしない。
バイト先の休憩室での思い出である。

サイドストーリー的なものであり、まぁ箸休めとして聞いてほしい。
一気に書いちゃうとネタがなくなるからね!

よって奇人変人は出てこないし、大した珍事件も起きない。
だが俺の思い出の中では忘れない光景として、色濃く残っているので、一応書いておこう。



俺はタバコを吸う。
昔はピースを、今は安いという理由でキャメルを吸っている。

俺が働いていたアダルトグッズ店は4階が確か休憩室になっていて、外階段のエントランスに灰皿が置いてあった。

よく出勤する前や後に、そこでタバコを吸っていたものだがこの瞬間が何故か異様に好きだった。

外階段は鉄製の無機質な感じで錆びれていた。
隣には鉄筋コンクリートでできたボロい建物があり、物悲しい雰囲気だった。
だけどそれがいい味をだしていた。
夕日に照らされながらそこでタバコを吸っていると、さながらハードボイルド小説の主人公にでもなった気分である。

そこから下界の歓楽街を見下ろしてみる。
仕事終わりのサラリーマン、無邪気にはしゃぐ学生、チンピラ、いかにも水商売て感じの女。

太陽が沈む中、色んな奴らが通り過ぎていく。
ただ歩いてるだけだけど、それでもこの瞬間も彼らにとっての人生の一部であることは間違いない。

そう思うと、多くの他人の人生を覗き見てるようだった。
彼らはそうやって観察してる俺の存在には気づかないのもまたいい。
色んなやつがいて、色んな人生があるんだなと思うと俄に人生に対する希望てのが俺の中にも芽生えてきた。

そして俺には下世話なバイト仲間がいた。
彼らのほとんども愛煙家で、よく一緒に階段のエントランスでタバコを吸った。

彼らと下らないバカみたいな話をしながら、街を見下ろしてゲラゲラ笑う。
あれはほんとに楽しかった。

「おい、あのカップルたぶん不倫だぜ」
「マジっすか?」
「マジよ。俺も昔不倫してたからな笑」

与太話に続く与太話。
本当に生産性のカケラもない時間だった。
だから愛おしい。

たまには夕陽の力がそうさせるのか、センチメンタルな気分になって、ちょっと真面目な話をしたこともあった。
将来俺はこうなりてぇんだ、今付き合ってる彼女と結婚してぇんだとか。
結局どこまで本気かはわからないけども。

休憩室には在庫処分しきれなかったのか、大量のエロ本やエロ漫画とDVDがあった。
表紙が日焼けしたエロ漫画をパラパラと暇な時間によく読んでいた。

今では通用しない古い独特の絵柄のエロ漫画だったが、表現やストーリーが面白く最後まで読んでしまった。
出版社や作者が気になって調べてみると、出版社は倒産、作者は10年以上作品を描いておらず、今何をしているのかはわからなかった。

まぁそうだわなと呟きながらも、アダルト漫画業界というアウトサイダーな世界で、夢を持ち戦った気骨な男がいるのだなと思うと、切なくも嬉しかった。
俺はそういった世間に抗おうとする人間が好きだ。
常識がなんだ。道徳がなんだ。

なんの因果か絶版になったそのエロ漫画を俺が今読んでるてのも面白い。
作品を世に出すというのはやはり価値がある。
それが例え話題にならなかったとしても、誰かが覚えてくれるのかもしれないのだから。


他人の人生を覗き見て思いを馳せる瞬間が、確かにあそこにはあった。
あの空間や時間が、俺にとってはまさに至福だった。
ただそれだけの話である。

(つづく)


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