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『アダルトグッズ店が僕の青春だった。 』 その⑥「万引き犯の心理」



自慢じゃないが、俺は万引きをしたことがない。ただの一度も。


何を当たり前のことをと思うかもしれないが、そう思うあなたはきっと恵まれた環境で育ったに違いない。それは俺も同じだ。

俺は生まれてこの方、しっかりとした両親に育てられたおかげか道を踏み外すことなく生きることができている。(留年はしたが)
そのため俺にとって、当たり前の普通の人生をドロップアウトしていく人間ていうのは摩訶不思議な存在だった。

元来好奇心の塊のような俺は、危ない世界に魅せられて無鉄砲に飛び込んだりしたものだが、あくまで観察者としての立場は崩すことなく、その世界の住人になろうとは露ほどにも思わなかった。

本当は分かっているのだ。
俺と彼らは根本的に違うのだと。
だから近づいたりしてみるし、そして意外にも相反する人間というのは仲良くなり易くもあるが、どこか一線を引いている。その一線は目には見えないが、感じることは出来るほど強烈なオーラを持っている。

俺はアダルトグッズ店にいた数々の万引き犯やそれにまつわるエピソードから、彼らと俺の違いはなんなのかをよく考えていた。


・「エセ中国人モドキ女」


アダルトグッズ店で万引きするやつなんて本当にいるのか。
だいたいアダルトグッズを盗んだところでなんのメリットがあるというのか。
と疑問に思うかもしれないが、アダルトグッズ店は万引きの温床でもある。少なくとも俺の店ではそうだった。
三ヶ月に一回ぐらいの頻度で警察が店に呼ばれているぐらいには、万引きで問題を起こす客はいた。

俺だって最初は信じられなかった。
万引きという行為がそもそも恥ずかしいのに、そのうえ場所はアダルトグッズ店である。
二重に恥ずかしい。
まともな神経ならばそんなことはしないだろう。

思い出深い万引き犯といえばとある女性客を思い出す。
その女性も女性用アダルトグッズをカバンに入れ店外に出ようとするところを、従業員に捕らえられた。
そのまま事務所に連れていかれそうになったのだが、この女は驚くというか…呆れるような手法を使ってこのピンチを切り抜けようとした。

中国人のフリをしたのである。
突然、中華風の謎の言語を喋りだし、「ワタシ、ニホンゴワカリマセン」みたいな表情をしてすっとぼけ始めた。
言葉が通じないフリをすることで、早くこの場から立ち去りたかったのだろうが、あまりに彼女のエセ中国語はクオリティが低かった。
中国語の分からない俺でもテキトーなことを言ってることはすぐにわかる程だ。

カバンの中にあった身分証明書であえなく日本人ということがわかり、そのまま彼女は御用となった。
その後、彼女がどうなったかは知らない。
俺は彼女にエセ中国人モドキ女という渾名をひっそりとつけた。

といった感じで万引き犯にも色んな奴がいた。
そして俺にはなぜ万引きなんかをするのか?という純粋な疑問が生まれ始めていた。

シャンプーみたいな女性なら許していた。


・「君も一度はやったことあるだろ?」

俺はその純粋な疑問をバイト仲間に聞いてみたことがあった。
そのお相手は、前回紹介した田口さん(仮名)というオッサンと、20代後半フリーターの山田さん(仮名)だった。

2人は店に対する愛着が強いのかしれないが、俺以上に万引き犯に対する怒りを持っていた。
というか俺には万引き犯に対する怒りなどさらさらなかった。

俺は彼らに「そもそもなんで奴らは万引きなんかするんすかね?」と尋ねてみた。
2人ともなんでやろなぁといった感じで、大した答えは返ってこなかった。
謎は分からずじまいかと思った。
その時だった。

「まぁでも俺も若い頃はやってたしなぁ」
「そうそう。ゲームとか盗んで友達に売ってたわぁ笑」

耳を疑うような会話が2人の方から聞こえた。
俺は驚き、思わず「え?万引きしたことあるんですか?」と尋ねた。
2人はまるで動じず、若気のいたりだよと笑いながら頷いた。
万引き経験のある人間が、万引きに対して怒っている。
俺はこの不条理に混乱した。
だがまだ終わりではなかった。


「君も一度はやったことあるだろ?」

彼らからそう尋ねられた俺は大急ぎでないっすよ!と否定した。
するとどうしたことか。
彼らは「え、ないの?一度も?」と珍獣でも見るかの如き目つきになった。
なぜ万引き経験がないことにドン引きされているのかと、俺はさらなる混乱に陥った。


だが、この経験から一つのことがわかった。
それは人間というのは生まれた環境やテリトリーで価値観が醸成されるということだ。
彼らは周りの人間が万引きすることが当たり前の環境で育ったからこそ、万引きという行為に抵抗がなかったのだろう。
というか2人の会話からは一種の通過儀礼かのような印象を受けた。誰もが一度は通る道みたいな。 
だから彼らは当たり前のように過去の自身の犯罪について語り、そして万引き経験のない俺が信じられなかったのだろう。


よくテレビで万引きする高齢者や主婦を取り上げて、孤独や心の病みが原因で万引きが起きていると推論されがちだが、そうしたのは特殊な例であり、ほとんどの万引き犯にとって、万引きというのは大した行為ではなく、習慣として行われているだけもかもしれない。


以上、「アダルトグッズ店の例から見る、万引き犯の心理」である。

(つづく)


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